「結果がすべて」を再考する

――書評『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』

2016/01/20
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売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門
発行日:2015/12/10
著者:遠藤 直紀、武井 由紀子
発行:日本実業出版社

 

面白法人カヤックが、上場企業各社の企業理念をリストにしている。それを見ると、お客様至上主義とか、顧客満足の追求、のようなことを企業理念に据えている企業が多い。顧客満足が重要だというのは、あたりまえと言えばあたりまえのことだ。顧客の要望を満たすことなしにモノは売れない、あるいはサービスを提供できない。誰もがそう信じている。

しかし、業績、あるいは売上の行き詰まり、という厳然たる事象を目の前にした時に、「お客様第一」に立ち返って策を練る、ということが常態化しているだろうか。顧客第一主義という理念がお題目に終わってしまうのは、売上のような業績と関連づけて経営に活かされていないからだ、と著者は見る。売上という最終数字には、顧客のロイヤルティを反映した「良い売上」と、それらを無視して目先の業績を追求した「悪い売上」があり、「良い売上」にフォーカスすることで中長期の業績を安定させ、競合優位に立てる、というのがこの本の主張である。

「売上の質」を見極める

顧客の満足は一時的なものもある。だが、愛着は一時的ではない。ブランドや商品と何らかの関わり合いの中で生まれる共感や愛着や信頼が顧客ロイヤルティであり、ロイヤルティのある顧客をロイヤルカスタマーと呼ぶ。ロイヤルカスタマーは、他社の誘いに乗らず、好んで繰り返し購入してくれ、第三者に推奨してくれる顧客だ、と著者は定義する。

ロイヤルカスタマーは、内発的に動機づけされた顧客と言い換えられるだろう。ダニエル・ピンクの言う、モチベーション3.0をブランドに対して持つ人、といってもいい。悪い売上、というのは外発的動機づけ、例えば「激安」とか「今ならオトク」といった惹句に乗せられた購買の結果である。

「良い売上にフォーカスする」ということは、結果としての売上に目を奪われることなく、「売上の質」を見極めることが前提となる。長期的な視野で結果を最適化しよう、という考え方は「結果がすべて」を否定するものではないにしても、再考を迫るものではある。

本書には良い売上にフォーカスした経営指標を設定し、その経営指標を効果的に運用する、すなわち顧客ロイヤルティ(またはそれを阻害するもの)をどのような形で把握し、期待に応え、課題の解決につなげて業績を維持向上させるかについて、実践的なノウハウが詰まっている。

 

ロイヤルティステップ

出典:『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』
遠藤 直紀、武井 由紀子(著)日本実業出版社発行
(※画像クリックで拡大)

 

カスタマージャーニーマップとは何で、それはなぜ必要で、それをどのように活かすのか。あるいは顧客からのフィードバックをどのように集めるのか、定量と定性の調査にはそれぞれどのような役割を持たせて、データをどのように分析し、施策につなげていくのか。はたまたロイヤルティに応じたターゲットセグメンテーションやターゲティングの実際など、事細かに書かれている。とりわけ、著者らの経営するbeBit社が得意とする調査については、なるほどと思わせる経験的知識が存分に披瀝されていて、そこがとりわけこの本の値打ちを高めているものと思う。

例えば、分析にかかる時に、最高スコアと最低スコアをつけた人の自由回答を読み込んでから分析に入ることを推奨している。一見、回答者の自由回答にひきずられると、データが知らせる顧客インサイトに気づけなくなるのではないか、という懸念も出てくる。しかし、自由回答を見て肌感をつかむより、データのみからインサイトをとらえる方が実は何倍も難しい、と著者は言う。

こうした一連の流れを踏まえ、本書は顧客の立場に立った商品・サービス開発の方法論についても、踏み込んでいる。著者らの開発したユーザ中心設計手法(UCD)、あるいは類似の方法として、人間中心設計、またはデザイン思考アプローチなどである。それらの特徴は5つで、1)顧客ターゲティング、2)カスタマーエクスペリエンス設計、3)実顧客による検証、4)費用対効果を高めるスパイラル手法、5)早期可視化による品質向上だという。

顧客のロイヤルティ向上は組織をあげて取り組むべき問題

さて、この本を読み進めるなかで、ずっと引っかかっていたことがある。この本には救いがないのではないか、と。顧客ロイヤルティを高める、あるいはロイヤルカスタマーを増やすことがどれほど効果的であるかについてはよくわかるし、具体的にどうすればよいかも示されている。しかし、部門最適では行き詰まりがあるし、トップが経営課題と認識し、組織をあげて取り組むことが重要だ、という前提で話が進むなか、現場で日々苦闘する読者は、指摘にはうなずきながらも、個人や部門の努力ではどうにもならない、という焦りを感じたはずだ。

目次を見ているだけではわからなかったのだが、著者もその点は心得ていて、ステップ7のレベル1「トップのコミットメント」というところに解決の糸口、すなわち「トップの口説き方」を提示している。この節の冒頭2ページを読んで、ホッと胸をなで下ろした、あるいは頑張ってみようと思った読者も多いのではないか。

著者の遠藤氏の略歴には「ユーザ中心のデジタルマーケティング支援」とあるが、本書ではとりたててデジタルについて論じていない。デジタルであろうがなかろうが、マーケティングの本質は同じということだろう。

顧客のロイヤルティ向上は、経営の根幹に関わる主題であり、管理部門も含めて組織をあげて取り組むべき問題だ、とする著者らの意を汲めば、経営トップからあらゆる職種を含めたサラリーマンが本書の対象になるはずだ。

なお、本書の中で繰り返し参照されているのが、ロイヤルティの指標の一つであるNPSである。よりよい理解のためには、フレッド・ライクヘルドらの著した『ネット・プロモーター経営 〈顧客ロイヤルティ指標 NPS〉 で「利益ある成長」を実現する』を読めばいいだろう。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。