汎用性の高いウェブマーケティング実践の書

――書評『顧客を観よ 金融デジタルマーケティングの新標準』

2016/02/29
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顧客を観よ 金融デジタルマーケティングの新標準
発行日:2016/2/24
著者:宮坂 祐
発行:きんざい

文:大下文輔

本書は、以前採り上げた『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』の姉妹編で、同じビービット社の幹部によって書かれた本である。前掲書がデジタルを前提としないのに対して、本書は副題が「金融デジタルマーケティングの新標準」となっているように、ウェブサイトのデジタルマーケティングについて書かれている。顧客の立場に立ち、ユーザの体験価値を最大化する、という思想を背景としているのが、2冊の最大の共通点である。

ユーザ中心設計手法とは

本書は前掲書に紹介されている「ユーザ中心設計手法(User Centered Design、略してUCD)」について、銀行のウェブサイトを題材としつつ、実践的な方法論として具体化し、紹介したものである。ここでのユーザとは、銀行のウェブサイトの利用者を指す。

サービス業たる銀行は、本来顧客志向であるべきだ、との認識は銀行関係者にも当然ながらある。しかしながら、銀行のウェブサイトは顧客の望まない方向(顧客が戸惑う、誤解する、いらだつなど)に振れてしまい、ビジネスの成果をもたらすものになっていない、というのが問題意識である。

本書において「ユーザ中心設計手法」とは、顧客のプロファイルと顧客が置かれた状況や心理を把握し、適切な課題を設定して解決することで、対価としての望ましいアクションを促す方法である、と規定している。デジタルチャネルの特性として、ウェブ利用者の顔が直接見えない、ということがあるが、それの可視化にも力を注いでいる。

本編を通して語られる、ユーザ行動調査の有用性

本書は3部構成になっている。
第1部は「ユーザ中心設計の重要性」と題し、インターネットのチャネルの特性とデジタルこそが顧客サービスを改善するのに相応しいものであり、従ってそれを営業活用に推進することの可能性とそのための顧客視点の重要性を論じている。

第2部は、「ユーザ中心設計のステップ」というタイトル。この本の中核をなす部分である。前提となる事項、目的・目標の定義、ターゲット・価値定義、シナリオ作成、要件定義・画面設計、行動観察による検証、の各項目について具体例に則って語られていく。

第3部は「デジタルマーケティングの明日」と題して、オムニチャンネルのようなチャネル間連携やサービスを点(イベント)でなく、線(日常をつなぐ人生)に展開し、短期的な利益から長期的な利益を目指すよう説いている。

本書の特徴は2つある。1つはデジタルマーケティング関連本に頻出する、SEOだのLTVだのCVRといった3文字の頭字語がUCD以外にまったく登場しないことである。デジタルマーケティングの専門用語が本書にないということは、技術の側面をほとんど意識することなく、デジタルマーケティングをビジネスとして遂行していくことが可能だ、ということを意味する。マーケティングの定石をデジタルチャネルに応用することがデジタルマーケティングなのであって、本質的な部分はオーソドックスなマーケティングと同じだ、ということが本書においても例証されている。

もう1つの特徴は、ユーザの行動観察(調査)の有用性を繰り返し主張していることである。行動観察というのは、ターゲットとなりうるユーザに実際にサービスを利用してもらい、その行動や表情、発言などを観察する調査、と記されている。インターネットはユーザの反応が観察しやすいメディアである。だから、ユーザのウェブ周りを中心とした行動について仮説を立て、その仮説が正しいかどうかを検証し、問題点を発見して、再度その仮説を検証すれば、サイトの改善あるいはユーザ体験の向上につながる。ユーザは自分の行為や欲求について、必ずしも言語化することがうまいわけではない。インタビューなどによる調査、あるいは「なぜ」がわかりにくいログ解析のような定量分析はあくまで補助的なもので、まずは行動観察だ、というのがポイントである。

本書には、現場の経験がなければ出てこないようなアドバイスがふんだんに盛り込まれている。例えば、第2部の末尾に添えられたクライアントの担当者インタビューで、サイトのリニューアルに際して、営業から成果を出すための社内説得資料のつくり方などが紹介されている。(資料は紙1枚に簡潔にまとめる、マーケティング分析や顧客セグメントの細かい話は割愛する、など)。実績を上げた人の具体的な話は、参考になるし楽しくもある。

金融関係者以外にも機能する、UCDの教科書

本書を読み終えてもっとも強く感じたことは、この本は金融関係者向けに限定された内容の本ではない、ということだ。著者によれば、事例の分散を避けるため、読者対象として「銀行のデジタルマーケティング推進担当者」と規定している。またそのような規定をすることで、本書をUCDの方法論に沿った書籍づくりにしたいという目論見があったようだ。それゆえ、銀行の業務知識はさほどなくとも、本書で扱われている程度の内容は、ほぼ理解できる。

読者を銀行・金融に限定しなくてよい積極的な理由がある。読者がウェブ担当(デジタルマーケティング推進)のマーケターだとすると、もし自分が銀行で働く同業者だったら、という客観化した仕事の進め方のイメージが得られるということ。さらに一人の顧客として銀行を利用することが必ずあるため、顧客視点に立てるということが言える。

さらに、読者は銀行業務に従事していなくとも、自分が扱っている製品やサービスについては誰よりも業務知識が豊富である。だから示されたメソッドはそのままに、扱う商材をそちらに読み替えれば、本書はUCDの教科書として問題なく機能するだろう、ということだ。

読み替えの作業を通して、理解はより進むと思う。そして自分、あるいは自社のためのデジタルマーケティングの指南書がつくれるはずだ。3~6人くらいの仲間とディスカッションしながら企業にあったものにつくり替える作業は、おそらく楽しいものに違いない。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。