人工知能研究を支えるプラグマティズム

──【著者インタビュー】松尾豊 東京大学工学部 特任准教授

2016/03/25
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松尾豊 東京大学工学部 特任准教授

文:大下文輔

取材を行った2日前に、Googleの人工知能プログラムである「Alpha Go(アルファ碁)」が、トッププロ棋士のイ・セドル九段に勝ったというニュースがメディアで大きく採り上げられた。東京大学の松尾豊准教授もコメントを求められて、アルファ碁に使われた技術である、ディープラーニング(深層学習)についてコメントしていた。

2015年3月に上梓され、大川出版賞を受賞した著書『人工知能は人間を超えるか』においても、「囲碁は将棋よりもさらに盤面の組み合わせが膨大になるので、人工知能が人間に追いつくには、まだしばらく時間がかかりそうだ」と記している。だが、その予想もあっさり覆された。それだけ進歩のスピードが速い分野であり、期待も大きい。
人工知能研究の先頭を走り続ける松尾研究室も、静かな活気に満ちているように感じた。

人間は、どう考えても機械

松尾さんは小さいころから人工知能を目指してまっしぐらか、と思ったらそうではなかった。「早い段階で、自分の将来はこうだ、と決めてしまう人もいるけれど、将来のことはよくわからない。わからないことに対して、どうしてそれを決められるのだろう、と思っていました。学者はいいな、と何となく思っていましたが」。
現実的、実際的。プラグマティックだ。

「もともと人間が世界をどう認識しているかには関心がありました。数学や物理の美しさもいいと思います。でも僕は『つくってなんぼ』が好きなんです。だから認知科学ではなく、人工知能を研究しています」。

こうしたプラグマティズムは人間観にも表れている。人間機械論、つまり究極的には人間は機械と何ら変わらない、という見方があるのだが、それについてたずねてみた。
「人間は機械だと思います。逆に機械でない、とはどう見ても考えられない。人間は機械と違っていてほしい、という気持ちはわかりますが」。
この著書にも、人間の脳は神経細胞による電気回路と同じだ、だから人間の知能は同様の構造を持つコンピュータで実現できる、と書かれている。学問の前提となる考え方だからこそ、これだけすっぱりと言い切れるのだろう。

データ分析を初めて実践的に活用したのは、高校生の時だったという。
「友達に誘われて、当時流行っていた『大戦略』というPC版の戦争シミュレーションゲームをやっていました。フロッピーディスクにデータを入れて、毎日1ターンずつ進めて相手と交換するのですが、『大戦略』の経験が浅い自分はなかなか勝てない。なんとか勝ってやろうと思った僕は、ゲームのプログラムを調べてみました。そうすると、兵器の攻撃力や守備力のパラメータらしき数値がわかったのです。さらにそこから、攻撃力を守備力で割ったものが戦闘力として導き出せました。それぞれの兵器には値段がついているので、戦闘力を価格で割ると、さまざまな兵器の『お買い得度』が出せます。それが高かったのは安価な戦車でした。そこで、その戦車ばかりに軍資金を投入し、配備して戦ったら圧勝できたのです」。
ソースコードが可読になる状態でプログラムが配布されていたことと、ゲームのロジックが単純だったこともあっただろうが、勝つための方法論として解析を選んだ、というのが印象的だ。

世の中が後からついてきた

松尾さんはソフトボールの監督をやっていたこともあるそうだ。
「打順を決めるのに、ボカーンと飛ばす人が4番などというセオリーがあるけれども、それはたいした根拠がないと思いました。そこで、真面目に練習に来ている選手のなかから、直近5試合の打率の平均を取り、その値をベースとして打順を決めるようにしました。『マネー・ボール』のようなことをしていましたね」。

『人工知能は人間を超えるか』の冒頭に記されている、研究者として最初に研究費獲得に挑んだときのエピソードは、今でいうアドテクノロジーの先駆けになったもので、Googleが上場する以前の2002年の話だ。
大量のウェブページを分析し、コトバの関連性を表すようなネットワークを大規模に取り出すことができる独自の技術を使うと、関係のなさそうなコトバでも関連性を認識し、適切な広告を打てる、と考えた。松尾さん曰く「ごく自然に広告にたどり着いた」とのこと。

そうした先駆的なことはこれだけではなく、これまでずっとそうだった、と言う。
「1998年頃から複雑ネットワークを研究しており、スモールワールド性(赤の他人と思っていても、間に何人かの知り合いがいればつながっているという性質)やスケールフリー性(例えばTwitterのように、沢山の人がフォローするようなごく限られた人と、フォロワーが少ない大多数の人といった、ネットのなかでの不平等性)などを扱っていました。そうしたなかで、ネットワーク内の人のつながりに着目していて、FriendSterの登場以前に、SNSの重要性に気づいていました。また2005年ごろからは膨大なブログのデータを解析していて、選挙の結果予測などを試みていました」。

画像解析の応用が、マーケティングへの影響を及ぼす要素の一つ

松尾さんは現在およそ10のプロジェクトに携わっており、そのなかで研究の一環としてビジネスとの協業も行っているという。企業からのデータを預かったり、ネット上のデータを収集したりして実務や公益的な成果につなげている。
こうしたことを通じて、人工知能が今後マーケティングにどのような影響を与えるか、とたずねたところ、意外と冷静なコメントが返ってきた。
「マーケティングが大きく変わる、ということはないと思います。ただ、画像解析が進んでいるので、リアル行動への応用が考えられます。例えば、誰が見ているかといった視聴者の同定ができるようになるので、コンテンツをA/Bテストにかけて最適化していくなどです。また、店舗での消費者行動を実態に即して、より細かく見ていくこともできるようになるでしょう」とのこと。
ネットとリアルのデジタルでの融合がこれから進んでいくことを、当然ながらお見通しだ。それは松尾准教授のこれまでの研究に関する経緯同様、世の中がそれに追いついてくる、ということを示唆している。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。