広告は謎だらけ

――書評『CMを科学する』

2016/05/10
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CMを科学する ―「視聴質」で知るCMの本当の効果とデジタルの組み合わせ方― (宣伝会議 実践と応用シリーズ)
発行日:2016/4/15
著者:横山隆治
発行:宣伝会議

文:大下文輔

広告がどれだけ効くかという問いは、広告以外のものがどれだけ効くかという問いに等しい。広告だけの効果を取り出すことはほとんど不可能である。だが、日用品などの場合、広告に投資したお金のわりに売れたか売れないかということが感覚的にわかる。例えばテレビCMが効かなくなってきた、というのは厳密な広告効果を測定して得られた結果というよりは、投資した金額に見合う売上が以前のように期待できなくなった、という実感に基づく。

広告が効くかという問いにどう答えるかは、ずっとマーケターの頭を悩ませてきた大きな課題だ。とりわけマスメディアを使ったものは金額が大きいために、クリエイティブもメディアプランも真剣そのものだった。それぞれに「科学的アプローチ」は常に試みられてきた。広告の1年生が教わる「GRP=Reach×Frequency」、すなわちテレビ広告の累積露出量は、到達率と頻度に分解できる、という公式も科学的アプローチの一環である。

本書は、そうした広告効果をめぐる闘い(と、私は感じている)の現場報告だ。探ろうとしている課題は、1980年代とほとんど変わっていない。できることへの展望が開けつつある、というのが、率直な感想だ。

データ取得の容易さがもたらす、効果測定の進歩

科学的アプローチの肝は、データである。広告効果を見極めるのに必要なデータは、レガシーメディアでは決定的に不足していた。テレビ広告の視聴率データが長らく1分を最小単位とした粒度の粗いもので、サンプル世帯数も多くて首都圏などで600、すなわちセグメント化して分析するのに不足なレベルに留まっていたことに、進展の兆しが見られるのは喜ばしいことだ。これまでどうしてそのような状態に留まっていたかというとデータ取得コストに見合う顧客の数が得られなかったからだ。勢いデータは高いものになる。日常的に視聴率データを必要とするのは、テレビ局とテレビ局に取引口座を持つ大手の広告代理店などに限られていたという事情が大きい。サンプル世帯数が数百とは言え、世帯構成を地域の縮図になるようにすべく選定し、定期的に入れ替え、機器を持ち込み、秘密保持契約やら謝礼やら操作説明を行った上で協力を得て取得したデータを集計して速報し、数少ない顧客に詳細なデータを送る、ということで展開するビジネスは大変だ。

そうしたデータ取得状況に風穴が空いたことで、CMを含むテレビコンテンツデータの到達状況が世帯一辺倒から個人へと向かい、視聴の状況や大まかな感性データなどがとれるようになってきた。すなわち、量的な分析から質を加味した分析に一歩踏み込めるようになった。本書はその状況の変化に応じて、ちゃんとデータに向き合い、それに応じた策を立てよう、と呼び掛けている。

この本で読み取るべきことは、広告の効果といってもさまざまなフェーズがあり、そこには多様な要因が交錯していること。それに対するアプローチは極めて地味で泥臭いが、やるべきこと、やれることはいくらもあること。科学的、すなわち主観だけでなく客観的に 広告を捉える姿勢を持つべきであること。そして、広告効果を探ることの大変さと奥深さである。一言で言うと、広告はわからないことだらけなのだ。

一つ例を挙げておく。日本の標準のコマーシャルの長さは15秒と30秒だ。そして、30秒のコマーシャルは15秒の倍の価格である。ではその割合を時期に応じてどう配分するか。全部15秒で手数を打った方が効率は上がるのではないか?

この場合、15秒と30秒のコマーシャルの効果について研究した論文を読み大体の見当をつけて、予算配分の数理モデルに組み込むことになる。

本書でも採り上げられている残存GRP(英語で言うCarry Over Effect)、つまりについても、それなりの仮定を置くが、私が取り組んでいた1980年代は、古典的なエビングハウスの忘却曲線を変形して取り込んでいたように記憶している。

誰にいつ到達するか、というかねてからの問題のほかに、「誰と観ているか」というコ・ビューイングによってその違いがわかるようになったのは新たな進歩だと言える。率だけではなく数にも注目しよう(計算上、率と母数がわかれば数はわかる)という提案ももっともなことだ。

そうした到達という人間の皮膚の外側へのいわば冷たいアプローチのほかに、人間の内側、すなわち態度や感情についての内的変化へのアプローチがある。脳波やアイトラッキングによるバイオメトリクス手法、フェイシャルコーディングと呼ばれる表情解析など、非言語による測定について紹介され、対談や考察が加えられている。

表情解析は近年、手法として精度があがり、情動(emotion)を捉えることができるようになってきた。スクリーン側にカメラがつけば、コンテンツという刺激に対する視聴者の反応が得られるようになってきている。それが数秒という単位で両者の対応がとれればクリエイティブへのフィードバックにも役立つ。こうしたデータが得られることは「視聴質への量的分析」ができることになる。

脳波によるデータも、本書の中で示されているように装着しやすいデバイスと、キャリブレーション(レベル調整)が大幅に短縮されたことで、データが取りやすくなり、アイトラッキングなどとの組み合わせで解釈の確かさも拡がる。

重要なことは以前なら人間の内と外とに分けてデータが取得されてきたことが、特にデバイスの眼、すなわちカメラによる自然な状態でのデータが採れることにより、全数系であると同時にシングルソース化すなわちデータ統合されて、メッセージの発受とそれによる影響、つまり態度変容や購買へという流れがスタティックな過去データのみではなく今(リアルタイム)の状況を加えて採れることができるようになってくるという流れに向かっていることだ。

望まれるのはデータの囲い込みからの脱却

データの取得と整備が進んで、いろいろなことがわかるようになることで、マーケティングに進化をもたらすことは間違いないが、下手をすれば、「売らんかな」の餌食として消費者を追い込むことになる。データが公益性を持てば持つほど、個人の役に立つような使い方ができるはずだ。「インテンション・エコノミー」で見たように、データの所有はあくまで個人に帰属する、という考え方の元に、消費者にコントロールを委ねるような仕組みを広告主やメディアや研究団体や行政や消費者団体といった幅広いステークホルダーが大同団結して設計・構築していくことが必要なのではないか。

本書は、デジタルマーケティングが、遠くない将来の経済に与える影響の大きさを感じさせる。

「この広告って効果あるの?」というシンプルな質問に本気で答えようとすると、わからないことだらけだ。広告より変数統制のきかないPRの場合はなおさらだ。それは同時に、短期の売上とか刈り取り一辺倒の近視眼的なマーケティングスタンスから広告(コミュニケーション)を捉えようとすることで、苦し紛れの安直な説明は引き出せても、得られるものは少ないということを示唆している。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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