消費することは生きること

――書評『1からの消費者行動』

2016/06/20
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1からの消費者行動
発行日:2016/1/25
編著者:松井剛・西川英彦
発行:碩学社

文:大下文輔

消費者を2つの視点でとらえる

マーケターの仕事を一言で表せば、どうしたら消費者にモノやサービスを買ってもらえるかについて、ひたすら考え、策を練ることだ。だから、どのようにモノやサービスが買われていくかをどれだけよく理解するか、はマーケターの生命線である。消費者とは、モノを買い、使い、処分する人のことである。消費者行動は、購入、使用、処分という一連の流れを指す。購買に限定せず、使用や処分も視野に入れるのは、使用や処分というモノやサービスとの関わりを通して、買ったものへの態度を強化したり、変えたりし、それが次の購買へと影響するからである。

消費者行動の教科書はたくさんある。だがその多くは、読むのに骨が折れる。厳密な記述が続いて、集中を必要とすることと、抽象度が高く、具体的なイメージが湧きにくいことにある。

本書『1からの消費者行動』の特徴の1つは、読みやすさにある。小石川家という架空の家庭を設定し、その人達の具体的な消費にかかわる短いストーリーを通じて、消費者行動を説明しようと試みている。その記述は、リアリティを重視して、イメージしやすいようにしている。この本の主な読者層は一般の学部学生だと思われるが、彼らにとって身近な実在の固有名詞、たとえば「けいおん!」「かきふらい先生(『けいおん!』の作者)」「早見沙織(声優)」といったものがどんどん使われる。これは、今の学生にはなじみのあるものだろうが、5年後の学生を考えたときにはどうだろう。つまりこの本の「賞味期限」を短くしても、著者はライブ感にこだわったということが伺える。

もう1つの特徴は、消費者を2つの立場で捉えていることである。第1は、個人としての消費者、第2は、社会的存在としての消費者である。個人としての消費者は、どの教科書でも必ず採り上げられるのに対し、社会的存在としての消費者に焦点を当てた消費者行動論は珍しい。これは、この教科書を書く以前に著者らが翻訳に携わった、マイケル R.ソロモンの『消費者行動についての教科書』で消費者の2つの側面を採り上げているからである。ちなみにソロモンの教科書の構成はこの本と似ているが、ページ数は3倍ある。

本書は3部構成である。第I部は個人としての消費者、第II部は個人消費者へのマーケティング、第III部は社会的存在としての消費者、と題されている。

人間の情報処理から消費行動を読み解く

第I部は、イントロダクション、知覚、学習、記憶、態度、意思決定の6章からなる。この構成から見えてくるのは、消費行動を主に人間の情報処理を分析の道具として見ていこうというものである。知覚から意思決定に至るまで、主として心理学で採り上げられる主題だ。つまり、心理学の用語、概念で消費行動を説明しようとするものである。こうした用語は、日常使われている用語と意味が異なる場合がある。例えば「学習」は、「経験によって引き起こされる行動の永続的変化である」と定義されるし、「態度」は「自分を含む人や、物、広告などに対する長期にわたる全体的評価をいう」となる。こうした用語を理解することは、消費者行動を理解するための第一歩だといっても過言ではない。

第Ⅰ部のハイライトは何といっても意思決定である。この意思決定部分だけでもさまざまなアプローチがあり、1冊の教科書ができあがる。購買の意思決定に至るプロセスの概略は、問題認識、情報探索、代替製品の評価、購買決定があり、そして購買後の行動も一連のプロセスの一環として説明される。意思決定は数多ある競合製品(カテゴリーの外も含めて)の中から1つを選び取るという「選択」の問題でもあり、そのHowとWhyを探ることはマーケターの主要な関心事項である。

製品やサービスがどのように選ばれ、買われるかがわかれば、それにどう対応するかを考えることになる。それがマーケティングだ。第II部の個人消費者へのマーケティングは、セグメンテーション、コミュニケーション、店頭マーケティングの3章で構成されている。これらの内容は消費者行動論の主要な課題ではないので、この系統の教科書に独立した章立てで組み込まれることはほとんどない。しかし、編著者らは、消費者行動論と対をなすマーケティング活動にあえて触れることで、消費者行動論を探求する意味を示そうとしたものと思われる。中でもコミュニケーションは、消費者に働きかけて態度変容をはかる、説得の方法である。ここで紹介されている精緻化見込みモデルは、コミュニケーションの分析枠組みとして有用なものだ。

社会的存在であることと消費行動の関連を知る

個人が置かれている状況によって、消費行動は異なる。こうしたことを「個人としての消費者」の中に織り込んで消費者行動を説明することも可能である。だが、本書の第III部ではわざわざ社会的存在としての側面を独立させて説明している。これは、消費者行動を理解する上で、社会的な要素がますます重要になってきているとの編著者らの認識に基づくものと思われる。言い換えれば消費行動は1個人の中で完結させては捉えにくい、と考えられるのだ。例えば家族旅行を誰が調べ、どこに行くのか意思決定を下し、旅行会社に大金を払うということが、すべて同一個人が行わない可能性がある、ということを見れば納得がいくだろう。

第III部では、消費の単位としての「家族」、SNSの隆盛で重要性を増している「集団」、その人の社会的なポジションを反映した「ステイタス」、世代や人種・民族、宗教、趣味といったその人が属する集団を加味した「サブカルチャー」、そして意味の消費の背景となる「文化」の5つの賞で構成されている。

この1冊を通じて、消費者行動の全方位を概観することが可能になる。教科書としてのボリュームが少ないことで、それが容易になる。その代わり一つひとつの深みに欠けてしまう。それを補うために、各章の末尾に「次に読んで欲しい本」が数冊紹介されている。

エピソードとして書かれている内容の一部は、オタク大学生の関心事項であることはすでに述べたが、そうしたことを理解するのもマーケターの素養の1つだと思えば、読者は大学生でなくても全く構わない。とりわけ、デジタルマーケティングに携わる人で、これまでマーケティングのまとまった勉強をしていない人にとっては良い参考書になるだろう。

人生のあらゆる局面で消費は欠かせない。生まれてから死ぬまで人は消費を続ける。その意味で消費は人生の反映でもある。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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