人間を見つめれば、道は拓ける

――書評『手書きの戦略論』

2016/06/30
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手書きの戦略論 「人を動かす」7つのコミュニケーション戦略
発行日:2016/4/15
著者:磯部光毅
発行:宣伝会議

文:大下文輔

「コミュニケーション戦略の7つ道具」をまとめて俯瞰

マーケティング・コミュニケーションの戦略を著者は「人を動かす戦略」と捉える。情報を伝え、意思の疎通がなされ、心が通い、そしてそれによって相手に何らかの変化、あるいは行動が起こる状態、これを「人が動いた」と捉える。どうしたら人が動くのか、を巡る作法の枠組み、これを「戦略論」と呼び、それらを歴史的な事情やマーケティングの背景なども含めて多面的に分析・紹介し、要点をまとめ、強みや弱みを検証するという、意欲的な本である。戦略論の比較という点でメタ戦略論とも言える。

人の動かし方には7つある、すなわち実用に耐える戦略論は7つあり、それらの1つ1つに各章を割いている。そして要諦となる部分を可視化・図解しているが、その図は著者が手書きしたものである。このように、『手書きの戦略論』というタイトルは、「手書きの図による戦略論のまとめ」であるところに由来するが、手書き部分を参照すれば、それぞれの戦略論の核となる考え方がおさらいできるようになっている、というのもこの本の特徴である。

7つの戦略論は、「人の動かし方」の違いにより、次のように区分される。(記述は引用をベースに一部大下の解釈を加えている)

  1. ポジショニング論:「違い」が、人を動かす。人の頭の中で、競合と有利に差別化できる位置づけができれば、人は動く、というもの。競争軸を探すことが仕事になる。
  2. ブランド論:「らしさ」の記憶が、人を動かす。ブランドにまつわる論理や感情による個性の意味構造が人の心に記憶されると、その記憶をもとに人は動くというもの。
    先に紹介した『物語戦略』はこの論に沿ったものだと言える。
  3. 「アカウントプランニング論」:「深層心理」が、人を動かす。人がふだん自覚していないことを指摘されると、はっとしてそれが行動へとつながることがある。そうした「心を動かすツボ」をインサイトと呼ぶ。人を動かすインサイト(深層心理に働きかけるポイント)の発見が重要な仕事になる。
  4. ダイレクト論:「反応」の喚起が、人を動かす。反応を得て次の段階へと進めることを繰り返して人を動かしていくやり方。ダイレクトマーケティングの方法論だが、オンラインでの行動把握が個別に、かつ正確にトラッキングできるようになったため、使用機会が増している。
  5. IMC論:「接点」の統合が、人を動かす。人が情報に触れるチャネルを「接点(コンタクトポイントやタッチポイント等とも言われる)」を一連のものとして捉え、接点を関連づけて(または統合して)、人の感情の流れに沿った動きをプロデュースしていくもの。
  6. エンゲージメント論:「関与」が、人を動かす。コンテンツやプラットフォームを介在させることで、人が自発的にブランドとの関与をしつつ関係構築するための方法論。一般に「関与」はInvolvement(またはEgo Involvement)に対応するコトバとして用いられるが、ここではEngagementを指す。
  7. クチコミ論:情報の「人づて」が人を動かす。ずばり、クチコミで人は動く。クチコミによるファンづくりとムーブメントづくりの方法論。
戦略論“7層構造のミルフィーユ”  出典:『手書きの戦略論 「人を動かす」7つのコミュニケーション戦略』磯部光毅(著) 宣伝会議発行

戦略論“7層構造のミルフィーユ”
出典:『手書きの戦略論 「人を動かす」7つのコミュニケーション戦略』磯部光毅(著) 宣伝会議発行
(※画像クリックで拡大)

類を見ないコミュニケーションプランニングの教科書

上記の7つは確かにどれも、プランナーが日常使っている方法論だろう。しかし、これらのものを並べて比較して一つの本にまとめる、という発想は希有のものである。それは、これらの7つを同質のものとして見ることができると考えていないからである。そこに「人を動かすための道具」という視点を導入することで、個別の方法論(著者のコトバで言うと「流派」)が比較の俎上に載る。見事なインサイトだと思う。

本書は、著者が実務家だったからこそ書けたのではないか。

それぞれの戦略論は裾野が広く、さまざまな枝葉に分かれ、いろいろな要素を取り込んだりするため、ややもすると複雑に思え、全体像を見渡すのは簡単ではない。実務に必要なもの、中心となる概念を整理して、コンパクトに提示するという作業には思い切りが必要である。正確さを保とうとすると、切り捨てるのが難しく、研究者の手に負えないかもしれない。翻って広告では、とりわけATL(Above The Line – マス媒体を使った広告)の世界では「引き算」で情報を整理するから、情報を縮約するのは得意である。ただし、引き算するためには、幅広く、それなりに深い知識を材料として用意しておくことが要求される。しかも歴史的な背景までを知って、流れとしても理解をしつつ方法論のマッピングをする、というのは並大抵のことではない。極めて貴重な「コンサイスな集大成」なのである。しかも読みやすく、理解が容易だ。

枝葉を切り落とすための思い切りを必要とするだけに、細かくツッコミを入れる余地も少なからずある。例えば、この7つは「戦略論と言うべきか?」ということがある。Theory(理論)というよりは方法・手段(Discipline)の方が私にはピンとくる。そのような話を始めればキリがない。

この本はデジタルマーケティング(したがってマーケティング全般)に関わる人、とりわけコミュニケーションプランニングに携わる人におすすめの本である。本書を読んで、コミュニケーション戦略立案の作法についての見通しを得られたら、業務と学習の両面で格段に効率が上がると思う。ベテランにもいいおさらいになる。この本なしで、7つの分野の知識や使いこなしを、仕事をしながら身につけるためには何年もかかる。

「人が動く」ためには深く「人を理解すること」が求められる。それぞれの作法にはその背後にマーケティングの状況、社会の状況に応じた人間観がある。

本稿のタイトルは、この本の最後に記された「人間を見つめれば、道はきっと拓ける。」の一文からとった。これこそがプランナーという職種に共通する信条(クレド)だと思う。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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