エクスペリエンスの時系列デザインに向けて

――書評『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』

2016/07/11
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IoT時代のエクスペリエンス・デザイン
発行日:2016/5/20
著者:朝岡崇史
発行:ファーストプレス

文:大下文輔

エクスペリエンスを取り巻くマーケティング発展の4段階

極めてざっくりとこの本を要約すると、情報テクノロジーによって消費者の情報が潤沢にもたらされ、アナリティクスのスピードや精度が高まる中で、その体験価値を時間軸に沿って企業と顧客が共創しつつ、未来予測によって期待を超えたオファーを行うことができるようになった。また、各企業はテクノロジーを最大限に活かすことで、提供するサービスへのエンゲージメントを高めることができる。そこで、企業が提供できる中心的かつ個性的な価値を見極めて、その提供にいち早く取り組むべきである、ということになろうか。

すでに紹介した『誰のためのデザイン』で、ドナルド・ノーマンが提唱した人間中心設計(HCD)の概念を自身で発展させたのが「ユーザー・エクスペリエンス」であることは、本書『IoTのエクスペリエンス・デザイン』でも紹介されている。どちらかと言うと初期のユーザー・エクスペリエンスはモノに即した体験であったのに対し、本書で扱う「エクスペリエンス」はモノにとらわれず、サービスを含み、企業が提供するものとユーザーの間に起こるありとあらゆる体験を包含している。「すべてのインダストリー(産業)がカタチを変えて、サービス産業になる」とまで著者は言い切る。

その発展段階は以下の表のようにまとめられている。

エクスペリエンス1.0から4.0までの発展史

エクスペリエンス1.0から4.0までの発展史
出典:『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』朝岡崇史(著) ファーストプレス発行
(※画像クリックで拡大)

現在はエクスペリエンス4.0の時代だと著者は唱える。先の人間中心設計に代表されるモノまわりの体験を、ビジネスの領域でシリアスに採り上げるようになった1980年代の状況がエクスペリエンス1.0とすると、エクスペリエンス自体に経済価値があり、それが企業の差別化ドライバーとして働くと認識されるようになる2000年代からの状況をエクスペリエンス2.0、ツイッターなどのSNSの広まりと共に、ソーシャルな推奨や評価が経験に与える影響が大きくなった2000年代後半からの状況をエクスペリエンス3.0、これらのエクスペリエンスに、大量のデータが加わるようになったことで新たな段階としてエクスペリエンス4.0が進行しつつあるというのが著者の見立てだ。エクスペリエンス4.0の背景としての「IoT時代」の意味合いは、「ビッグデータとAI」の時代だということだ。

すなわち、エクスペリエンス4.0とは、サービスドミナント・ロジック、すなわちサービスを軸にして、企業と顧客の価値の共創という立場でマーケティングの再構築をはかる考え方や体験価値マーケティングをベースとしつつ、インターネットというメディアによるソーシャルネットワークがもたらすコミュニケーション形態の上に、行動ベースの個人データが潤沢にとれるようになったことにより、そのアナリティクスやエージェントといったものの活用による新たな価値提供、すなわち現在の行動の先を読んで新たな提案ができるようになった段階だ、と言えよう。

エクスペリエンス4.0段階での価値提供メカニズムは次の図に端的に示されている。

「エクスペリエンス×IoT」のメカニズム

「エクスペリエンス×IoT」のメカニズム
出典:『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』朝岡崇史(著) ファーストプレス発行
(※画像クリックで拡大)

点と点が繋がり、時間を踏まえたエクスペリエンス・デザインが可能になる

この本での「IoT」は必ずしも、Internet of Thingsということではないと思われる。Internet of Everythingでも良いし、少し先のデバイスメッシュでも良い。いずれにしても、きめの細かいデータ、リアルタイム性のある行動データが取得できて、それを適切にAI(自動化されたアナリティクス)が処理できる環境の組み合わせである。

著者の主張の一つは、こうした情報テクノロジーを利用することは、消費者の行動(や意識)の時系列変化を捉え、予測も可能になるということである。著者のコトバで言えば、“エクスペリエンスは「場」から「時間」へ”ということになる。行動の時系列変化を捉える、ということには大きな条件がある。それはコンタクトポイント(消費者が情報と接触する場所、メディア)をまたいで1人の消費者に紐付いたデータが時刻のデータと合わせて取得できるということである。

現実的にどこまで可能かどうか、という問題があるにせよ、方向性としては否定のしようがない。そして、本書で紹介されている各種のエピソードやら、クルマの自動運転や、UberやAirbnbなど新しいサービスが次々と実用化されたり実験が進んだりすることを具体的に考えていくと、こうした顧客体験、エクスペリエンス4.0にどう対応するか、というのは今から取り組んでおくべき課題だということも頷ける。

エクスペリエンスを時間軸で捉える、ということは静的な顧客イメージを動的なイメージで捉えよう、という主張でもある。以前は想像で補っていた部分を事実の裏付けをもって見ることができることは大きい。一見あたりまえのようだが、極めて重要な指摘だと思う。

企業が消費者に提供できる体験価値を見直し、それを経営の根幹に据える

この本の中心的なノウハウ提供は、テクノロジーの進展を視野に入れつつ、消費者に提供できる個性的な中心価値を見極める、という部分にあると考えられる。著者のコトバに即して言えば、その中心価値を「なりわいワード」という簡潔な言語表現でまとめるというものである。これは、ブランディングがマーケティングの重要な方策であった1990年代後半から用いられているさまざまな方法を、今風に(そして電通らしく)まとめたものだと言える。この分野に関してはかなり経験を積んでいるであろうことが、各種の独自フォーマットや、具体的なワークショップ実施の描写からうかがい知ることができる。印象的なのは、この中心価値策定にあたって「未来」を強く意識していることである。これからどうするのか、どうしたいのかを、社内横断的に考え、まとめ、トップがリーダーシップを発揮しつつ経営資源として活用する、ということは、各種のマーケティングの教科書の主張とも付合する。

最終章において、「エクスペリエンス×IoTで人間は幸せになれるのか」という、この種の本としては異彩を放つ考察で締めくくっている。著者はいわゆる強いAIの考え方の旗手であるカーツワイルのシンギュラリティ(技術的特異点)を是とし、それに対して人間はどうなるのかと問うている。その結果、コミュニケーションにかかわる者の直感としてそれでもやはり人間でしかなしえない、発想や価値があると結論づける。(もちろん私も同意する。強いAIには与しないが。)

大きな質問に果敢に取り組むべく、かなり幅の広い考察を加えているけれど、「どうなんだろうねえ」と一緒に考える(価値の共創)のがこの本の楽しいエクスペリエンスだった。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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