デザインは、説明可能な思考の産物

――書評『「売る」から「売れる」へ。水野学のブランディングデザイン講義』

2016/08/10
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「売る」から、「売れる」へ。 水野学のブランディングデザイン講義
発行日:2016/05/06
著者:水野学
発行:誠文堂新光社

文:大下文輔

本書は、「くまモン」のキャラクターデザインや、「東京ミッドタウン」のブランディングなど、数々のデザインやブランディングにまつわる仕事を手がけてきたデザイナーの水野学氏が、自身が特別招聘准教授を務める慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスで行った「ブランディングデザイン」の14回の講義をもとに、4回分の講義として再構成した、実況風の読み物である。

本書の主張の1つは、次のコトバに凝縮されている。

デザインの力を使ってブランドの力を引き出し、商品を「売る」のではなく、「売れる」ように仕向けるのが、コンサルタントとしての僕の仕事です。

センスは身につく

デザインが、ビジネスと密接な関係を持ってきている、ということは『誰のためのデザイン』の書籍紹介や、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』の書評で記した通りである。

しかし、デザインというコトバは、直接デザインに関わる仕事以外の人にとっては、敷居の高さを感じさせる。高校以降で美術に関する単位を取っていない、あるいはデザインについて興味を持ってこなかったなどの事情から、何となく「自分はデザインが苦手だ」と思い込んでしまう。そのことを別の表現にしたのが「センスがない」という言い方だろう。

だが、著者は「センスは努力によって後天的に身につくものだ」と言う。センスとは何か、について著者が提示した定義は、「センスとは、集積した知識をもとに最適化する能力である」というもの。関心をもって知識を高め、その知識で最適化された認識の力がセンスだというのである。

そして、著者はセンスを身につける、磨くための方法を3つ挙げている。それらは「王道を見つけること」「流行を見つけること」、そして「共通点を見つけること」である。

王道を見つける、とは、ある分野の定番だったり主流だったりするものが何かを見極めることだ。それは資料や文献をあたるなどして、裏付けのある客観的なものとして知ることが大事。王道は人々が歴史的に認めてきたものだから、自分の中に原点、基準といったものが生まれる。

流行は、今、消費者が好んだり、関心を寄せたりしているもの。つまり、流行を見つけることは、人々が求めているもの、人々の思いや気持ちを見極めることである。

これらに加えて、観察を繰り返し「共通点を見つける」ことで集めた知識を整理することがセンスにつながる。共通点を見つけ、それがなぜそうなのかという仮説によって事実の背後にある法則を発見することができる。

これらを並べると、よく見る、調べる、考える、という営みが「センスを身につける」ことにつながっていることが読み取れる。筋道を立てて考えた結果が、最適化することへとつながることがわかる。

「デザインを見る目」の背骨とも言うべき「センス」がそうした調査・観察と思考に基づいて形成されるものゆえ、「説明できないデザインはない」ということも著者の主張の1つである。

こうした思考の帰結として、著者が重視するのは「問題を発見する力」である。なぜなら、発見された問題は知恵を集めれば、大概のことは解決できる。問題を発見することの方が難しい、と著者は言う。そして問題を発見するために有効なのは、「受け手の側」に立った見方だとも。

差別化の罠。それを打ち破るブランディング

機能・性能での差別化が困難な現在、それでもなお何らかの差別化要因を追求しようとすることで、消費者がそのカテゴリー商品に求める「どまんなか」を外した商品、世の中を驚かせようと奇をてらった商品が市場にあふれる。そのことを著者は「市場のドーナツ化」と呼んでいる。

こうした状況を打開するためにも、「ブランディング」が重要になってくる。著者はブランドを、商品や企業の「らしさ」だという。偶然かもしれないが、これは『手書きの戦略論』で、ブランド論を「らしさ」の記憶によって人を動かすもの、と規定していることと付合する。

ブランディングは、「見え方をコントロールする」ことが必要で、それができている企業が「らしさ」を持ったブランド力を持った企業ということになる。ブランド力のある企業に共通する条件は3つあり、そのうち1つ以上が実現されているという。それは、「トップのクリエイティブ感覚が優れている」こと、「経営者の“右脳”としてクリエイティブディレクターを招き、経営判断を行っている」こと、そして「経営の直下に“クリエイティブ特区”(クリエイティブやデザインを扱う部門やチーム)があること」である。一言で言えば、経営戦略の中核にデザイン視点が取り込まれていることである。

ブランドの核となる「らしさ」は、ブランドの来歴や企業が目指す「目的」や「大義」を探ることで生まれる。調べたり、経営者の話を聞いたりしてそうした「らしさ」を見出し、育てていく。結果として売上向上につながるが、同時に働く人や関係者のモチベーションを上げ、優秀な人材を獲得でき、企業活動の幅を生むことにもなる。

ブランディング活動の舞台裏

まっさらな状況からブランドを作り上げたり、ショッピングバッグのデザインをきっかけにリブランディングに取り組んだり、ブランディングの活動はそれぞれに異なる。ブランディングに限らず、マーケティングコミュニケーション活動は、広告賞などの一部のケースを除き、表に出ることは少ない。

この本の価値は、仕事のきっかけからプレゼンテーションに到るまで、ブランディングにまつわる仕事のプロセスが、実名を伴って明らかにされている点である。当然ながら、ブランディングという、製品の存在に関わる仕事は、ブランド名を示さずに解説をしても、説得力を持たない。その点本書では、通常は企業秘密とされることが、惜しげもなく公開されている。おそらくは、意思決定者である企業のトップと直接に仕事をするという関係性から、そうした許可を取ることが可能になったのだろう。どのようなメールで仕事の依頼が来て、それに対してデザイナーとしてどのようなやりとりを行ったのか、そして実際のプレゼンテーションで使用した企画書まで掲載して、クライアントへの話し方、心配りの仕方など実践的に解説されている。実務者には参考になるはずだ。

ブランドは細部に宿る、そのために細心の注意を払い、小石を積み上げるイメージでブランドを作り上げていく。そして、ブランドを守るために、人々の立場に立って「正しさをつらぬく覚悟」が必要である、とあとがきで著者は記している。

教科書的な意味での新しい知識よりはむしろ、知恵のあふれた書だと感じた。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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