生産性向上のためのビジネスのものさし

――書評『マーケティングのKPI』

2016/08/24
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マーケティングのKPI 「売れる仕組み」の新評価軸
発行日:2016/6/22
著者:上島千鶴
発行:日経BP社

文:大下文輔

目標とものさし

ビジネスの現場において、KPIというコトバは、ここ10年くらいの間にすっかり日常用語として定着した。KPIがKey Performance Indicatorの頭字語であることも広く知られている。だが、KPIというコトバの使われ方を見ていると、単なる目標数値の言い換えである場合が案外多いことに気づく。全員が学校で教わるものでないだけに、「なんちゃってKPI」であっても、何となく通用してしまう。

そのような「KPIの一人歩き状態」が続く中、マーケティング活動の重要業績評価指標、すなわちマーケティングのものさしとしてのKPIについて、その設定の仕方や、マーケティング目的となる売上への貢献度合いのはかり方について指南するべく書かれたのが本書である。KPIの背後にあるバランストスコアカードの考え方や手法を踏まえつつも、KPIに焦点を絞って記述しているのが本書のユニークな点である。

KPIという「業績評価のものさし」が必要になるのは、マーケティング活動の結果、企業のマーケティング目的である売上への間接的な貢献をどう評価すれば良いのか、とりわけビジネスのプロセスが複数の組織にまたがっている場合、そこに共通した評価基準を置くことが生産性の向上につながるだろうからである。

正しい業績評価は、用語の正しい理解に始まる

この本で重要であり、熟読して理解しておくべきは、最初の2章である。第1章は「KPIとは何か」に始まり、企業が行っているマーケティング活動を棚卸しし、その最終目的と課題について、簡潔に記している。企業のマーケティング活動、例えば広報と広告での違いなどについて、何となく知ってはいても、それをきちんと比較・整理して正しく理解するという機会を逸している人も多いと思われる。デジタルの時代になるとそれが従来のあり方からどう変化しているのか、という「マーケティング活動の今」を知っておくことも大事だ。

本書でマーケティング活動として示されているのは、1)プレスリリース、2)広告 、3)広報誌、4)メールマガジン、5)自社主催の展示会、6)イベント出展(展示会)、7)Webマーケティングの7種である。すなわち、この7種の活動がそれぞれマーケティング目的(多くは売上)にいかに貢献するかが本書の守備範囲である。

第2章はリード(Lead)についての的確で丁寧な解説をベースとして、マーケティング活動を評価する4つの視点について触れている。リードジェネレーションなどで用いられる見込み顧客としてのリードへの正しい理解が、マーケティング活動評価のものさしづくりの基本となる。

本書では、リード(Sales Lead)を「成約につながる、あるいは取引が成立する可能性が少しでも見込める顧客(BtoBは組織内個人)≒顧客」であると定義する。リードは、初めて契約する人(新規顧客)か、何度も利用されている人(ロイヤル顧客)かなど、属性や状態などにより、さまざまに分類できる。これらのリードを案件単位でなく、個人単位で、その属性情報(どこの誰か)、と状態情報(検討段階や購買行動履歴)などによって企業内で管理する。

出典:『マーケティングのKPI 「売れる仕組み」の新評価軸』上島千鶴(著) 日経BP社発行

出典:『マーケティングのKPI 「売れる仕組み」の新評価軸』上島千鶴(著) 日経BP社発行
(※画像クリックで拡大)

第4章ではインターネットに顧客がどのようにアクセスし、それらの解析から何がわかるか、そして顧客の接点履歴を、既存のオフライン接点のデータとオンライン接点のデータをマージして可視化して管理することを説明している。

第5章から第8章までは、これらのお膳立ての上に、どのような指標があり、リードマネジメントをどのように定義し、どのような指標で運用管理していくのかについて解説した上で、第9章に仮想のケーススタディを例示している。さらに第10章では、今後デジタルに対応すべく、マーケティング機能を見直し、社内組織を再考することを提言している。

応用は、各社のマーケティング風土・文化を踏まえて

著者の上島千鶴氏が、長年にわたりBtoBの企業に対するコンサルテーションを手がけてきたこともあり、本書も主としてBtoB、しかも「船にたとえるとタンカー級」の企業を想定して書かれている。第9章のケーススタディなどを見ても、新規ビジネスの下準備に時間と資金を投じていることや、施策の例などからそうしたことがうかがえる。また、本書が前提としている問題意識は、複数の部門間にわたるマーケティングプロセスの評価をどう行うか、という点にあることも大企業が想定されていることを示唆している。

そうしたこともあり、第7章はBtoBにおけるABM(Account-Based Marketing:アカウント・ベースト・マーケティング)について書かれている。ABMは、近年米国で盛んになってきたマーケティング手法で、ターゲットとするアカウント企業を主軸に置いたマーケティング手法である。ただ、本書で述べられている通り、日本や欧州では企業同士の付き合いという形で歴史的に行われてきているものである。米国ではそうしたやり方をとらず、新規リードを主軸にしたマーケティングが主流であったが、その限界が見えてきたことからABMが台頭してきた。

本書の読者は第一にはBtoBビジネスの関係者だろうが、BtoC企業においても指標をどのように使ってリードマネジメントを行うは喫緊かつ本質的な課題であり、本書はその目的に対して大いに参考になるはずだ。正しくKPIを理解し、リードマネジメントの考え方と多彩な指標に関してはそのまま知識として吸収できる。

しかしながら、どの読者も、想像力を駆使して読み替えることが求められる。自分が置かれた状況、所属する企業のありようは千差万別だから、指針は理解できたとしても具体的にどうすればいいかについては教えてくれるわけではない。ビジネスの相手となる企業も「クライアント」「得意先」「顧客」などと呼び方も違うだろうし、ウェブ担当がどこに所属しているかも、取り扱う商材も市場規模もさまざまである中、ビジネスをどのように進めていくかで全く異なる。

さらには、業績の管理指標は個人の課題ではなく組織の問題であるから、本書は社内で起こっていることの理解のために読むこともあれば、社内でビジネス管理を推進する立場として読むこともあるだろう。その点、ビジネス経験がない学生には読みづらいかもしれない。

ウェブのアクセス解析のツールが出力可能な指標は600種類もあるという。その中から何を選んで追いかけていくか、それはビジネスのビジョンや目標を理解した上でのセンスの問題であるようにも思える。著者の次のようなアドバイスが印象的である。

単独のアクセス解析指標は、事業にどの程度貢献しているのか経営者には見当がつかない。いくつも存在する指標から、売上に貢献する/案件を創出するという最終ゴールに向け、マーケティング業務プロセス単位にKPIを設定しなくてはならない。このような志向を持たない限り、いつまでもデジタル接点の有効性は経営者に理解されないだろう。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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