想うは易しく、行うは難し

――書評『「行動デザイン」の教科書』

2016/09/29
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人を動かすマーケティングの新戦略 「行動デザイン」の教科書
発行日:2016/8/19
著者:博報堂行動デザイン研究所、國田圭作
発行:すばる舎

文:大下文輔

好意の先にある購入を目指す「行動デザイン」

マーケターの大多数は、モノやサービスを消費者に購入してもらうことを至上命題として日々仕事をしている。そこには「購入」という行為の存在なしに、最終目的を達することは不可能である。先に紹介した『手書きの戦略論』においても、コミュニケーション戦略を、「人を動かす戦略」と規定したうえで、その理由を

目的は人を動かすこと。なぜならマーケティング・コミュニケーションは、最終的にはお客さんが企業の商品・サービスを購入するという行動を生まなければ意味がないからです。(p.28)

とする。

「購入につながるような人の行動」ということでの近年のコンセンサスは、「モノやサービスが良ければ、それによって人が動くという考え方はもはや通用しない」ということである。プロダクト・アウトの枠組み、モノ発想、あるいはグッズ・ドミナント・ロジック に依拠したマーケティングでは、人は動かないというのはずっと言われ続けている。「売る」から「売れる」へ、というのもそうした潮流を受けてのものだ。

「人を動かす」にあたって、著者の國田氏が主張することは、好意的な反応を得たからと言ってそれがマーケターの目的とする購入や利用に強く結びつくわけではないため、認識の変化を追うのではなく、あくまで行動を起こさせることに集中すべきだ、ということ。言い換えれば、マーケティングにおいて、意識と行動は同じに扱わず、分けて考えようということを提唱している。コミュニケーション戦略論のうち、「ダイレクト論」の系統に属する考え方と言って良い。行動を起こさせる、ということを軸にマーケティングを組み立て直すことが、本書を通じた「行動デザイン」の大いなる野望である。

ブランド論に代表される、「心的反応によるエンゲージメントの確立を目指す」という考え方は本書では採用しない。エンゲージメントや関係性というコトバが一度も登場しないのは、最近のマーケティング関連書籍としては少数派に属すると思われる。

著者がそれだけ行動に拘泥する理由は、人に好意を抱かせる、あるいは心理的な態度変容を通じてファンにすることに比べて、購入するという目的まで消費者・生活者を連れて行くことが難しい、という認識による。そこを突破する方法として、人の行動を企画・設計(デザイン)するのが「行動デザイン」である。

まずは既成の「市場の概念」を行動によって再定義する。

まずは、市場の概念を行動によって再定義する。例えばシネコンは「映画を見る」という市場に属するモノとも考えられるし、「デート市場」に組み込まれると考えても良い。要は生活行動を括りなおして、市場を考えることで、競合と考えられるものが変わる。市場は「同じ目的で、同じ時間帯や気分の中で選ばれる可能性のある選択肢の集合体」と捉える。市場規模は、「その行動で括られた商品群の総消費量(総販売量)」と規定できる。

それを自社の製品に置き換えれば、ビジネスの基盤は、
 ユニークユーザー数 × 1人あたり累積購入金額
となる。累積購入金額は、さらに
 1回あたりの購入金額×頻度
に分解できる。

この購入にまつわる行動の量を拡大しようと試みることが「行動デザイン」の本分だというのが、本書の主張の1つである。

1人あたりの行動量(購入)を増やすか、ユニークユーザー数を増やすかは、扱う商品や市場の状況による。その顧客1人ひとりの行動量を把握することで、マーケティングの精度は飛躍的に高まる。

6つの行動デザインのステップ

本書では、「どのように行動デザインを行うか」についての方法を6つのステップとして提示している。マーケティングのプランニングプロセスに相当するものである。

  1. どれだけ動かすのか(行動のゴール)を設定する。
    売上などのビジネスゴールに応じ、(顧客数×行動量)を、キャンペーン期間、年間、中期事業期間などの単位で策定する。
  2. 誰を動かすのか(ターゲット顧客)を特定する。
    デモグラフィックや一般のライフスタイルではなく、商品の購買にまつわる行動を軸としてターゲティングを行う。
  3. いつ、どこで動かすのか(行動観察から行動チャンスを発見する)を見出す。
    何かをしようとする行動のスイッチにつながる行動チャンス、すなわち何かをしたいけれど未充足な状態に陥る状況を、行動観察によって発見する。例えば、アロマディフューザー付の卓上加湿器は、オフィスで潤うスキンケアをしたい(でも今のままではできない)、という行動チャンスに応じたものである。
  4. 何で動かすのか/なぜ動くのか(行動を作り出す仕掛け)を考える。
    ターゲットが思わず行動したくなるような仕掛け(「行動誘発装置」)を考える。いわば行動デザインの中核部分。人を動かす「行動デザインのツボ」を利用する。

    出典:『人を動かす新戦略「行動デザイン」の教科書』博報堂行動デザイン研究所(著)、國田圭作(著) すばる舎発行
    出典:『人を動かす新戦略「行動デザイン」の教科書』博報堂行動デザイン研究所(著)、國田圭作(著) すばる舎発行
    (※画像クリックで拡大)

  5. どうやって動かすのか(全体のシナリオの構築)を考え、実行する
    上記ステップの4まではいわば基本設計。これを実施できるような形にまとめて実行する。
  6. 本当に動いたのか(実績)を評価し、PDCAを回す

人を動かす仕掛け・方法

本書を読んでいてもっとも面白いのは、いかにしたら人間は動くか、という人間の行動原理に対する洞察の部分である。第3章と第4章を中心に、日記やエスノロジーを利用した行動観察から見えてくる「行動スイッチ」や、行動経済学、社会心理学(とりわけ、チャルディーニの著作からの引用が多い)、進化心理学、認知心理学、大脳生理学の知識を広範に採り入れて解説を加えている。例えば、上掲の図にあるように、行動はそれを加速するアクセルとブレーキに大別される。

また、第7章では「行動誘発装置」について、1章を割いてそのノウハウを公開している。その他、読み物として面白さを加えているのが、新米マーケターを対象とした行動デザインの道場(行動館)で、「もっと募金に協力する人が増えるようにするには?」「もっとフィットネスクラブ入会者が増えるようにするには?」といった課題に対して行動デザインの視点でアイデア開発をしていく、という仮想のトレーニングを行っている。

売上維持・向上につながる「行動の習慣化」について「アクセシビリティ」と「行動フレーミング」という概念を使いながら第8章で論じているが、ここも読んで面白い。そこでは著者が所長を務める博報堂行動研究所で行った自主調査の結果を因子分析にかけ、行動の習慣化には、3つの支柱があるという発見を提示している。それを「快」「近」「効」として表現しているが、要するに、長続きする要因は「気持ちよさ。快適」で、「近く、便利」(つまり心理的な敷居が低い)、「自分にとって効用がある」(つまり価値がある)ものだという。実感と一致する結果になっている。

「行動と意識は切り離すべき」という主張には賛否あるだろうが、一致しているのは人間に対する洞察をベースにしてマーケティングを考えよう、という点である。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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