消費者情報処理の本質に迫る

――書評『リフレクティブ・フロー』

2016/12/22
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リフレクティブ・フロー

リフレクティブ・フロー―マーケティング・コミュニケーション理論の新しい可能性
発行日:2003/02/06
著者:栗木 契
発行:白桃書房

文:大下文輔

消費者の情報処理モデルを、新概念を折り込んで定式化した本

本書は、デジタルがマーケティングへの影響を今ほど強くは与えていない2003年に書かれた、マーケティング・コミュニケーションの理論書である。当時はWeblogなどによるCGMの勃興期であり、FacebookもTwitterも開始されておらず、SNSという概念も一般的ではなく、さらにはGoogleもまだ上場前で、彼らが本格的な広告ビジネス参入を行っていない時期に書かれた本である。にもかかわらず、この本を取り上げる意味の1つは、その時期に新たに提唱されたマーケティング・コミュニケーション理論を通して、デジタルがマーケティング・コミュニケーションに与える影響を考察するよい例になること、あるいはマーケティング・コミュニケーションの本質を探る手がかりになると思われることである。

本書は、リフレクティブ・フローという新しい概念を導入しつつ、購買行動における、消費者の情報処理を定式化したものだと言える。

リフレクティブ・フローとは何か

リフレクティブ・フローを直観的に理解することは困難である。一旦著者の神戸大学教授栗木契氏の定義を参照しよう。

リフレクティブ・フローとは、製品やサービスとその情報の提供が、並行してその受け手に、当の製品やサービスを消費する必要性や、その知覚や評価のための観点を想起させることで生成する、再帰的な情報の流れである。(p.195)

マーケティング・コミュニケーションは、一般に売り手である企業から、買い手である消費者への「情報伝達型」の様式をとる。著者の言い方で説明すれば、「発信者」が伝達しようとする意味を表現するために使用した「記号」から、「受信者」が一定の意味を読み取ることで成立する情報の流れが「情報伝達型」である(本書図7-3)。

しかし、発信者が伝達しようとした意味が、受信者にそのまま伝わるとは限らない。それは、1つには伝達しようとした意味そのものが、さまざまな前提に支えられており、解釈の余地を含んでいることにある。
典型は、一体何を言いたいのかよくわからない広告表現である。同時に、情報の受け手が置かれた状況が一様でないことである。例えば、同じ高級車に対しても、家計の事情や、そのクルマに乗る自分をどうイメージするか、今のクルマを買い換えたいと思っているかなどで、必要性も異なるし、汲み取る意味も変わる。売り手が思ってもみなかった商品の使い方が起こったという事例にも事欠かない。送り手による情報(記号)が受け手にどうとられるのかは、さまざまな可能性を残す。情報伝達には、偶有性があるゆえ、送り手は受け手をコントロールできない、というのが著者の主張の1つである。すなわち、あるブランドを選択してほしいという意図に反して、情報の流れの構造の中で代替(他のブランドやカテゴリー)の選択の余地はどんどんと拡がる可能性を持っている(本書図7-4)。ここでは説明を省くが、著者は、情報選択型のコミュニケーションにはもともと、選択余地の無限の拡がりがあることを理論的に立証し、その概念構造をオープンコンティンジェンシー構造と呼んでいる。

この無限の選択の余地から脱却するための仕組みが、リフレクティブ・フローである。例えば、広告の中で発信されるメッセージは、「これは広告である」という受け手の知識によって、意味解釈の余地を狭くする。また広告が受け手にとって既知のブランドである場合は、受け手が持っているブランドイメージによってその解釈を狭くする、このように、個人の経験に基づく、学習、知識、アイデアの想起によって、メディアを通じて発せられる情報の意味を、受け手として規定するような、ぐるぐる循環する(再帰的な)情報の流れがリフレクティブ・フローである(本書図7-5)。

出典:『リフレクティブ・フロー ―マーケティング・コミュニケーションの新しい可能性』栗木 契(著) 白桃書房発行 ※無断転載を禁ず

出典:『リフレクティブ・フロー ―マーケティング・コミュニケーションの新しい可能性』栗木 契(著) 白桃書房発行 ※無断転載を禁ず
(※画像クリックで拡大)

再帰的な情報の流れについて、著者は、「フレームから観点が形成されるとき、認識の対象である情報が、認識を構成させる観点を反射的に喚起すること。認識の生成と、認識を構成する観点の生成という、2つの作動が、単に併存するのではなく、連動するようになるのである」と説明する。この観点がどんなもので、いかに重要かについて、著者はアーカーらが紹介したハーレーダビッドソンの例で解説している。

走行性能という点で、ハーレーは、日本のバイクに劣っており、かつては70%あった市場シェアも一桁台にまで落ち込んだ。しかし、重く、騒々しく、乗り心地も決してよくないハーレーもマーケティング活動によって、走行性能に代わる、「男らしさ」「社会的束縛からの自由」といった連想による新たな観点を提示できるようになったことで、シェアを60%以上に回復した。観点は、商品選択の基準を与えるものでもある。

マーケティング・コミュニケーションの現在と、リフレクティブ・フロー

マーケティングの大前提としては、「売り手」と「買い手」という2種類の異なるグループの存在がある。そして、売り手は売りたい対象(商品やサービス)を持ち、買い手がそれを買いたいという消費欲望を創発し、それを購買という行動につなげたいと売り手は願っている。リフレクティブ・フローは、売り手のそうした意思から発信されるメッセージが、その商品購入の必要性と観点によって意味を固定化されるという普遍的な仕組みであり、リフレクティブ・フローが起こることが購入機会を高めることにつながる、という考え方である。

この枠組みは、デジタルの影響の強弱にかかわらず存在する、いわば公理のようなものである。デジタルによって変わったのは、価値共創の機会と重要性の増大だと私は考える。

デジタルによって、売り手が提示する観点に対する、買い手からの称賛・受容・抵抗・反発の掌握や買い手からの逆提案の機会は格段に増えた。また提示すべき相手を絞り込んだり、聞くべき相手を特定できることも精緻化できるようになった。

2003年発刊の本書においても、消費者との対話については枠組みに組み込まれており、決して企業が一方的な情報を送り届けるということを想定していないことは強調しておきたい。他方、本書では消費者志向モデルの限界を鋭く指摘している。著者はガルブレイスの『豊かな社会』における「消費に向かう欲望を新たに生成するためには、消費者の意思とともにマーケティングの意思が必要である」との主張を受け、「消費の意思だけを強調することは、マーケティングの意思だけを強調する場合とは逆の形で、企業を近視眼に陥らせることになる」と言う。

本書をマーケターが読む意義は、リフレクティブ・フローという概念構築にあたって議論の対象とされた内容の幅広さと深みを辿ることで、マーケティング・コミュニケーションに対する多くの洞察を学び取ることである。学術書ゆえの取っつきにくさはあるが、この本を棚に晒しておくのはいかにももったいない。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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