因果推論という常識

――書評『「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法』

2017/06/02
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「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法
発行日:2017/2/16
著者:中室 牧子、津川 友介
発行:ダイヤモンド社

文:大下文輔

適切に疑うことの困難さ

「1人あたりのチーズ消費量が、シーツに絡まって死亡した人の数と関係があるらしい」と聞いたら、そんなことはないだろう、と普通なら疑ってかかるだろう。だが、次の図はそんな「常識」とは裏腹に、これらの関係のないはずのデータが見事な一致(相関係数0.91)を見せている。

出典:tylervigen.com

出典:「tylervigen.com

この図は本書『「原因と結果」の経済学』にも紹介されている「見せかけの相関」の図を集めたウェブサイトに出ているものだ。もちろん2つのデータの関連性は「まったくの偶然(疑似相関)」でしかない。ただ、日常ではこれに類する勘違いはよくある。

人は常識に照らし合わせて物事を判断する傾向にある。常識は、おおよそにおいて正しい場合が多い(だから常識と呼ばれる)。その常識に反する事実や、常識として持っていない事実を提示されたときに、それを疑ってかかることは容易ではない。例えば、血液型と性格は関係があると信じている人は少なくない。

しばしば指摘されるのは、相関関係と因果関係を区別することである。疑似相関ではなく本当に何らかの関係がある2つの事柄も「原因と結果」の対応関係にあるかどうか。

本書は、この「原因と結果」が区別のしにくいものを数多く採り上げている。例えば「メタボ健診を受ければ長生きできる」という仮説は正しいのだろうか。メタボ健診を受けた人と受けない人の寿命を比べればいいのだが、健診が任意で行われている内には正しい結論を導きにくい。なぜなら、メタボ健診を自主的に受ける人は健康に気を使っている人が多く、そうでない人に比べて健康に対する良い習慣が自然と身についている可能性が高いからだ。「健康意識および習慣」の影響を含んでいると、健診を受けることと長生きという2つの変数の間には相関関係は見られても因果関係があるかどうかはわからないのである。

因果推論を見極める3つの質問

因果関係と相関関係を区別することがなぜ重要かというと、因果関係は「施策・打ち手」が「成果・結果」にダイレクトに反映されるのに対し、相関関係は打ち手が効果的に結果に表れないからである。
「メタボ健診」は厚生労働省によって義務化された施策である。そして、その施策を実施するための費用(税金の投入)は決して小さくなく、2008年から2014年まで約1200億円かかっている。健診が原因となって「メタボリックシンドロームの罹患率を下げ、長生きにつながる」という結果は高い確率で期待されるものであるべきだ。だが、残念なことに、本書著者らの研究ではメタボ健診と長生きの因果関係は認められていない。

因果推論を正しく理解することで、無駄を減らすことができるはずだ、というのが本書の主張の1つである。著者らは自らの経験にもとづいて、「因果関係がはっきりしない、根拠のない通説が山のようにあるのが、教育と医療の分野だ」と言うが、ビジネスにおいても同様である。相関と因果を正しく峻別することは、だれもが持っておくべき常識の1つだと思われる。

2つの変数の関係が因果関係にあるかどうかをチェックするための3つの質問がある。

 1)「まったくの偶然」ではないか
 2)「第3の変数」は存在していないか
 3)「逆の因果関係」は存在していないか

1)は、先に述べたように、チーズの消費量と事故死といった無関係の変数がたまたま同じ動きをしたのではないか、と疑ってみることである。
2)は、メタボ健診率と長生きの関係に「健康意識・行動」という「第3の変数」(交絡因子と呼ぶ)が因果に関係するものとして存在することを疑ってみることである。
3)の「逆の因果関係」とは、原因と結果が逆転して捉えられないか、と疑ってみることである。例えば、「株価が上がると企業業績がよくなる」という本来的には逆のことも相関関係からは見分けがつかない。

こうしたチェックを経て、2つの変数間に因果関係があるというのを明らかにすること、導き出すことが本書のテーマである「因果推論」である。上記3つの質問で挙げた事柄が存在しないことは、現実と「反事実」を比較することによって証明される。もし原因となる事柄が起こらなかったら、というシナリオが反事実である。つまり、原因がなかったらそれに即した結果にならなかった、という反事実と、原因となる事象の存在が結果をもたらしたという現実の対比をすることである。この反事実をイメージできる力が因果推論を正しく導ける力であるとも言える。「高カカオチョコレートが脳を若返らせる」という単なる仮説を、比較対照用のコントロール実験(反事実の確認)を行わないまま、研究成果として発表してしまったということも記憶に新しい。

因果推論と直接の関係はないが、先に紹介した『なぜ「戦略」で差がつくのか』の中で、思考にスイッチを入れる質問として「with and without」という「もし~があった場合と、なかった場合」を想定するものを掲げている。これも反事実イメージに近い思考訓練である。

観察不可能な反事実をどう埋め合わせるかが因果推論のキモ

「反事実そのもの」は事実として存在しないから観察ができない。これが因果推論の根本問題である。因果推論は、そこにチャレンジし、「反事実をもっともらしい値で埋め合わせる」ことで成り立つ。もう1つ重要なことは、変数の影響がおよぶ2つのグループを比較可能な形にしておくことである。外資系ならしょっちゅう飛び交う、Apple to Appleの比較(比較できないものを、Apple to Orangeの比較という)である。
因果推論における比較可能なものというのは、例えばメタボの健診があったグループ(A)となかったグループ(B)が、比較にあたってそれ以外の要因の影響を受けないことである。例えば、(A)のグループが30代、(B)のグループが50代だとすると、健診の有無以外に年齢の影響を受ける可能性があるため、比較できない。比較は、(A)のような原因となる変数の影響をうける介入群(または実験群)と(B)のような影響をうけない対照群(または統制群)を作り出すことで行う。

まとめれば、因果推論は「比較可能な2つのグループを作り出し、反事実をもっともらしい値で置き換える」ことによって行う。この「反事実という観察できない状況をどのように穴埋めするか」ということが因果推論のさまざまな手法のもとであり、本書ではエビデンス(因果関係を表す根拠)の高さによって4つの階層に分け、合計8つの手法を紹介している。その内容は本書に譲る。

出典:『「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法』
中室 牧子、津川 友介(著)ダイヤモンド社発行
(※画像クリックで拡大)

 

事例は著者らの専門分野である教育や医療に関するものが多いが、エビデンスレベルの高いものの一例として、オンラインショッピングでよく使われているA/Bテストも紹介されている。

誰もが知っておくべきビジネスの常識

因果推論と書けばかなり難しいように見えるし、手法によっては専門知識が必要になる。本書のよいところは、手法の詳細ではなく「考え方」に絞って、誰でも理解できるレベルで、問題意識をもって読めるようにという配慮がなされていることだ。難しい数式は一切出てこないし、説明も過不足なく、大変読みやすい。

本書タイトルは、あたかも経済学という分野に対して比重をおいているようだが、読んでみると特に「経済学臭」を感じることもなく、もっと一般的で身近な話題が多い。

施策の効果をエビデンスで実証しようという態度は、データドリブンなマーケティングの根幹に関わるものである。そして、エビデンスが正しく得られるかどうかについて、因果推論についての基礎知識が必須である。とりわけ相関と因果を区別することは、知らないでは済まされないレベルの話だ。回帰分析というコトバにまったく馴染みがないとか、メタアナリシスということが何のことだかピンとこない人には是非一読をおすすめする。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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