テトリスを巡る意思決定のドラマ

――書評『テトリス・エフェクト-世界を惑わせたゲーム』

2018/02/23
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テトリス・エフェクト-世界を惑わせたゲーム
発行日:2017/11/1
著者:ダン・アッカーマン
訳者:小林啓倫
発行:白楊社

文:大下文輔

ゲーム業界で仕事をしていたときの懐かしい思い出は、いろいろな人があっという間にゲームにハマってしまう瞬間を目にしたことだ。
1995年のG7産業人ラウンドテーブル(テーマは情報ハイウェイだった)に付帯する展示会で、アメリカのブラウン商務長官にバーチャファイターをやってみてと促したところ、止められなくなって、長官に見てもらおうとブースで待ち構えていたアップルやマイクロソフトなどのアメリカ企業をがっかりさせたことがあった。
セガvs.任天堂 ゲームの未来を変えた覇権戦争』にある、セガ・オブ・アメリカの社長にスカウトされたカリンスキーが、ゲームボーイを手にとってその場から離れられなくなったというエピソードも、おそらく真実だと思う。

あっという間にハマってしまい、中毒性の高いゲームの代表格がテトリスだろう。
世界で最も売れたとされるテトリスは、いわゆる「落ちもの」、「落ちゲー」と呼ばれる類の草分け的存在のゲームであり、1980年代、ゴルバチョフの時代のソ連で生まれた。
本書『テトリス・エフェクト』は、そのゲームがどのように生まれ、世界を席巻していったのか、またそのビジネスのライセンスを巡る熾烈(しれつ)な争いを、綿密な取材に基づいて描き出したノンフィクションの読み物である。

ゲーム機の時代の寵児

テクノロジーを通してそれに関わった人の群像をドキュメンタリータッチで描く、という点で本書はスティーブン・レビーの『ハッカーズ』を思い出させる。ハッカーズは、PCの誕生に情熱を傾けたオタクたちを描きつつ、ハッカーの精神性に触れる本であった。
『テトリス・エフェクト』は、その後の話であるが、ビデオゲームを遊ぶためのゲーム機の描画や動きの性能がPCのそれを上回っていた時代の話である。
テトリスはPCのゲームとしてもてはやされたが、後に任天堂のゲームボーイの発売時に同梱されるソフトとなった。ゲームボーイはモノクロ液晶という貧弱なディスプレイであるが、極端に抽象化されたシンプルであり、短時間でも遊べるカジュアルゲームとして、持ち運びができていつでも遊べるというこのゲーム機との相性はよかったのだろう。

テトリスは、当時家庭用ゲーム機はおろか、PC用ゲームもほとんど知られていない中、RAS(ロシア科学アカデミー)で、人工知能や音声認識の研究者だったアレクセイ・パジトノフによってElectoronika60というPDP-11の互換機であるミニコン向けに開発されたものだった。当時でも、西側なら時代遅れとみられたであろうElectronika60の描画性能はとても貧弱であり、情報もない中で試行錯誤しながら独自に作られたものだった。
しかし、ミニコンでは汎用性に乏しい。モスクワの高校生で、地域のコンピュータセンターでIBM PCを使ってプログラミングに習熟していた、ワジム・ゲラシモフが別の研究者を通じてパジトノフに紹介された。ゲラシモフはパジトノフの作ったゲームをIBM PC互換機上に移植するとともに、テトリスの落下してくるピースに色を塗るなどのアイデアを提供した。
当時のソ連ではゲームソフトを商用に制作して販売することなど考えられなかったから、RASで作ったテトリスをフロッピーディスクにコピーして、ほしい人に手渡すほかなかった。だが、テトリスを遊ぶと夢中になる人が続出して、コピーがコピーを呼んで、いつしか鉄のカーテンを超え、西側に流れ出て行くことになる。ロシアがグラスノスチ(情報公開)に舵を切ろうとしていた時代である。

テトリスは西側のゲームビジネス関係者から高い注目を浴びたのは、これで遊ぶことに夢中になる人が続出するという事実と、単純で説明がほとんど要らず、ローカライズに手間がかからないことであった。
例えばRPGなど、遊ぶのに言語的要素や文化的要素が絡んだゲームはローカライズに時間とお金がかかる。ローカライズの質の良し悪しが、ゲーム体験に影響するから、そこには手が抜けない。その点、テトリスは言語と文化の壁をやすやすと越えてしまう力がある。ロシア風の味付けはマーケティング上の演出であって、ゲームの本質的な部分に影響しない。

テトリス・エフェクト

本書のタイトルになっているテトリス・エフェクトとは、テトリスをしばらく遊ぶと、目をつぶっても空からピース(テトリミノと呼ばれる4つの正方形からなる形)が降ってくるなどの一種の幻覚症状のことを指す。それだけ認知系に強い影響を与えるものとも言える。

本書ではボーナスレベルを3つのパートごとに用意している。
レベル1では、テトリスの中毒性について脳科学や心理学の知見を紹介している。
レベル2では、通常テトリスはどこかで負けてしまいそれで終わってしまうが、これが純粋に光のような反応時間で操作できたとして、永遠にゲームができるかといった課題を、数学的にみた見解について語っている。
レベル3では、PTSDを起こすような不快な画像を見せたあと、テトリスをプレイすることで、不快な記憶が定着するのを妨げる、いわば認知ワクチンとしてのテトリスについての研究を紹介している。

ゲームとは何か

ゲームは誰もが「良きもの」として認めているわけではない。中毒性に対する警戒心や、生産性を妨げるもの、時間の無駄遣いとして嫌う人もいる。
ジェイン・マクゴニガルはそれについて『幸せな未来は「ゲーム」が創る』の中で、ゲームがこれだけ人を惹きつけるのは、現実がゴールもルールも不明確になっているのに対して、ゲームはゴールやルールがはっきりしているからだ、と説く。

彼女のゲームの定義は、ゴールとルールとフィードバックシステム(スコアなどによるゴールへの達成状況)と自発的な参加を持つものだとする。
さらに、哲学者バーナード・スーツの定義も引用している。それは、「ゲームをプレイするとは、取り組む必要のない障壁を、自発的に超えようとする取り組みである」というものである。

本書『テトリス・エフェクト』を読む限り、パジトノフはこのゲームで自ら楽しむことは考えていたが、他人に悪い影響を及ぼすことを目的としていなかった。「自発的な参加」によってゲームは開かれた存在である。

ビジネスの修羅場を垣間見る

テトリスの出自やライセンスの複雑さ、任天堂のゲームボーイの成功に貢献したことなど、本書に書かれていることの要点は、中川大地の労作『現代ゲーム全史』にも書かれている(日本のビデオゲーム史を総括した本として、記念碑的な存在だと思う)。

『現代ゲーム全史』の教科書的な記述と異なり、本書があらゆるビジネスパーソンを惹きつけるだろうと思われるのは、野心的で一攫千金を狙う一匹狼的存在の男たちや、そして当時すでにビッグビジネスに成り上がっていた任天堂のマネジメントが入り乱れて、商品化の権利者であるELORG(ソ連の外国貿易協会)の官僚たちからライセンスをたぐり寄せようとする駆け引きに緊迫感のあるリアリティがあるからだろう。
とりわけ、日本人をトップに頂くテンゲン(アタリの子会社)が、任天堂に先んじてテトリスの家庭用ゲーム機向けのライセンスを取得していたことを、法律顧問にも確認のうえ、大々的に発売準備を進めていたのにもかかわらず、実はそのライセンスには落ち度があったことで、丁々発止が繰り広げられるところである。

任天堂は、当時極秘に開発していたゲームボーイにテトリスを同梱する方針を固め、日本に住んでいたアメリカ人で、ブラックオニキス(日本初のファンタジーRPG)の開発者であるヘンク・ロジャースを影武者としてハンドヘルド機器へのライセンスを取得するよう、ELORGの官僚と交渉に当たらせた。
その過程で家庭用ゲーム機のライセンスはまだ正式に誰にも付与されていないことを知ることになる。任天堂をバックにしたロジャーズ以外に、2つのパーティが入札の権限を持って争うわけだが、そのハラハラドキドキがたまらない。

本書は、残念ながら、インターネット普及以前の話であり、今のデジタルマーケティングの直接の役には立たない。しかし、(少なくとも当時の)国際ビジネスのありようが、実話をベースに理解できる。ゲームのビジネスを何も知らないELORGの官僚との会議で、何を話し、どう振る舞うのか。あるいはビジネスを離れた場でどのように付き合い、相手の懐に飛び込むのかなどがつぶさに伝わってくる。

大事なのは短い交渉期間の内に決断し、手を打つことである。そのためには交渉当事者に権限がなければならない。
日本のゲーム業界は、オーナー企業が多く、トップダウンで動くため、意思決定も早いし、交渉もそれなりの権限を持つ人を送り込める。任天堂は最終的にはNOA(任天堂オブアメリカ)のトップ2人が日本のオーナーのOKのもと、直接乗り込んで最終的にハンドヘルドも家庭用のゲーム機もライセンスを勝ち取った。

仮にロシアの官僚たちが、国際ビジネスの入札側であったとすれば、即断の連続の中では到底勝ち目がないだろうとわかる。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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