オーセンティックなマーケティングの力

――書評『マーケティング参謀』

2018/11/09
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マーケティング参謀
発行日:2018/10/1
著者:土居健人
発行:クロスメディア・パブリッシング

文:大下文輔

トップマネジメントになっても、マーケティング参謀

本書『マーケティング参謀』の著者、土居健人氏は、日本ヴィックスでマーケターとしての一歩を踏み出し、P&Gでブランドマネージャーから最終的にはグローバルマーケティングディレクターを経て、ボーダフォン日本法人の執行役員常務マーケティング統括部長、ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメント ホームエンターテインメント事業部日本代表上級副社長、リーバイ・ストラウスジャパンの代表取締役社長を歴任した後、2010年から8年間トリンプ・インターナショナルの代表取締役社長という輝かしい経歴の持ち主だが、その間一貫してBtoCマーケティングに深く携わっている。

もちろん実績も絶大で、台所洗剤の「ジョイ」をはじめとする洗剤やシャンプー、ボーダフォン時代の「写メール」、そしてトリンプでの「スロギーゼロフィール」など、大規模なヒット商品に関わっている。

本書ではマーケターというコトバは使わず、トップマネジメントの立場であっても「マーケティング参謀」という表現を用いている。

「参謀」とは、「表だった指導者・指揮者の下にいて補佐し、意思決定に際して進言・献策など重要な役割を果たす人(大辞泉)」を指す。社長に「参謀」は似つかわしくないように思うが、一方で、マーケターというのは参謀的性格をどこかしら持っている気がする。

本書は、著者がこれまで実践してきたことを振り返りながら、マーケティング参謀という人のすること、役割を通してマーケティングというものについて論じたものである。

オーセンティックなマスマーケティングの威力

1980年代の初めから現在に至るまで、マーケティングの第一線で活躍してきた著者の関わってきた製品がBtoCであることから、本書でのマーケティングもBtoCが対象だ。

著者は、本書1冊を通じて、マーケティングの基本となる考え方や方法論のエッセンスを提示しながら、それがヒット商品作りにどのようにつながっていくかを明らかにしており、ビジネスの現場に即した、マーケティングの教科書的な色合いが濃い。

2010年代の商品作りを通したマーケティング論だが、30年前に書かれていたとしても違和感のないものだ。言い換えれば正統的、オーセンティックなマーケティングが古びていないということの証拠でもある。そのことは、また同時に、インターネットの出現に伴って起こったさまざまな変化が、マーケティングに何を及ぼしたのかを考えるきっかけにもなるだろう。

著者が経験した外資系の企業はグローバルな商品展開をしており、本書で取り上げられている例も、マスマーケティングを基本としている。

マーケティング参謀の果たすべき役割

本書のアウトラインは以下のようになる。

マーケティングとは市場を理解し、市場をセグメントし、誰に何を提供し、どう顧客から選ばれるのか、そして市場の中でどうビジネスを効果的、効率的に成長させていくのかということである。つまり、マーケティングとは、実業、商売そのものなのだ。

マーケティング参謀の仕事は、まず、社内の多くの人が自社中心、ブランド中心で物事を見ている中で、消費者、顧客中心に物事を見るよう社内説得することである。
もう一つは、顧客の頭の中に自社のブランドや商品を存在させるために、自社のブランドや事業部のビジョン(事業目的)を明確にすることである。
その前提に立って、自社のブランドが市場でどのような位置にあるのか、顧客からどのように見られているのかを分析、理解した上で、現在の状態からあるべき状況を目標として掲げ、それを具体的な数値目標として設定する。

目標達成のためには、市場を細分化して分析し、マーケットのボリュームゾーンとプレミアム、ニッチを多角的にセグメント分析し、自社にとっての優先領域(Where to Play)を明確化する。
その際、当該の商品カテゴリにおいて、消費者は何に満足し、何に不満を持っているのかを理解し、顧客価値の高い商品・サービスの開発・展開につなげることが重要だ。

優先すべきセグメントが決まったら、そのセグメントの消費者ニーズが高く満足度が低い、あるいはあきらめているニーズ(アンメットニーズ)において、画期的な優れた解決策(ソリューション)を見出して、商品、ブランドのUSP(Unique Selling Proposition)として提供する(How to Win)。
つまり、どのターゲット層に対して何が売り(USP)なのかを決め、訴求してゆく。

ソリューションがUSPにつながるアンメットニーズとは、図1.のように、消費者対してさまざまな仮説から選んだニーズに対して満足度と重要度を聞き、それをプロットすることでも得られる。このアンメットニーズをうまく見いだせれば、そのニーズは戦略的な課題となりチャンスをもたらす。

図1.ニーズのマップ

図1.ニーズのマップ
(※画像クリックで拡大)

課題と機会を明確化する際も、課題の解決策を生み出すときも、クリエイティブなものを作るときも、いかに消費者インサイトを深掘するかで勝負は決まる。ビッグアイデアは必ず消費者インサイトにある。

アンメットニーズを克服したヒット商品の事例

本書では、著者が関わったブランドのうち、トリンプのノンワイヤーブラであるスロギーゼロフィールの例を引きながら説明されることが多い。
スロギーゼロフィールが開発された当時のトリンプの戦略課題は市場規模の大きい45~54歳、55~64歳のセグメントにおいて、シェア20%に高めていけるかであった。市場の傾向として、着心地の良いノンワイヤーブラが成長する中、45~54歳のナンバーワンニーズは、「心地よさ・着心地の良さ」、2番目のニーズは「自分に合うぴったりのサイズ」、3番目のニーズは「バストのシルエットをより美しく見せる」だった。

そこで、トリンプはノンワイヤーの心地よさとワイヤーブラのバストのシルエット効果の両立を打ち出すことにした。もともとスロギーブランドのUSPは心地よさであった。そして消費者のブラジャーに対する不満は、締め付けられる感じ、アウターに透ける、ひびく、蒸れたり汗ばんだりするということで、それらの解消のために締め付け感ゼロ、下着ラインゼロ、速乾吸収性に優れた綿混タイプのものにし、なおかつ安心のホールド感を得るという商品を、パートナー企業の持つイノベーション素材やスポットボンディング技術によってホックもワイヤーもない形で実現したことで大ヒットにつながった。

P&Gの台所用液体洗剤ジョイでは、それまでの洗剤が600~700mlであったものを3倍濃縮にしてサイズを1/3にした。パッケージの大きさがそれだけコンパクトになり、植物性の成分で肌に優しい、油汚れに圧倒的に強いというUSPができあがった。

デジタルの時代に向けて

以上のようなアンメットニーズを消費者インサイトによって克服する商品(Product)を作り、4Pの他の3つを適切に設定すれば、ヒットする確率が上がるのはよくわかる。その際、製品を大量に生産し、大量にさばく(その方が商売としてうまみがある)ために、一定の大きさを持つセグメントのターゲット層を狙っていくことも自然なことだ。

本書で言及されているように、消費者の動向を知るためには、消費者パネルを利用している。消費者パネルはサンプルデータではあるものの、統計的に意味のある数、代表性が確保されていれば、時系列の分析ができる。
例えば、20代で他の世代と違う傾向が見られたとき、それはライフステージの影響なのか、その時代の流行の影響なのかを見極めるためには長期のデータによるコホート分析が必要になる。

ただ、現代の消費者は、利用するメディアがインターネットなどへと分散し、接触確率が低くなった。同時に、購買の場もインターネットへのシフトが進んでいる。それにより消費者パネル以外にもリアルタイムで行動を追跡しデータを取得できるようになった。顧客の許可を得られれば、直接広告やメールやSNSなどで提案したり商品のフィードバックをしたりもできる。Idに紐付いた顧客管理や直接対話などもできるようになってきている。
プロモーショナルな手だてや提案の仕方、タイミングなどにおいて、より細かなコミュニケーションが可能となりつつある。

そのような中にあっても、消費者・顧客についてよく知ることの重要性は変わらない。マーケティング参謀の存在意義はそこにある。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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