科学する定性調査

──第60回JMRX勉強会「ニューロサイエンスの新動向」レポート【前編】

2016/05/13
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文:大下文輔

JMRXに毎回参加すると決めたわけではないのだが、今回も興味深いタイトルだったので参加した。前編は、フリーランス定性リサーチャーである吉田朋子氏と小野沢薫氏が、昨年パリで行われたESOMARの定性会議で行われたニューロサイエンスのワークショップに参加して得た知見と、同じくESOMARのAPACで披露されたクリエイティブリサーチへの、独自のバイオメトリクス指標の応用についてのプレゼンテーションであった。

感情は、Emotion(情動)とMood(気分)に分けて捉える

前半部分は基本的に用語の整理であった。その中からポイントを記しておく。消費者神経科学(Consumer Neuroscience)とは、認知神経科学(Cognitive Neuroscience)の知見や技法をマーケティングリサーチに応用し、消費者の態度や行動をより深く理解し、無意識に迫ろうとするもの、である。その主要な技法としてEEG、fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)がある。また脳そのものでない生体変化を測定し、消費者行動を無意識のレイヤーに迫って解明しようとするものをConsumer Biometrics(消費者バイオメトリクス)という。代表的な測定法としては、GSR(Galvanic Skin Response:皮膚電位反射)、心拍、表情解析、アイトラッキング、反応潜時(Latency)または反応時間(Reaction Time)などがある。

覚えておくべき用語として重要なのは、心理学などの行動科学においては、感情・気持ちを情動(Emotion)と気分(Mood)の2つに区分していることである。情動は、生体に入力された刺激に対して生じる短期間の強い感情的反応を指し、気分は、中長期に持続する強度の低い感情的反応を指す。消費者神経科学の主要な対象は情動である。

また、比較的新しい発見であるミラーニューロンに関しても、簡単な解説があった。ミラーニューロンは、他者の行動を見ているときに興奮するニューロンで、情動の伝播などに影響すると言われている。プレゼンテーションでは、「ビールのコマーシャルを見ていると、ビールを飲みたくなる」という行動につながるものとして紹介された。

さまざまな手法の統合(Integration)が消費者神経科学のトレンド

このような整理の後で、プレゼンターの吉田さんらは最近の消費者神経科学の動向として、各手法(測度)の組み合わせあるいは統合(Integration)を挙げた。ニューロサイエンスツールを含むバイオメトリクスの手段は、一つひとつの指標としては一長一短だが、それらを組み合わせることで、新たな知見につながっている、という例を挙げた。

例えば、何か広告のような刺激を見せたときに、アイトラッキングでどこを見たか(刺激の入り口)を、GSRでActivation(精神反応の生起)を、脳波でRelevancy(精神反応生起の妥当性)を重ね合わせて、総合的に見ることでより的確に事象を捉えられる、といったもの。GSRにせよ、脳波にせよ、単一の測度だけでは信頼性が低い、ということでもあるだろう。

さらに、最近ではこうしたバイオメトリクスの手段の組み合わせだけでなく、サーベイ、インタビュー、エスノグラフィーといった従来の調査手法との組み合わせも利用されるようになっていることも紹介された。小野沢さんによれば、主観を主体にするインタビューと客観性を重視するバイオメトリクスの組み合わせは、かつてはすべきでないとされていたそうだ。ワークショップでこうした組み合わせの流れが来ていることは、最大の驚きだったとのこと。

バイオメトリクスの指標は非言語的で、無意識の指標と言える。それに対して、インタビューやサーベイは言語を用いた主観的なもの、言い換えれば意識の指標である。すなわち、従来手法とバイオメトリクスの組み合わせは、意識と無意識の指標の統合を意味する。

意識と無意識のメジャーメント

意識と無意識のメジャーメント
(※画像クリックで拡大)

提示した2つの刺激がサーベイなどではあまり差がない、という結果になったとしても、それを脳波でくらべてみると、はっきりとした差が表れる場合がある、ということがわかる。一見、脳波だけ調べればよいようにも見えるが、反応強度だけでは、それがポジティブなもの(例えば好き)か、ネガティブなもの(例えば嫌い)かはわからない。意識無意識の両レベルでの反応を見ることで、市場での成果予測をより確実なものにできる。

Conceptual Closureという情報処理仮説のテレビコマーシャルへの応用

吉田さんからの最新事例として、Conceptual Closureという(おそらく定訳のない)脳の情報処理仮説に基づいた、テレビコマーシャルへの消費者神経科学の応用例が紹介された。コマーシャルは、人間にはひとまとまりの体験として認知される。コマーシャルは脳内には、刺激として続々と入ってくるが、短期記憶から長期記憶に移す際ひとまとまりのものとして符号化される。そのひとまとまりをイベント(Event)と呼ぶ。そのイベントとイベントの境目をイベント・バウンダリ(Event Boundary)と呼ぶ。イベントを長期記憶に貯蔵する符号化処理を行う際にかかった負荷によって、次のイベントとの間に記憶されない少しのギャップが生まれる。発表者のシルバースタイン氏は、このイベント・バウンダリ間に生ずる、脳内情報処理負荷による長期記憶の空白をConceptual Closureと名付けた。Concept Closureがどこに存在するかは、Steady-State TopographyというEEGを改変した手法で把握される。コマーシャル動画の場合、主要なシーンとイベントが関連づけられるようだ。

Concept Closureを用いた、クリエイティブの改善

Concept Closureを用いた、クリエイティブの改善
(プレゼンテーション内で使用された図をもとに、筆者が作成)
(※画像クリックで拡大)

さて、プレゼンテーションで使われたコマーシャルは、非常に好意度が高いけれども、ブランド認知に影響が低いという問題点を抱えていた。このコマーシャルは最後にブランド名やロゴを含んだメッセージが流される。これを仮にブランドイベントとすると、ブランドイベントの直前のシーンとの間に起こるConceptual Closureによってブランドの長期記憶に影響しているということが、Steady-State Topographyによって推測された。

具体的には、このコマーシャルはリタイア後に備えた貯蓄を行うことを呼び掛けるもので、おじいさんと孫の掛け合いで進んでいく。ブランドメッセージの直前シーンは、オリジナルのものでは、おじいさんと子どもが一緒に向きを変えるカットが挿入されたシーンである。向きを変えるしぐさは、情緒的には印象深いものになるのだが、その情報処理負荷が次のブランドメッセージの長期記憶への符号化処理に影響していると考えられた。そこで、この向きを変えるというしぐさの部分をカットし、ブランドのナレーションをイベント・バウンダリのタイミングをまたぐようにほんの少し先行して出したことにより、ブランドの長期記憶が促進され、後のサーベイでブランド想起確率が改善された、ということである。

これらの報告を通じて小野沢さんは、ニューロサイエンスがマーケティングリサーチ分野に浸透してくることで、消費者が意識していないことを掘り起こすことを得意としている定性リサーチャーの仕事が奪われるのではないかと危惧していたが、まだまだやることはある、と思うようになったと語る。とりわけ、バイオメトリクスと従来方法の統合、無意識と意識の領域の統合により、非言語だけでなく言語による掘り起こしの価値が再認識されていることが大きいようだ。
後編に続く

 

<開催概要>
タイトル:第60回JMRX勉強会
日時:2016年3月23日
場所:インテージ会議室

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。