科学する定性調査

──第60回JMRX勉強会「ニューロサイエンスの新動向」レポート【後編】

2016/05/17
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文:大下文輔

JMRXのニューロサイエンスをテーマにした今回の勉強会の後半は、インテージ社からの最新事例紹介だったが、冒頭で、3月14日から16日までニューヨークで行われたARFのコンベンションについて、参加した同社竹村彰浩氏から報告があった。

クリエイティブのインサイトを得る手段としてのニューロ/バイオセンシング

ARFは、Advertising Research Foundationの名が示すとおり、広告についての調査研究を行う業界団体で、400社以上の有力広告主、調査会社、媒体社、広告会社が会員社となっている。今年は1936年の設立から80年目となる。ARFはJournal of Advertising Researchという実践的なものを中心とした広告研究の専門誌を出している。

過去のARFの研究ハイライトを見ていると、広告関係者がどんなところに関心を抱いてきたかがわかる。そして、2010年代のトピックはニューロ/バイオセンサーの利用を背景としたクリエイティブの測定にある。

過去の関心・トピックの遷移@ARF(抜粋)

過去の関心・トピックの遷移@ARF(抜粋)
(※画像クリックで拡大)

過去2011年、2013~14年の2回、ARFはニューロをテーマとした研究プロジェクトを行ってきた。

「ニューロ1」と称する2011年のプロジェクトでは手法の検証が主であった。8つの広告クリエイティブに対し、3大陸から8つの調査会社が参加して調査を行い、17人の学者からの評価を受けた。研究の課題は、広告の情緒的反応やインパクト測定の面から、主要なニューロ/バイオの測定手法についての有効性を調べることにあった。対象となった測定法は、アイトラッキング、脳波(EEG)、皮膚電位反応(GSR)、心電図(ECGまたはEKG)、Steady-State Topography(注:前編で紹介したEEGの改変版)、機能的MRI(fMRI)、表情解析(Facial Coding)である。

結論は4点。
1)いずれの手法においても得手不得手があり(万能なものはなく)、更なる検証が必要である。
2)これらの手法は、情動反応(情緒的反応)の把握に強みがある。
3)データの解釈が肝要である。
4)伝統的な手法と、新手法(ニューロ/バイオメトリクス)とを統合することでより深い理解が得られる。

ニューロ/バイオメトリクスの有用性がこのように検証され、そうした知見がESOMARでの消費者神経科学のワークショップ内容に反映しているとわかる。

2013~14年の「ニューロ2」では、有用性のわかった新手法による測定値を、ブランドに対する好意や好意度、購入意向といった従来手法による態度の変数と合わせ、売上を従属変数とするマーケティングミックスモデルに組み込んで、売上を予想するという試みが行われた。ここでも長期記憶が売上予測に有意に作用し、そこでの新手法の有用性が示された。

今回のARFコンベンションにおいても、前編で紹介したSteady-State Topographyによる研究が発表されたそうだが、彼らの主張は、「よいクリエイティブ」と「効果的なクリエイティブ」は異なる、ということ。そのために、新しい手法が役に立つということである。

ほかにも、ARFでの発表テーマとして次のようなものがあることが紹介された。列記しておくと、「スポーツイベントのスポンサー枠CMについて、アイトラッキング&生体反応の応用事例」、「クリエイティブ評価におけるニューロの応用事例のまとめ」、「クロスメディアキャンペーンでの接触順が長期記憶に与える影響について」、「競合ブランドのCM視聴時の脳波を測定、反応の違いを研究」、「モバイル動画広告でアイトラッキング&認知調査、Viewability Standardとの比較」である。

fMRIより手軽で、脳波に比べて解釈がしやすい光トポグラフィ

続いて、インテージ社チーフアナリストの三浦ふみ氏から「光トポグラフィをはじめとするニューロリサーチ事例のご紹介」と題して、同社の実施例を踏まえた手法の紹介があった。バイオメトリクスの立ち位置につき、先のいくつかの報告と同様、整理があった。まず、Green Bookというマーケティングリサーチ(MR)利用者向けのサイトで、技術革新が一段落する2020年に向けて、センシングとウェアラブルはもっとも影響の大きいMR技術の1つとして認識されている事実を挙げた。
また、一昨年のESOMARにおける若手向けの勉強会において、いくつかの関心領域として、ダン・アリエリーの白熱教室などで日本でも一般に知られるようになった行動経済学や、ゲーミフィケーション(MRに楽しみをもたらしたり、サイト滞在時間を上げたりするための工夫、あるいはそれに絡んだチクセントミハイによるフロー理論などの話題)、あるいはさまざまな定性調査の方法とともに、ノンバーバルで無意識に迫る手法としてニューロサイエンスなどによる感覚測定が挙げられていた。
さらに、米国心理学会による時代区分として、1990年代が脳の10年(Decade of Brain)、2000年代が行動の10年(Decade of Behavior)であり、それに続く2010年代は心の10年(Decade of Mind)であると規定されているなど、バイオメトリクスや感覚測定などへの着目が一過性のものではないことを提示した。

インテージ社では、ニューロの測定手法として、これまでの主要技法である脳波(EEG)、fMRIなどの手段に対して、光トポグラフィを主として使っている。脳波は刺激から反応へのタイムラグがなく、時間分解能に優れている半面、脳のどの領域の反応かを特定しづらく(ブラックボックス化)、解釈がしづらいという欠点がある。また、fMRIは、脳のどの領域の反応かが特定しやすい半面、装置が大がかりで費用がかかることや、測定時にMRIの装置から出る強烈なノイズや閉所という対象者負荷がかかることが問題となる。
光トポグラフィは、血流を測定しているため、脳波に較べて時間分解(または即時性)に劣るが、反応部位が特定できて解釈がしやすい上、fMRIのような大がかりな装置を必要とせず、相対的に測定にかかる費用は安くなる。

ウェアラブルな光トポグラフィ装置では主に、認知と情動という高次脳機能を司る前頭葉血管内のヘモグロビン変化を測定する。それによりどのような解析ができるかというと、たとえばCMのような経時的な刺激に対して、脳のどの部位が活性化しているかによる解釈(Spatial Analysis)と、時間とともに反応の程度がどう変わるかを見る(Temporal Analysis)ことである。
空間解析に関しては、次の図に示されるように、どの部位が変化をしたかによって、大まかに4つの機能関連を行っている。具体的には非言語的な反応、言語的な反応、情動反応、記憶と関連する反応である。

ニューロ領域別の解釈

ニューロ領域別の解釈
(※画像クリックで拡大)

こうした、CMなどの刺激に対する被験者の生体反応(すなわちノンバーバルかつ無意識の反応)を見るとともに、CM評価をアンケート調査にかけてギャップを見ることを同社では試みたということだ。CMの評価項目を、それぞれの部位の機能との結びつきの程度を決めてスコア化する。例えば情動反応が生体反応として強く出るとともに、調査票のスコアが高ければ一致、そうでなければ不一致とする。そうした、一致不一致の度合いを複数の人についてプロットして全体傾向を見ると、CMの何が問題なのかがある程度わかるようになる。

精度が上がり、手軽に利用できるようになってきた表情解析

三浦さんによれば、さらに顔の表情解析(Facial Coding)も最近ではかなり精度が上がってきている。表情解析は、ポール・エクマンらによるFACS(Facial Action Coding System)という、顔の筋肉の状態把握から感情を読み取る方法の確立以降、その応用が進んでいる。今は、顔の500ポイントをカメラで測定しその時々の状態に応じて、表情を「真顔」、「ハッピー」、「驚き」、「嫌悪」、「怒り」、「悲しみ」、「恐怖」の7種類に分類する。そして、それぞれの程度に応じて0から10の11段階に分ける。すなわち、刺激に対して反応した顔の表情をカメラで捉えて、被験者がその時々でどのような情動の状態にあるかを逐次把握することができる。刺激をCMにすると、CMのシーンに対応した感情がわかるわけである。

そうした感情に「なぜ」陥ったのか、ということに関してはインタビューにより定性的に探っていくことも有効である、と三浦さんは言う。どんなシーンの流れに対して、どのような感情が、なぜ起きたのか、ということがわかると、どこをどのようにしたらもっと内容理解や好意形成や記銘強化につながるか、が探りやすくなり、どのような改良をすべきか、という示唆が得られる。

表情解析は、脳波やMRIなどの測定に比べて安価に行える。また、大がかりな装置も要らない。そのためインテージでは、セントラル・ロケーション・テスト(CLT―会場に対象者を集めて行うテスト)により、多くの対象者について測定して、CMの改良提案なども行っている。

今回のJMRXでは、調査手法の統合によって、従来型と新手法、定量と定性、言語的と非言語的、または意識と無意識といった手段や対象の境目がなくなってきていることを感じた。それには、ニューロサイエンスやバイオメトリクスの手法が大きく影響していることもわかった。この流れに沿って、マーケティングコミュニケーションにおけるクリエイティブの質の向上に、具体的な解決策が次々ともたらされていくことも予見される。

 

<開催概要>
タイトル:第60回JMRX勉強会
日時:2016年3月23日
場所:インテージ会議室

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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