テクノロジーと人間性のせめぎ合い――2016年のデジタルマーケティングを振り返る

2017/01/13
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文:大下文輔

キュレーションメディアのビジネスモデル破綻

2016年の後半、もっとも世間を騒がせた話題の1つが、WELQに端を発したいわゆるキュレーションメディアの、剽窃をベースにした大量の粗製濫造記事によるビジネスモデルの行き詰まりであった。多くのメディアが閉鎖され、メディアの運営者は、厳しい反省を求められている。この問題の背後にあるのは、歪んだ消費者観であり、人間観である。

「パクリ」と称される剽窃を、部分的にオリジナルを改竄しつつ、複数の記事をつなげあわせ、検索エンジンの目をすり抜けて検索ランキング上位に上げることでビジネスにつなげる、というやり方には、消費者はコントロールできるという確信が潜んでいる。また、その素材としての記事生産活動を、アルバイトの最低時給にもおよばないレベルで、学生インターンやらクラウドソーシングサイトで集めた人を酷使することで賄っていた。かつての産業革命時代の労働者の扱いを彷彿とさせるやり方である。

検索ランキングというものさしを、情報の質のものさしとして意図的にすり替えることは、経験不足の担当者にとって、測度があることが、いつの間にか正しい測度か否かを忘れさせていたようにも見える。

そして、剽窃に伴うのは、剽窃する側の匿名性である。媒体のブランド価値を力として、個別記事作者の匿名性で切り抜けようとしたやり方は、結局媒体のブランド価値をも毀損する結果となった。

同時に、オリジナル記事の執筆活動に費やされた、時に苦悩や努力を伴う知性は捨象され、結果として存在する記事をモノ化する。モノ化とは、一方的に読者に(検索エンジンによって評価された)価値を与えることを意味する。当事者であるメディアの振る舞いは、読者の価値判断を無視する記事および似非価値の供給者としてである。

サービス化の流れとマーケティング主体への問い直し

いわゆるキュレーションメディアで起こった一連の事件の、消費者をコントロールしたい、という願望の発露は、マーケティング、とりわけデジタルマーケティングに関わる大きな課題の1つである。その理由は、マーケティングの主体が消費者側にシフトしていることにあるだろう。

マーケティングは元来、さまざまな合法的な手段によって、売りたい商品について、買い手の購買行動を促すものであるが、インターネットの普及と発展により、買い手が情報を取捨選択し、主体的に行動する余地が増えてきた。フリーミアムも、シェアリングエコノミーも、そうした流れに沿うものである。さらに、モノのサービス化によって産業の境界が曖昧になるとともにマーケティングの主体が誰なのか、という問いがマーケターに投げかけられるようにもなってきた。

その典型例が、コンシューマーサイドプラットフォーム(CSP)の考え方であり、サービス・ドミナント・ロジックである。CSPの中心思想である「データはあくまで買い手/消費者に帰属する」という視点でデータを扱うことがマーケティングの進化を促すのではないかとの考え方が、ここに来てマーケターの関心を高めているようだ。CRMという売り手主体の関係性維持・構築が、VRM(Vender Relationship Management)という買い手主体のものになることが、現実の問題になるだろうという予感も、筆者が本年の取材活動の中で得たものである。また、経済交換の対象がすべてモノからサービスに移行するという考え方である「サービス・ドミナント・ロジック」も、受益者のみが価値判断を可能とするという点で、マーケティングの主体者が売り手の手を離れる可能性を示唆する。

そこには、売り手は買い手と価値を共創する、という視点でのマーケティングの組み直しが迫られているように思える。

進むマーケティング格差

デジタルテクノロジーのマーケティングへの浸透は、同時にマーケティングが経営の根幹に関わるようになることでもある。アカウントベーストマーケティング(ABM)の高まりで見たように、少し前まで、わが国ではマーケティング不在でもセールス部隊の力により、BtoBではビジネスがつつがなく進んでいった。BtoCにおいても、マーケティングの重要性は増しこそすれ、減ることはない。

そうした中で、マーケティングが全社を挙げての組織横断的な活動となることが必要条件化してきている。そこでのマーケティングはもちろん、デジタルマーケティングの話であり、経営トップの意識や理解を進めることと、全社横断を推進するチームが要請されている。アメリカの企業では若いテクノロジー企業の社外役員が、経営会議のメンバーになっている例も珍しくはないとの報告があったが、そのような体制も含め、「デジタル化するか、さもなくば死か」という、コトラーによる2015年の警鐘は、多くの日本企業にとって切実な課題になっている。マーケティングのデジタル化は、極めて多くの資源、エネルギーがかかるため、それにどの程度取り組んでいるか、いかに早く取り組んだかなどによる格差が広がっているように思われる。

問われる人間観

そのコトラーが提唱する「マーケティング4.0」は、消費者の自己実現を製品やサービスで実現しようというものである。人間、消費者の可能性を見据えた考え方だが、優れた顧客体験をもたらすことも、顧客至上主義もすべてそうした消費者の「なりたい自分」に向けるという哲学と連なっている。

2016年のテクノロジーを振り返ると、年初には人工知能への着目が高まった。以来、機械学習の進化により、いずれはテクノロジーが人間を凌駕するシンギュラリティという特異点の仮説が話題となった。

マーケティング4.0も人工知能もIoTも、人間とはどういう存在か、という問いを避けて通れないのである。これは、どんな企業であれ、ビジネスであれ、そこに存在する人間観によって振る舞いが支配されるということを示唆するものだ。「人を動かす」という時に、無機的で主体性のない人をコントロールするのか、それとも価値の共創を担う主体性のある人を設定するのかで、ビジネスのありようはまったく異なる。そうしたことの理解なしに、これからのマーケティングはあり得ないし、テクノロジーをうまく取り入れることもできないだろう、ということを強く感じる。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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