ライフスタイルの多様化に応じたデジタルマーケティングを実践する花王

――第3回シナプスCMOセミナー報告:『花王のデジタルマーケティングを花王石井氏が語る!』

2017/10/27
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文:大下文輔

シナプス社のCMOセミナー、第1回のマクドナルド第2回のオイシックスに続いて、第3回目は花王である。同社で長らくデジタルマーケティングを率いてきた石井龍夫氏のプレゼンテーションをダイジェストしてお届けする。事例はどれも興味深いものであったが、紙幅の関係で1つに絞ることとした。ナビゲーションは、主催者のシナプス デジタルマーケティングカンパニーダイレクター 村上佳代氏だ。

花王 石井龍夫氏

花王 石井龍夫氏

マスマーケティングの勝ちパターンが通用しなくなってきた

花王は、トイレタリー製品の企業として国内トップである。メーカーである以上、よい商品を開発して売る、というのが基本となっており、日本の花王の従業員の1/3が研究開発に従事している。同時に、競争力の源泉は、徹底した消費者調査と、日本でトップ3の出稿金額を費やす大量の広告にある。いわば、マスマーケティングを極めた企業だと言える。

調査について言えば、例えばベンチマーク調査と呼ばれる数十年に及ぶものがあり、洗濯用洗剤に求める効果(白く洗い上がる、除菌ができるなど)の重要度を時系列で見ることができる。
あるいは、エスノグラフィー調査として、お客さまの自宅を訪問して、お客さまの化粧の仕方や、洗剤の使われ方などを観察したり聞き取ったりしている。
他にも、1人の女性の化粧の仕方を20年以上にわたって追跡し、20代の時の化粧のあり方と40代の化粧のあり方の違いがどうなっているのか、大震災のあとに、洗剤のストックや使われ方がどう変化したかなどあらゆる局面で調査が行われ、意思決定のベースになっている。
また、お客さま相談センターに寄せられた内容も、データとして蓄積されている。

データを元にした商品開発を行い、マスに向けてコミュニケーションメッセージを開発し、TVを中心としたマスメディアを使って、リーチ100パーセントを目指す手法を中心としてきたが、そうした勝ちパターンが通用しなくなってきたと言う。

その理由はまず、生活の多様化にある。洗剤で言えば、子どもの「どろんこ汚れ」を落とす洗浄力が中心的なニーズであった時代から、部屋で遊んで汚れの少ない子どもが増えたり、単身世帯で、夜洗濯して室内干しが増えたりするなかで、除菌や洗い上がりのいい香りなどのニーズがより強くなってきた、などの変化がある。

もう1つの理由は、インターネットメディアの普及による、マスターゲットの消失である。全国ネットのキー局が少なく、同じ言語で通用する日本は、世界的にみてもテレビ広告の効率が極めて高い。しかし、近年、コスト効率は落ち、リーチも以前のように稼げなくなってきている。さらに、モバイルにより、室内外を問わず、常時、それも個別のメディア接触を行う傾向が顕著になってきた。エンターテインメントも「個」の時代に入ってきたと言える。つまり、「個別的であること」を意識したコミュニケーションが必要とされている。

個々の人は、趣味嗜好を基軸として、マスに比べて小さなサークルで繋がっており、InstagramやTwitter内でのコミュニティで、自分ゴト化した体験、伝えたいと思う情報を画像やメッセージで共有している。こうした小さい集団を、花王ではスモールマスと呼んでいる。花王を含めた企業は、スモールマスに対して、適合する(広告を含めた)コミュニケーションを行っていく必要がある。

デジタルが普及したからデジタルを使う、ではなく、消費者の多様化がスモールマスを産み、彼らがデジタルで繋がっている状況下でリーチを試みる結果としてデジタルを使うという考え方をすべきだ。

顧客理解をベースとし、体験理解につなげるデジタルマーケティング

消費者が多様化し、一元的でなくなりつつある今、これまでのようなパネル調査では、スモールマスのありようなどが十全に捉えにくい。そのような中で、お客さまを十分に理解してクラスタライズを行い、スモールマスに対応したコミュニケーションを行うためには、できるだけ大規模な一人ひとりに紐付いた全数データ求められるが、幸いデジタルではそれが可能だ。例えば、「髪を染めたい」という人のTwitter上のすべてのデータを集めて解析する、といったことができる。

そこで、花王はデジタルマーケティングセンターを作って対応している。組織のミッションとしては、誤解を怖れず言うなら、デジタルのコミュニケーションをし、そこからデータを取得して、マーケティングを再構成して行くことである。このセンターは大きく4つの室があるが、その中心となるのは「データサイエンス室」であり、ウェブ来訪者のログやお客さま相談室のデータ、そしてビッグデータの解析などを行っている。4室あわせて、「お客さまを良く理解し、望まれる商品をつくる」という花王の責務の一端を担っている。

図1.全数データに基づく顧客理解

図1.全数データに基づく顧客理解
(※画像クリックで拡大)

新たなスモールマスを発見する

花王の商品のうちでも、「自分に関係ない商品」という思いによって、まだ届いていない商品がある。それを、デジタルを使って、新たなスモールマスの顧客層を発見し、彼女らに「これは自分のための商品だ」という思いに変えるべくコミュニケーションを行って新規顧客の獲得を行った事例として、ヘアカラー商品の「リーゼプリティア 泡カラー」を紹介したい。この商品は黒髪をはじめて茶色に染める人向けの商品である。

まず、事業部からこの商品のコミュニケーションターゲットイメージが上がってきた。ナチュラルビューティ指向の学生で、スキンケアを重視し、着心地のいい素材の衣服をまとい、シリアルを朝食に摂り、部屋にはグリーンを飾り、アクセサリーを手作りする、などかなり都会的でおしゃれな感じである。これらはすべて調査データをもとにしているため、嘘ではない。けれども、あまりに格好良すぎて、違和感が残る。

そこで、全数データをあたってみた。過去1年間で「髪を染めたい」とツイートしている人のデータをすべて収録し、どのようなものかを探った。大半のものは予想通りで、「高校卒業するから染めたい」「夏休みにバイトに行くので、思い切って染めてみたい」などである。しかし、「色落ち早いから、列伝の前かな」とか、「髪染めたい」というつぶやきと共に「れどべる買った」とか「何だろう」と思えるようなものもしばしば見つかった。

わかったことは、「大学生になるなどの新生活が始まるのをきっかけとして染めたい気持ちがある」、そして「目立ちたい気持ちはあるけれど、浮くのはいや」というあたりは事業部が参照した調査と一致している。しかし、「美容院で染めると、お金もかかるし、おっくうだ」、「イケメンの美容師に髪を触られるのは、髪を染めてから」、「109に行くのに、着ていく服がない」という価格への抵抗やお洒落に対する恐怖心のようなものが見られ、事業部が設定した行動的で自信ありげなターゲットイメージとのずれが出てきた。

こうしたつぶやきをする人たちがどんな人なのかを調べてみると、好きなものはアニメやキャラクターだったり、声優好き、アイドル好きだったりし、ハンドルネームで情報の受発信しているごく普通の女の子たちであることがわかった。彼女らは、最近増えている「量産型女子」と呼ばれるタイプで、何人かでつるんで行動する傾向にあるが、同じ髪型、似たような服装で動く、という特徴がある。

彼女らは、髪を染めたいという気持ちがあるにも関わらず、仮にプリティアを知っていたとしても、自分に向けられた商品ではないと思っている。そこで、彼女らがアニメ好きやキャラクター好きという特徴を利用して、髪を染めることに関心が高くなる時期を狙いつつ、従来のコアターゲット向けのものに加えて彼女ら「量産型女子」に向けたメッセージやコンテンツを開発し、告知用のツイートが、その人のタイムラインに流れるようにパーソナライズして発信した。それらのコンテンツに連動したマス広告は行っていない。

図2.ターゲットに合わせたTwitter広告

図2.ターゲットに合わせたTwitter広告
(※画像クリックで拡大)

3月期は、新生活が始まる月で、ヘアカラーに関する関心が高まる。2014年3月に約7万だったプリティアの製品ページへの来訪者は、新たに見つけたスモールマスの「量産型女子」にターゲティングを刷新した事により、2015年3月には約25万とおよそ3.5倍へと、新規来訪者による増加があった。さらに、プリティアの平均閲覧ページ数は11ページと他製品を大きく上回った。これは、新たなターゲットの髪染めに対する情報収集を積極的に行ったことを意味する。以降シェアは、年間を通じて2パーセント程度の上乗せがあった。

デジタルマーケティングの目指すもの

デジタルマーケティングというと、「デジタルで広告することでしょ」と思われていると感じることがある。既存のお客さまの顕在化しているニーズに対してデジタルで広告をすれば、どうしても刈り取りになってしまう。

図3.デジタルマーケティングの本質と構造

図3.デジタルマーケティングの本質と構造
(※画像クリックで拡大)

データを使って新たな顧客を発見し、その人に適切なタイミングで、自分ゴトに思えるような情報を届けることは、市場の拡大に繋がる。シェアの奪い合いではなく、新たなお客さまを店に連れてくることが、お店にとっても歓迎されることである。マーケティングの目指すことは、デジタルであろうがなかろうが、売上やROIといったビジネス目的に繋がるものであることに間違いない。

 

シナプスCMOセミナーとは?

経営とマーケティングのコンサルティングをコア事業とする株式会社シナプスが卓越したマーケティング活動を実行している企業のCMOを招聘し、不定期に行うセミナーで、今回(2017/9/21)が第3回目の開催となる。

第1回(2017/2/27)の「日本マクドナルドCMO 足立氏が語る!マーケティング論」、第2回(2017/5/15)の「オイシックス西井CMOが語る!16期連続成長のオイシックス」ついての記事もぜひ参照いただきたい。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

 

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