AIによるマーケティングの新展開

――Adobe Symposium 2017報告

2017/10/31
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文:大下文輔

Adobe Symposium 2017で特に注目していたセッションが、機械学習を利用したサイコロジカルセグメンテーションである。本稿では、IBMの若松幸太郎氏とアドビ システムズの萩原康司氏によって行われた「IBM Watsonが可能にするパーソナライズド・マーケティング」をダイジェストし、考察を加える。

このセッションに着目した理由は、機械学習のマーケティング応用における筋のよい事例だと考えたことと、それがマーケティングおよびマーケティングサイエンスの新しい展開につながると思えるからである。

IBMの若松幸太郎氏

IBMの若松幸太郎氏

全数データに基づくサイコロジカルセグメンテーション

若松氏らのプレゼンテーションを要約してみよう。

これまで、デジタルマーケティングのセグメンテーションは、デモグラフィックデータと行動履歴のデータ(ビヘイビアルデータ)、そしてジオグラフィックデータ(どこに住んでいるか、どこでの行動か、またはリアルタイムのロケーションデータ)に基づいて行われていた。しかし、購買行動に影響を与える、サイコロジカルデータ(性格、価値観、欲求など)はその収集の難しさから、ほとんど利用されていなかった。

最近、IBM Watsonによる、個人のサイコロジカルな特徴把握、分類が可能になった。具体的にはBig5と言われる性格特性のほか、価値観、および欲求の3軸につき、Big5と30の下位分類、5つの価値観、12の欲求体系、11の購買行動分類、その他健康や環境にかかわる因子を合わせて94の因子が個人に適用できる。
そのソースはインターネット上にある、顧客と紐付いたTwitter IDによる発言、あるいは調査に対する自由回答など、文章(テキスト)による非構造データだ。個人のIDに紐付いているものなら、どんなテキストであっても、誰のものであっても、対象となる。
例えば、Twitterを多用しているアメリカのトランプ大統領や、ドジャースのダルビッシュ有投手などの有名人から一般人に到るまで可能である。もちろん、日本語テキストも利用できる。

ただ、非構造データのままでは、現実的なデータ利用はほぼ不可能だ。ビッグデータをマーケティングに利用するため、非構造データを構造データ、すなわちマシンによる判別可能なデータに置き換えることを、IBM WatsonのAPIであるIBM Watson Personality Insightsを利用して行っている。この仕組みによる性格分類は、誰でもこちらで利用可能である。(ちなみに1200語あれば、かなり精度の高い分析ができるそうだ)。

標準的な分類は、94の因子に対して、Watsonは、0以上1未満の数字を11桁で出力する。

そうして特定された個人のサイコロジカルな分類(94の因子の特定)をDMPに格納して利用することで、デモグラフィック(Demographic)、ビヘイビアル(Behavioral)、ジオグラフィック(Geographic)などのセグメンテーションに加えて、サイコロジカル(Psychological)なセグメンテーションが行える。当日は、アドビ ManagerというDMPを使ったデモンストレーションが行われた。

あるブランドの、顧客のサイコロジカルデータを、同意を得てTwitterのIDをもらいデータを分析できれば、個人別にセグメントが割り当てられるため、パーソナライズされたマーケティングができる。例えば性格に応じて動画やメッセージを変えて届けるといったことが可能だ。

 

WatsonによるサイコロジカルデータとDMPを使ったExperience)

WatsonによるサイコロジカルデータとDMPを使ったExperience
(※画像クリックで拡大)

答え合わせができる機械学習の適用

AIはともすれば、胡散臭さがつきまとう。それは、機械による学習プロセスの中味がわからず、アウトプットがどの程度検証可能なものか、確からしいものかがわからない場合に著しい。Watsonの Personality Insightsはその点、学術的な裏付けがしっかりしていて、信頼性が高い。

まず、性格(パーソナリティ)の特定に適用しているBig5(主要5因子による性格)は、性格特性論の定番ともいうべき理論である。その検査方法も確立しており、そのデモ版はインターネットからもダウンロードできる。性格を構成する5因子の程度が質問によって同定されるため、その質問(Input)から導き出された個人の性格(Output)と、Twitterなどのテキストデータ(Input)から推測される個人の性格(Output)をそれぞれ比較して、分析の確からしさがわかる。テキストデータからニューラルネットワークを使って性格特性を導く方法はすでに研究されていて、なおかつ、学習を重ねることによってその精度を上げて行くこともできる。要は質問紙による性格のタイプを正解とし、Watsonが予測した性格のタイプとどの程度一致するかの「答え合わせ」ができることで、つまり、AIが出した答の不明朗さが払拭されていることで、マーケティング利用に安心感がもたらされる(ただし、どの程度大規模なテストを行ったのか、とか、出力される有効数字は果たして意味があるのか、など疑問は残る)。

サイコロジカルな特性としての価値観や欲求など、Big5以外にも把握のための理論枠組みがあり、それを別の方法で特定・分類が可能であれば、同様なサイコロジカルセグメンテーションができるようになる。

マーケティングにおける心理学の復権

性格は、環境によっても変わる。ただ、遺伝による影響はことのほか大きいようだ。サイコロジカルな特性が、マーケティングにとって極めて重要なのは、性格や価値観や欲求が、その人の選択や購買の原因になり得るからである。

例えば、ECなどでは購買確率の予想などに過去の行動履歴(ビヘイビアルデータ)を多用する。しかし、行動はあくまで過去に起きた事象に過ぎず、未来の行動を予測する因果推測というよりは、むしろ相関である。検索履歴を元に、リターゲティングを行って広告を送り届けたとしても、検索の事情によってはまったくの的外れで、結果としてその広告がストーカーのように感じられることも多々あることだろう。その点、サイコロジカルなセグメンテーションによって当てはめられたメッセージは、相対的にビヘイビアルデータをベースとしたものよりも受容性が高いと推測できる。

そもそもユーザーペルソナの中核となるのは、パーソナリティを軸とした心理的特性である。だから、それが実データによって裏付けられ、施策の結果予測がしやすくなることは、極めて大きい。マスマーケティング全盛の時代に、サイコロジカルセグメンテーションが活用されなかったのは、サイコロジカルな特性によるマスメディアのコントロールが実質上できなかったからである。

マスメディアにおいても全数データが取れるようになりつつある現在、もともと1to1のコミュニケーションが取りやすいオンラインでは、当然ながらパーソナライズド・マーケティングが行いやすい。単なるパーソナライズド・マーケティングではなく、サイコロジカルデータと紐付いたターゲティングやセグメンテーションによってパーソナライズできるようになったことに注目したい。

マーケティング施策につながる「仮説」が一挙に実を伴う形で得やすくなった、というのがWatsonのような機械学習ベースの非構造データの活用によるイノベーションだと思う。

マーケティングサイエンスになかなか応用の利かなかった心理学が、サイコロジカルデータの利用によって、これからは力を発揮することだろう。人間/消費者/顧客に対する好奇心、観察、洞察を利用し、その結果が客観的な評価と共にサイエンスとして再利用可能な形で経験値が蓄積される時代がようやくやってきた、と言えるだろう。

 

イベント名:Adobe Symposium 2017
イベント日時:2017年9月14日15:35~16:20

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

 

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