デジタルマーケティングの目指すもの

──『デジタルマーケティングの教科書』出版記念セミナー報告

2017/12/19
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文:大下文輔

2017年10月20日、『デジタルマーケティングの教科書』の出版記念講演会が、MarketingBaseの母体であるスペースシップの主催により行われた。
スペースシップ代表の椎葉の書評にある通り、本書は、今後の環境変化に合わせた「デジタルマーケティング」の定義をすることが主眼となっている。キーワードはデータドリブンとオムニチャネル。デジタルデータをもとに消費者のカスタマージャーニーを通じて行動変容をはかる、そして、データ取得と打ち手の場は、リアルとネットのあらゆる場に拡がるという捉え方である。さらに、目的はエージェントになる、というのが講演者であり、著者である牧田幸裕氏の見解である。

『デジタルマーケティングの教科書』著者でセミナー講演者の牧田幸裕氏(信州大学経営大学院准教授)

『デジタルマーケティングの教科書』著者でセミナー講演者の牧田幸裕氏(信州大学経営大学院准教授)

消費者の行動データがマーケティングを支配する

牧田氏の講演の前半のハイライトは、「未来を見通す眼を養う」ことについての演習だった。さまざまな産業や生活の場のありようがどう変わっていくのかを探り、そこからマーケティングを考えていこうという目論見(もくろみ)である。動画を見ながらどこに注目して、このビデオから何が読み解けるかについてのセッションが行われた。

  このAmazon Goの動画を見て、読者もしばし、お考えいただきたい。

この動画は消費者に向けて作られていることから、さまざまなテクノロジーの助けにより、顧客はカートに商品を入れることも、レジに並ぶことなく、決済するのに現金が要らない、といったベネフィットが前面に出ている。マーケターとしては、Amazonがやろうとしていることは何か、という見方をすることも重要だというのが講演者の指摘である。

データを、購入前、決済、購入後と分けた場合、とりわけ購入前のデータ取得が格段にリッチになっている。
まず、お店に入る前に、スマホをかざして入っている。これは、チェックインした時点で店に入ったのは誰かが特定できることになる。それは、Amazonから見れば、その人のオンライン上での行動データとひも付けられることでもある。
また、センサーフュージョンによって、どのような動線をたどったかもわかる。
もう1つ、注目すべきは、買ったものの特定に、日本の小売りでも導入が始まりつつあるRFIDを使っていないことである。Amazonが採用しているのは重量センサーと、店に数多く配置されたカメラである。
なぜ、わざわざRFIDよりも複雑な仕組みを使うかを読み解くべきだ。カメラを使うことの意義は、商品の特定に限らず、商品を手にした消費者の表情解析を通じて、感情のデータを取得できるからだろう。例えばポテトチップスCとポテトチップスKを比べた時の表情の違いから感情の違いを推測できる。それにより、これまで実現できなかった、情動データ(あるいはサイコロジカルなデータ)を個人レベルで購買データとひも付けることが可能になる。
また、リアル店舗で購入したものの購買後の行動も、Amazonのレビューで確認できる(筆者注:レビューが蓄積されれば、テキストデータからその人の性格も判定可能になり、サイコロジカルセグメンテーションに磨きがかかるはずである)。

このようにして、Amazonは大量で質の高い行動データと心理データを、オンライン、オフラインにまたがって取得できるようになる。そのようなデータインフラをAmazonが他社に先んじて大規模に構築するとすれば、他の小売業者はそのインフラと連携したり、傘下に入ったりするようになるだろう。

これらは、ロジカルシンキングから導いた予想である。Amazon Goの例でもそうだが、破壊的イノベーションによってもたらされる未来は、過去の延長線上になく、ジャンプがあるため、一般的なPEST分析を使うことはほぼできない。だから、ニュースリリースなどで得た新しいサービスや産業について、断片的な情報を見て、その背後に提供者が持つ狙い、すなわちどのようなデータをどのような形で取得し、どのように活用しようとしているのか、に思いを巡らせることが重要となる。
本の第1章にはそうした事例を収めたが、例えばアパレルについての予想がGUで現実化してしまうなど、すぐに現実が予想に追いついてしまい、あっという間に陳腐化してしまう。

オムニチャンネル化とOne to One化

以上のような未来の例は、消費者サイドから見れば、「私をよく知ってくれて、モノや情報やサービスを気持ちのいいやりかたで薦めたり届けたりしてくれる」ことにつながる。いわば「その消費者のなじみのお店になる」ようなものだ。
例えばずっと通っているラーメン屋では席に着くだけで、食べたいラーメンが出てくる。これが、絆、関係性の構築であり、ひとたびそうした関係性ができ上がると、ラーメンが食べたいといったらいつも行く店が自然と頭に浮かんでそこに行くように、何かを買いたいと思った時に、他の商品やサービスがその関係を崩して入り込むのが極めて難しくなる。

デジタルデータが充分でない時代から、安定的な売上を上げるために、関係性の構築を従来型のマーケティングも目指しては来た。だから、デジタルマーケティングの戦略策定の土台となるのは従来型のマーケティングの方法である。
『デジタルマーケティングの教科書』の第2章にはコトラー/ケラーの大著の超エッセンスを20ページ強にまとめてあるので、マーケティング知識が不足していると思うなら、繰り返し読んで、頭に叩き込んでいただきたい、と牧田氏は言う。

従来型のマーケティングに加え、デジタルによるさまざまなデータ取得と解析によって、オンライン、オフラインの消費者の購買データ、嗜好データ、物流データ、販売データなどがシームレスに繋がるようになった結果、消費者ひとりひとりの気持ちやコンテクストに合わせた、あらゆるチャネルでのモノ、情報、提供機会が提供できるようになった。
すなわち、サプライチェーンとデマンドチェーンが統合したオムニチャネル化とOne to Oneによる経験価値の最適化という流れができていることである。

従来型のマーケティングで手薄だった物流や決済ということが、オムニチャネルでは重要なエレメントになってきた。消費者の欲しいものを、できるだけ早く(そして安く)便利に受け取りたいということに応えるとすれば、マーケティングはコールセンターにもリアル店舗にもECにもまたがるモノとカネの流れを守備範囲にする必要に迫られる。 近くの店に買いたい商品が置いていなかったけどぜひ欲しいとか、ウェブサイトの店舗に無いけれど明後日までには何とか手に入れたいなど、小売業の競争力の源泉の1つが物流、配送となることは明らかだ。そのことを、講演では、楽天やAmazonやヨドバシのデリバリーサービスの比較といった事例を通して語られた。

今こそデジタルマーケティングの全体像の把握を

以上のように、デジタルによって、マーケティングの守備範囲は拡がっている。だから、従来型のマーケティングだけに通じたCMOは、デジタルマーケティングの時代には適合せず、これからのCMOの役割はCOOと変わらなくなっている、というのが牧田氏の見解である。

そのような時代にあるにもかかわらず、デジタルマーケティングというコトバは、その裾野の広さにそぐわない形で捉えられてきた。
牧田氏によれば、本書執筆のきっかけは、あるデジタルマーケティングのフォーラムに参加したことだと言う。「デジタルマーケティング」について、マーケティングオートメーションツールの会社の人はデータマイニングとビッグデータ分析のことを指し、ネット広告の人はネット上でのプロモーションのことのみ語っていて混乱したそうだ。そこで、あらためてバラバラな定義を眺めてみると、本にも書いたように「群盲象を撫でる」という状況だったため、従来型のマーケティングとの違いも合わせて整理し、デジタルマーケティングとは何かについて、改めて定義した(本稿冒頭の書評を参照)。

今回の講演を通じて、筆者が抱いた感想は、デジタルマーケターの資質として求められるのは、講演中に指摘されたロジカルシンキングを縦横に使えることに加えて、新しいものへの好奇心、知識欲が旺盛なことだろういうことである。今でもマーケティングに携わる人にはそういう人が多いと思う。

 

イベント名:『デジタルマーケティングの教科書』出版記念講演
イベント日時:2017年10月20日 16:00~18:00

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

 

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