『新世代デジタルマーケティング』
発行日:2015/12/11
著者:横山 隆治
発行:インプレス
この本の副題は「ネットと全チャネルをつなぐ統合型データ活用のすすめ」である。ネットがデジタルマーケティングの核であり、それを他のチャネルとつないで拡張していく、というイメージである。
マーケティングの中でインターネットがこれだけ脚光を浴びたのにはいくつかの理由が考えられる。一つにはメディアの接触者の急拡大と、そこにできた市場の成長がある。リアルタイムデータの取得および個人の行動トラッキングが飛躍的に発達したこと、また、施策と購買の関係性がかなり明確に把握できるようになったことがある。そしてD-CAP(またはPDCA)を回すというコトバに象徴されるように、個人をターゲットにした「購買につながる」施策の打ち方が迅速かつ柔軟・多彩にできるようになったことがとりわけ大きい。それらがほぼデジタルデータの恩恵に浴することから、デジタルマーケティングはネット上のマーケティングと同義だという認識が広まった。
ネットでのD-CAPはReach ⇒ Act / Convert ⇒ Engage という消費者行動の流れを、Convertを中心に考えようとするものだ。著者が指摘するように、ネットでのマーケティングは、たいがい個人をターゲットにしたダイレクトマーケティングの形をとる。しかし、消費者の行動はネットの中で完結しているわけではなく、実生活上ではありとあらゆるコンタクトポイントから情報を得て、購買に到るプロセスや商品・サービス利用を通した関与(Engagement)があり、短期のS-R(刺激と反応)を超えた長期の関係性作り(ブランディング)を考えることがマーケティングの使命である。つまり、ReachやEngageに、よりマーケターは力を注ぐ必要がでてくるのだ。
本書は、ネットにおけるマーケティング発達の鍵となったデジタルデータの活用をダイレクトマーケティングからマスマーケティングを含むより広範なマーケティングに拡張していこう、という啓蒙の書である。その契機は、個人レベルのデジタルデータの取得やメディアのコントロールの柔軟性がリアルな場でも急速に可能になったことにある。
そのことをマーケティング全体の変化として概念的に示したのが、本書の冒頭に示された図1-1-1である。
出典:『新世代デジタルマーケティング ネットと全チャネルをつなぐ統合型データ活用のすすめ』
横山 隆治(著)インプレス発行
本書の各章の中扉に二項対立のスタイルで、これからのマーケティングを示唆する変化の方向性が7つ掲げられている。コトバをすこし補って示すと、1)ネットに閉じたマーケティングからより広範なデジタルマーケティングへ、2)コミュニケーションの起点を送り手のタイミングから受け手のタイミングへ、3)テレビCMのとらえ方を視聴率から視聴質へ、4)テレビCMに依存したコマーシャルメッセージの発信からテレビCMを補完するビデオ(動画)の活用へ、5)メディアの変化を見据えて、集中型メディアと広告投資に依拠したマーケティングから分散型メディアとコンテンツへの投資へ、6)ネットに閉じた行動ターゲティングからリアルな場での行動ターゲティングへ、7)会社などの組織において独立したデジタル部門のあり方からブランド横断型のデジタルマーケティング組織へ、となっている。
これらは、一つ一つが大きなテーマであり、実現の程度や可能性についての濃淡がある。中にはデジタルの有無にかかわらず、長らくマーケティングの課題になっているものも含まれている。
本体の7章をかけて、マーケティングの変化を「できるようになったことやその兆し」とその活用について記しているが、付録の対談部分では実際のデータ提供者が、今できることが何かを明かしている。例えばテレビの視聴率は、受信形態やチャネル、デバイスの多様化によって捉えることが困難な要素を増している。そうした実態の中で、消費者のメディア接触から商品購買を一気通貫で見られるシングルソースデータの重要性は見逃すべきではない。その意味で、対談部分はおまけのように読み飛ばすのではなく、読み込む価値は大きい。
データのシングルソース化は、著者が提案する統合型データ活用のキーになるだろう。私が約35年前にマーケティングの仕事についた時からシングルソースデータはすでに提供されており、大型の汎用計算機を使ってさまざまな分析を試みるのが仕事の中心だった。クライアントのほとんどが外資系だったことから、日米で比較可能な独自のシングルソースデータベースの構築にも携わった。ただ、最大の問題はデータ取得コストが高いことで、長くは続かなかった。
さて、本書は別に紹介する「ここからはじめる実践マーケティング入門」において、デジタルマーケティングがネットに特化した解説であることと、紙幅の関係から簡略化されている部分をより詳しく記述してあるという点から、両者を合わせて読むと、バランスの良いマーケティング入門ができると考える。
マーケティングはいつも次の時代を追いかけている。それは、コミュニケーションや消費の様相が変化すると言うことだけではなく、マーケティングにはまだまだ多くの課題、言い換えればできないこと、やりたいことがあり、多くの関係者がその克服をめざして日々格闘しているからに他ならない。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |
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