『ここからはじめる実践マーケティング入門』
発行日:2015/10/25
著者:グロービス、武井 涼子
発行:ディスカヴァー・トゥエンティワン
本書は、著者がマーケティングの初学者を対象に、実際に行った4回の講義をベースに、実務のノウハウを織り交ぜつつ、マーケティングの入門書として編み上げた本である。
カバーも中表紙もピンク、印刷が黒とピンクの二色刷とあっては、男性は手を出しにくい。しかも“カップラーメンを売ってる場所、見たことないの?(笑)”なんて書いてある。書店で一瞥する限り、女性をターゲットとしたマーケティング入門書のようにも見えるが、内容的には、特に女性のみをターゲットとした本ではない。
最初の4ページは、行間がスカスカで文字数も少ない。授業風景の一コマを、実直に描写している。中学生でも読める内容で、マーケティングとは何?という大きな問いを掲げて読者を一挙に引き込む。第一章は「誰にでもわかるマーケティングの基礎」といった風情である。マーケティングに携わっている人なら先刻ご承知の内容が要領よく詰め込まれている。
第二章はマーケティングリサーチの基本と実務、となっている。データドリブンなマーケティングというのは、デジタルマーケティングの専売特許でも何でもなく、マーケティングが本来データを必要とする分野だ、ということがこの章を読めばよくわかる。
確かに最近は取得できるデータ量が以前に比べて格段に増えたこととあいまって、その分析も多彩を極める。そこで、データサイエンティストというデータ解析の専門家が脚光を浴びるようになったわけだが、何十年も前から、マーケティングを生業としてきた人にとって、調査データと無縁でいた人はいない。著者も言うように、マーケティングは、“業務の80%がデータとサイエンス、20%がクリエイティブの世界”なのである。
さらには、データ=数値でもない。つまり量的データだけでなく、質的データもある。質的データは、行動観察の記録であったり、インタビューの発言録だったり、売り場の棚配置だったりする。なるべく思い込みは排除して、客観性のある実施プランを作るためだ。
マーケティングは推測統計学を中心としつつも、心理学や人類学や民族学の手法も貪欲に取り込んで、ものごとの「なぜ?」を見極め、「どうする」につなげてきた。
第三章は、ブランド論。ブランドの概論はいろいろな教科書で学べるが、ブランド管理について現場に即してわかりやすく書いてあるテキストは案外少ない。ブランド管理が実際どうなっているのかは、各社それぞれ異なるため、ブランドエクイティと真摯に向き合っている複数の会社と一緒に仕事をしてみないとわからないことも多い。著者の強みはそうした経験をベースにブランドを語ることができる点にある。もちろん、この本を読んだくらいでブランドマネジメントができるほど甘くはないが、それがどういうものか雰囲気をつかむだけでも、実務家にとっても十分参考になると思われる。
本書の特徴は、マーケティングの学識に裏打ちされた、それでいて現場の空気感も伝えてくれる教科書だということだ。実務家が悩んだり苦労したりするポイントをよく心得ていて、それに答えるべく割り切ったアドバイスがさりげなく書いてあったりする。マーケターなら読んでいてニヤリとする点が随所に見られるのである。
例えば、「セグメンテーションは、世の中的に、ある程度わかりきっているところで切った方がいいんです」というところに赤線が引いてある、あるいはリサーチのやり方で、調査報告書をイメージせよ、としつつ「ポイントは報告する相手が誰であるかをしっかり考えること」だとする点などである。他にも、調査会社と連絡をとる時の要領が書いてあるなど、他の教科書にはない新鮮さを覚える。
書き方や語り口調は平明だが、決して軽い本ではない。マーケティングの骨格をよく押さえて、必要な知識を簡潔に説明しながら、全体像がわかるように設計されている。実例も豊富に示されている。それでいて、さりげなく、ライズとトラウトの「ポジショニング戦略」の一節が挿入してあったりする。
教科書としてみると、文献が明瞭に示されていない、索引がなく、用語が整理されていないなどの若干の不満はあるが、そうした点を整備しつつ、テクノロジーの進展によって新たになる部分をアップデートしていけば、息の長い本になるのではないかと思う。
もう一点いいなと思うのは、各章の末尾に提示された一ページのまとめがよくできていることである。読者は、これを説明できるか、と自問して、理解の度合いをチェックしながら読み進めれば良い。
グロービス著、武井涼子執筆となってはいるものの、エピソードや用語の独自の定義など、武井涼子准教授の個性が前面に出た本である。
この本は、ピンクの装丁が趣味に合わないビジネスパーソンにもぜひ手にとって頂きたい一冊である。特にリターゲティングやネイティブ広告という用語に馴染んでいるけれども、アーカーやケラーといった人の名前を知らない人にはおすすめの一冊である。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |