文:大下文輔
横山さんは、日本のデジタルマーケティングのパイオニアともいうべき存在で、1990年代のインターネット普及期から現在に至るまで、マーケティングのデジタル化を主導し続けてきた。
そんな横山さんも、大学を出て、広告会社に志願する時点では、CMプランナーになろうとして、クリエイティブの試験を受けたそうである。
「学生時代、バンドをやっていて、曲も作っていたことから、採用面接の時にテープを持って行って話をしたんです。CMのサウンドも科学的にアプローチしたらいい。ロックギターでいうところのリフには2種類ある。つまりエッジが立っていて人を振り向かせるリフと、心地よいリフがあるんだけど、CMは前者が採用されるべきだと。でもあまり通じなかったみたいで、営業に回されました(笑)。」
思えば1980年代は、マーケティングサイエンスが広告にも影響を及ぼしはじめた時期である。CMに科学的なアプローチを、という当時の思いは現在にもつながっており、3月に出す新刊書は『CMを科学する』というタイトルなのだそうだ。
クリエイティブに科学を、データによる裏付けを
マーケティングは左脳に属するもので、いわば理屈が主となる世界だけれども、コミュニケーションを通じて消費者の意識や態度変容を促す場面では、クリエイティブが大きな役割を果たす。そこに科学を、あるいはデータによる裏付けを、ということが横山さんの仕事の背後にある。
「最近ではTVの視聴態度などもデータとして取り込めるようになりました。どのような場面で、どんな感情が生まれているのかもおおよそわかります。CM素材のようなディテールが重要なものでも、脳波やアイトラッキングなど、様々な手段で反応をとって現実的に分析することが可能です。僕はこうしたデータを、クリエイティブ制作の現場に返してあげたいんです。クリエイティブの仕事は、広告主の好き嫌いに左右されることもある。そうした場面で、プロフェッショナルな推奨理由をデータで裏打ちして、広告主への説得材料として使ってもらえたら、と思います。」
テクノロジーへの直接的なきっかけをたずねたところ、こんなエピソードが返ってきた。
「飲料メーカーの若手社員が女子中高生向けの商品開発をすることになり、そのお手伝いをしました。どんなフレーバーにするといったことは彼女たちにまかせることにして、僕は瓶のラベルに工夫をしました。そこに電話番号を書いて、当時のテレホンサービスにつなげ、占いなどのコンテンツを配信したのです。でもそれだけでは一方通行で面白くないので、毎日一定の時間に彼女らからも音声を吹き込めるようにしておき、彼女らの声を90秒に編集して声優さんが紹介する形をとり、ラジオで提供している番組内で放送するようにしたんです。今思えば、商品ラベルとテレホンサービスというオウンドメディア、ラジオというペイドメディアを使った双方向サービスであり、自分の吹き込んだ声がラジオで放送されたということを学校で話題にして広がってゆくという、インタラクティブキャンペーンのはしりでした。」
特筆されるべきは、プロモーションの施策の中に、テクノロジーがごく自然な形で使われていて、結果として女子中高生にワクワクするような新しい体験をもたらしたであろうことだ。
これをきっかけにして、横山さんは電話の設備会社と話すようになり、やがてインターネットのプロバイダともつながってゆき、その流れでインターネット広告の領域へと踏み出すことになる。
インターネット広告がビジネスとして安定した状況に至るまで、横山さんが苦労をしたのは、広告界のもともとあったルールに生きている人たちと、そうしたルールなどを知らないテクノロジーの人たちの、双方の距離を縮める調停の作業だったという。
デジタルマーケティングがネットに閉じているというのがそもそもおかしい
さて、少し本の話を。
「『リアル行動ターゲティング』は、『新世代デジタルマーケティング』に含まれるという関係にあります。デジタルマーケティングって、ネットに閉じた世界の話だけではなく、マスもリアルもネットも全部統合して顧客導線を最適化するものです。」
「そして、これらの本の先にあるのは、いずれテレビの受像機が全部ネットにつながって、テレビ視聴の量的データと質的データがとれるようになるであろう、ということです。マスメディアに結び付いた全数データが得られることのメリットは計り知れない。」
テレビの視聴データは、今でも「世帯視聴率」が流通している指標だということはご存じだろう。各地域で数百世帯という少数サンプルによる計測値なので、どんな人がどんな風に見ているのか、ということは統計的な推測と経験をもとにした推測に頼るほかはない。それがどんな人がどの程度、どんな風に見ているのか、ということが、推計でなく実データとして取得できることにより、正確なターゲティングが可能になる。
テレビの視聴データが取得でき、ECやポイントカードなどの購買情報データを(個人情報取得承諾を経て)すべて全数で調べることもできる。そのことは横山さんの2016年の予測の第3に挙げられていることだ。
そのことは、調査対象者の申告をベースにしていたシングルソースデータが、行動という正確さのある状態で、位置+時間情報などのよりリッチな情報を付加しつつリアルタイム性を増して構築できる可能性を示唆する。電子書籍やスマートウォッチなどのウェアラブル端末などの普及によって、それらはさらに範囲が広がる。テレビを見なくなったティーンエージャーなどに対しても、分析と対策が可能になる。
「デジタルマーケティングといっても、打ち手がネットに閉じているというのがそもそもおかしい。交通広告やチラシも含めて、リアルとネットも区別のない状況でどうするか、を考えたい。その意味で、『新世代デジタルマーケティング』がメディアプランの本である、という山本直人さんの指摘は本質をついている、と思います。」
横山さんが若いころに書いた企画書の最高傑作はなんと、シルバニアファミリーを世に出した(!)時のものだそうである。そこには、「ハイテクからハイタッチへ」、という引用コピーが書かれていたという。これはテクノロジー全盛となっても人間性は失うべきではない、という警句である。横山さんは、クリエイティブは人間の営みであることを信じ、やはりクリエイティブジャンプがある以上、自動化は難しいのではないか、とみている。
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インタビュー日時:2016年1月20日
場所:デジタルインテリジェンス
インタビュー、構成:大下文輔
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |
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