文:大下文輔
beBit(ビービット)社は、2000年に創業され、Webのユーザビリティの測定や改善を事業内容とした、生まれながらのデジタル関連企業である。その分野のパイオニアと言って良いだろう。著者のお二人は創業からずっとこの会社の経営に携わってきた。
インタビューは遠藤さんが主として話したが、時々「これでいいんだっけ?」とか「どう?」などと武井さんに話を振って武井さんがびしっと答える、というように進んだ。だが本の執筆は大半が武井さんだそうだ。あたかも、施政方針を語る大臣と裏で支える事務次官のようである。
インターネットを人間中心に
さて、事業を始める以前、遠藤さんは、経営コンサルティング企業であるアクセンチュアのテクノロジーグループにいて、常々疑問に思っていたことがあると言う。「テクノロジーサイドの人はついつい『コンピューターが使えないのはバカだ』と見てしまうのです。この見方はおかしい。人間のためにある道具なのに、関係が逆転している」と。
その後立ち上げたbeBit社の事業であるWebユーザビリティの向上についても、「インターネットを人間中心に、という発想で始めたのです。でも、その時は『ユーザビリティが欲しい』と言う人などおらず、苦労しました。周りからは『それで商売になるの、大丈夫?』と言われました。」
その際、状況を変えるきっかけになったのが自ら著した本だった。問題意識のあるユーザーの目に留まり、実績を上げるにつれ、ユーザビリティの大事さが意識されるようになった。
2012年に、顧客ロイヤルティを事業の根幹に据えようと舵を切った。それは、ユーザーと向き合う、ということがWebやデジタルの領域だけでなく、会社全体、すなわち経営の中心に来るべきだ、と考えたからだと言う。
顧客ロイヤルティ経営は、王道だが先端の話題でもある
意地の悪い言い方をすれば、この本はbeBitの事業プロモーションのための本でもある。しかし、読んでいて宣伝臭さを感じないのは「売るため」ではなく、「考えを伝えるため」に書いた、ということが見えてくるからである。遠藤さん曰く「こんな社会になるといいな、そうした世界観を話すと何時間もかかりますけど、本にはそれを込められるのです。」
「この本で暗に伝えたかったことの一つは、KGI(Key Goal Indicator)についての意識です。KPIはKGIの中間指標で、それが売上につながることも事実だけど、本当に売上を上げるのがビジネスのゴールなのか、商いの目的は何なのか、ということも実は問いたいのです。自分たちが信じるものを提供して役に立って、結果として儲かるのだ、ということではないでしょうか。」
「アメリカでは、カスタマーエクスペリエンス(CX)が重要と盛んに言われます。そこで、何のためにCXを向上させるのか、と議論するとロイヤルカスタマーを作るため、ということに落ち着きます。したがって顧客ロイヤルティマーケティング、もっと言えば顧客ロイヤルティ経営、というのはマーケティングの本流・王道であると同時に先端の話題でもある。この本はそれについて体系化し、再現可能な方法に落とし込んだ、という点で新しいと思っています。」
武井さんによると、本を書く上での読者イメージは、実在のあるメーカーの執行役員だそうだ。「こういうことをやってみたいな、という問題意識はあるけれどいろんな事情でまだ実現していない。事業を動かす立場にある人に、勇気を奮い立たせてもらえたら、と思って書きました」と言う。
顧客ロイヤルティを経営指標に据えて取り組むためには、おおよそ2年かかる
しかし、書評でも触れたが、この本の読者は、顧客ロイヤルティの重要性がよくわかるけれど、全社的にはなかなか取り組めないのでは、変えられないのではと焦燥感に駆られるのではないか、と感じていた。それに対し、遠藤さんは「そもそも、変わろう、という意識は順風満帆の時ではなく、何らかの危機に瀕した時に起こると思います。昨年あたりから既存事業の売上が落ちているなどの問題に直面している企業などから、少し需要が出て来たのですが、体力がまだあるうちに対応してほしい。体力がなくなって手の施しようがなくなる前に、危機感を持ってほしいとも思っています」と語る。そして「特に経営者は、中長期のことを考えるのが大事なのです。そもそも、短期では面白いことができない。日本の企業は、他国に比べて長期的な視野で見たり、投資をしたりすることがしやすい。」この顧客ロイヤルティを経営指標に据えて組織編成も含めて取り組むためには、おおよそ2年かかる、と言う。小手先の話ではないのだ。
印象深かったのは、遠藤さんはアメリカ流のROE主軸の経営には違和感を持っているという話。ROE資本主義は、株主主体の単一ステークホルダーだが、グローバルな視点で見ると、ヨーロッパ、とりわけドイツでは従業員重視なのだそうだ。そして日本は、伝統的に多くの会社が顧客重視を謳っている。株主主体が行き過ぎると、例えばアメリカン航空で経営者が従業員の給与削減340億を達成した際、経営者がボーナスとして200億円を受け取るといったように、従業員が置き去りになる。従業員重視はどうしても内向きの経営になって、組織が弱体化する。顧客第一、従業員第二、株主第三というバランスが良く、それは近江商人の「買い手よし、売り手よし、世間よし」の三方よしの考えにも一脈通ずるものがあると言う。みんながハッピーになるには、マルチステークホルダーの経営が必要だ、と説く。
最後に、この本を読んだ読者におすすめの本を聞いたが、書評でも挙げたライクヘルドの『ネット・プロモーター経営』とともに、デイヴィッド・ケリーの『クリエイティブ・マインドセット』が挙げられた。顧客と向き合う上で、共感の重要性を教えてくれるとのこと。
お二人の溌剌とした語り口を通して感じたのは、顧客満足を考えることは、何のために働くのかを考えるよすがにもなり、ひいては仕事は楽しくやろうという意気込みにもつながるだろうということであった。
インタビュー日時:2016年1月18日
場所:株式会社ビービット
インタビュー、構成:大下文輔
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |