「これからの広告」の教科書
発行日:2015/6/8
著者:佐藤 達郎
発行:かんき出版

文:大下文輔

広告はコミュニケーションの一形態である。したがって、コミュニケーションの環境が変われば、それに対応したやり方に変えなければ、広告は効かなくなる。コミュニケーションの環境は、今世紀に入って劇的に変化してきた。その変化の様相について、著者は1)商品と社会の成熟化(それによってUSP、言い換えれば差別化訴求が効かなくなったこと)、2)デジタルとソーシャルの発達による消費者の情報接触・コミュニケーション(メディアとその性質)・購買行動の変化、があると指摘する。それ以外にも、四半期決算の浸透による、短期的な業績向上への圧力なども影響しているはずだ。

これらの変化はインターネットの普及を軸として起こったことに疑いの余地はない。商品や社会の成熟化は1980年代半ばあたりから言われていたが、「広告制作のお作法」がなかなか差異化、差別化の枠を超えられなかった、ということだろう。

いずれにせよ、商品・社会の成熟化、インターネットの2つの影響要因にもとづく、広告環境の変化の前のスタイルをOld Style、後のスタイルをNew Styleとし、両者の違いを浮き立たせることで、変化に対応した広告コミュニケーションのあり方について解説したのが本書である。

広告会議の今昔で示される、8つのポイント

各章は、ある商品を題材に、広告作りの会議とその背後にある広告戦略という2本立てでOldとNewを比較している。Oldの広告会議は、「古い常識」にとらわれた管理職のおじさんが主導して失敗し、Newの広告会議は勉強熱心な若手が新しいやり方を提案して成功するという、マンガっぽさもある「わかりやすい」面白ストーリーになっている。広告の現場を経験してみると、(特にOldで)「あるある」が結構でてくることがわかる。Newにしても、なんだか軽いノリだなあ、と思われる場面もあるだろうが、それもリアルな空気感を伝える要素になっている。題材は、実在の商品と2000年代以降に成功した広告コミュニケーションをベースにしていて、そのポイントに関しても概ね制作側の見解と一致しているものと思われる。

各章ごとに取り上げられているポイントを列挙しておくと、
1.USP(Unique Selling Proposition、要は独自性)を述べ立てるやり方を脱却せよ。Brand’s Will(ブランドの意思)への共感や、インサイト(「なるほど」と思えること)の提示で、真似されない形のコミュニケーションを目指せ。
2.消費者の接点が多様化しているのだから、どの媒体でも金太郎飴のように同じ表現を使う必要はない。
3.わかりやすさにこだわっても、関心がなければ無視される。だから時には、わかりにくくすることで注意喚起をする手もある。
4.商品の良さをストレートに主張しようとしても、鼻についたり嘘くさく見えたりする。まずは消費者が見てくれる内容に注力し、良い関係を築こう。
5.マスメディア向けの単発広告や、ウェブの整備だけでは効果が薄い。バズを発生させるネタを仕込む、ニュースとして取り上げられる工夫をするなど、「仕掛けのクリエイティビティ」を発揮せよ。
6.情報の伝播性に着目せよ。テレビCMを作るだけでなく、それがSNSを含む他のコンタクトポイントを通じて消費者の力で拡散するような工夫、言わばソーシャルクリエイティビティを活用せよ。
7.今起きていること、リアリティのあることが、消費者の心を動かす。今の出来事(本当に起こっていること)を消費者と共有するような仕組みや体制を作れ。スピード感は極めて大事。
8.いたずらに商品を前面に出すより、まずは見てもらえるコンテンツを作るべし。商品は最後に提示しても、関係性は構築できる。ファンづくりを活性化させれば、短期的な成果よりも、中長期での効果が期待できる。

広告で、消費者をコントロールすることはできない

先の8章を通じて、繰り返し強調されていることがいくつかある。

まず、「広告は嫌がられている」と意識せよ、という主張だ。インターネット広告のリターゲティングによって、広告に追いかけられていると感じることもあるだろう(私はそれを、Ad Stalkingと呼びたい)。消費者が欲しい情報を好きなときに入手できる今、「買いたいモード」あるいは「興味津々状態」ではない人に、熱意を込めて情報を届けようとしても、それは暑苦しく鬱陶しいものでしかない。だから、「嫌われ者としての広告」を考えるのがこれからの広告だ、ということ。USPはいらない、という提言や、商品の良さをストレートに伝えても無視される、ということはそういうことだ。

次に、広告を一方的な情報伝達で済ませようとするな、ということである。マスメディアを通じての広告が主体だった時代は、メディアに双方向性がなかったために、広告の情報設計は一方通行にならざるを得なかった。双方向性を意識するということは、消費者の主体性を認めよ、ということでもある。すなわち、消費者をコントロールすることを意識するのではなく、受容されること、共感を呼ぶこと、楽しんでもらうことをまず考えよ、ということである。そうしたコンテンツとして広告コミュニケーションを理解することと、消費者の情報伝達力、発信力、拡散力を発動させることを考えよ、ということはメディアの性質変化を基礎としている。広告企画の用語で言えば、「What to say」「How to say」から「What to be taken」「How to dialogue」のように変わると言えるだろう。

コンバージョンレートを上げて成果につなげる、という発想で広告を考えるのが危険なのは、消費者の主体性を無視してコントロールしようとし、その場限りの行動変容を成果に結びつけることで、広告一般とそのブランドの両方から消費者を遠ざけてしまうことだ。別の言い方をすると、「悪い売上」を増産してしまい、価格競争に巻き込まれて、中長期での効果をもたらさない(あるいはLTVの低減の)可能性を高めることだ。

本書をおすすめしたいのは、アドテクを駆使して広告に携わっている人である。例えば広告クリエイティブの選定に、A/Bテストを繰り返している人など。その人たちに広告を取り巻く世界、すなわちコミュニケーションの流れや消費者の心理について見直し、ブランドを毀損しないようにしたり、柔軟な発想で面白い仕掛けを考えたりして欲しい。

広告コミュニケーションは常にオーダーメイドだ。なぜなら、商品の置かれている状況が全部違うから。そして、場合によってはOld Styleに含まれることも採り入れてよいのだ。例えば本当にイノベーティブな製品なら、USPを主張したり、商品の良さをストレートに主張したりする方が伝わるだろう。その意味で、この本は教科書というよりはむしろ、沢山のヒントをくれる本として楽しんだ方がいいだろう。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。