人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの
発行日:2015/3/10
著者:松尾 豊
発行:KADOKAWA

文:大下文輔

デジタルマーケティングも、人工知能(AI)と無縁ではいられない。それが本書をとりあげる理由である。アドテクノロジーには、人工知能技術が採り入れられている。IBMがコグニティブ・ビジネスを標榜し、ビジネスの世界に機械学習やAIを持ち込んできた。Googleは検索の会社から人工知能の会社に変貌を遂げようとしていて、囲碁のプロ棋士を破る、画像認識でネコを弁別するといったエポックメーキングな実績をあげている。また、世界有数の企業が、人工知能への巨額の投資を競うように行っている。

人工知能の状況をめぐって、報道などで、「すでに実現したこと」、「もうすぐ実現しそうなこと」、「実現しそうもない夢物語」が渾然一体と扱われている中、どれが最先端で画期的なものなのかを見極め、われわれの世界にさらに浸透してくる人工知能の全体像がつかめるように書かれたのが本書である。

人工知能とはなんだろう

ところで、人工知能とは何か。著者は「人工的に作られた人間のような知能」であると定義する。それは、「データの中から特徴量を生成し現象をモデル化するコンピュータ」、すなわち「人のように気づくことができるコンピュータである」とする。ところが、人工知能の定義は専門家の間でも定まっておらず各人各様で、それは「発見されていない」とも言える。皮肉っぽく言うと、人工知能そのものに対して、「特徴量を(人間によってもコンピュータによっても)生成できていない」状態でもある。すなわち、人間の知能はまだきちんと理解もされておらず、ゴールにはほど遠い状態である。

だが、著者(そして人工知能の研究者)は「人工知能はできないわけがない」というテーゼを掲げて研究をすすめる。人間の脳は電気回路と同じだから実現できるはず、というのが人工知能研究者の拠り所になっている。

AIは3度目のブームの真っ只中

さて、なぜ、いまだに人工知能が実現できていないのか。その理由を探るべく、本書の前半では、過去の人工知能研究の歴史を振り返って、技術の発展の状況と世間のブームをおさらいしている。この歴史的な推移が実に手際よく、わかりやすく解説されているため、現在の人工知能の状況がどういう背景で成り立っているのか、そして人工知能研究のブレークスルーであるディープラーニングとは何かがすんなりと頭に入ってくる。歴史の概観によって全体像が把握しやすくなっているのだ。

第3次AIブームのビッグウェーブ
第3次AIブームのビッグウェーブ
出典:『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』
松尾 豊(著)KADOKAWA発行

第1次AIブームは、「推論・探索」による特定の問題を解く研究の時代。しかし、簡単な問題は解けても、現実の問題は解けなかった。第2次AIブームはコンピュータに「知識」を与える試みがなされた時代。ルール(条件)に基づいたデータを入力することで投資判断や医学診断などの意思決定を促す、エキスパートシステム(専門家の判断を代行するシステム)が実用化された。けれども、専門的な狭い分野の知識はルール化しやすくても、一般常識のような広い知識をルール化して入力することは膨大な手間がかかりすぎて現実的ではなかった。さらにフレーム問題やシンボルグラウンディング問題と呼ばれる、人間ならごく当たり前にやっていることが、コンピュータには途方もない作業になってしまうという難問が立ちはだかって行き詰まりを見せた。

現在は、第3次AIブームの真っ只中である。ビッグデータと呼ばれる膨大な量のデータを処理するにあたり、機械学習、すなわち人工知能のプログラム自身が学習する仕組みが洗練され、活用されるようになったことだ。

学習の根幹は「分ける」ことであるというのは興味深いポイントだ。ネコを、ネコとそうでないものに、プログラム自身が分けることができれば、そのプログラムはネコがわかったことになるという考え方だ。ネコを見分けるための特徴をどのようなデータからどのように見出し、そして正解かどうかをどう判定するか、が問題になる。

例えば「ある顧客の情報と、その人が得意客になるかどうか」の問題は、そのような「分け方」によって解けることになる(p.127)。これは、コトバを変えればJMRX報告で例示したDMPによるセグメンテーションおよびセグメント拡張の応用問題である。

ディープラーニングにより、広告・マーケティングへの活用が進む

第3次AIブームの主役であり、現在話題になっているのはディープラーニングだと言われる。ディープラーニングとは「データをもとに、コンピュータが自ら特徴量を作り出す」ことと解説されている。これを、先のセグメンテーション課題に当てはめてみよう。

従来の方法では、中長期の購買量を上げる(得意客になる)ためのセグメンテーションキー(プロファイルを構成する属性)の組み合わせを、ある程度マーケターが予測して(特徴量設計)プログラムに与えていた。それが、そうした組み合わせ(特徴量)をプログラム自身が探索的に見つけ出す、というのが機械学習によるセグメンテーションのやり方だ。やや乱暴だが、人間は仮説検証的な方法を採り入れるのが得意であり、人工知能はその計算パワーで探索的な方法を使って問題解決をすることが得意だ、と言えるだろう。

このディープラーニングは、言わばコンピュータ(プログラム)が自律的に学習することだから、学習が進んで自ら備わっている能力を超えた状態になることも理論上不可能とは言えない。それがシンギュラリティ(技術的特異点)と呼ばれる話題だ。そうなると人工知能が人間に対してフレンドリーな存在でなくなることも考えられるが、現段階では著者はその可能性は低いと考察している。

ディープラーニングの先の段階を著者は次のように整理する。
1)画像特徴の抽象化ができるAI
2)マルチモーダルな(複数の感覚データを組み合わせた)抽象化ができるAI
3)行動と結果の抽象化ができるAI
4)行動を通じた特徴量を獲得できるAI
5)言語理解・自動翻訳ができるAI
6)知識獲得ができるAI
である。

ディープラーニングが進展した際の、広告・マーケティングへの応用として、本書には次のように書かれている。

広告・マーケティングは、前述のように、真っ先に変化が訪れる分野のひとつである。データが多く、短期的なサイクルで回る最適化はコンピュータの最も得意とするところだが、それが徐々に長期のものにも進出してくるはずだ。(中略) 長期的なブランドイメージの向上や商品企画などは、人間の仕事とされているが、そこにもデータ分析と人工知能の介在する余地は大きい。(p.223)

確かに前段はそうだとしても、長期的なブランドイメージや商品企画といった人間の意識や行動を相手にする段階は、上記の発展段階の5)や6)に相当するステージになってのことだと思われる。先の長い話だと思う。ただ、そのような見通しがある以上、人間ならではの仕事とは何か、という基本的なことを問い続けていくことが求められるのだろう。「人工知能を知ることは人間を知ることだ」という帯のコピーがそれを物語っている。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。