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文:大下文輔

宮坂さんは大学卒業後、弁護士を目指していた。しかし、あるきっかけで友人を通じて、当時創業2年だったビービットの遠藤社長に勧誘を受け、そのまま入社した。「社長の話に好ましい印象を持ったのと、弁護士と同じように、専門知識を持って課題解決をする仕事をしたいと思っていたのです」。

金融業界がウェブに目覚める瞬間を見てきた

宮坂さんは幅広い分野の顧客と付き合ってきたが、金融業界において最初の大きな仕事は2004年ごろ。ある都市銀行のウェブリニューアルにともない、ユーザビリティを上げながら、住宅ローンの仮審査申し込みをいかにウェブ上で増やすかが課題だった。
「当時はどこもそうだったのですが、ウェブサイト上での金融商品の説明は、紙のパンフレットをそのまま転載する、という形のものでした。しかし、パンフレットは行員が口頭で補足説明することで初めて有効に機能するものです。そこで弊社ではユーザーがどのように情報を集め、競合と比較し、行員の説明を聞き、その後自宅でウェブをどのように参照しているのか、などの一連の行動観察と、デプスインタビュー(一対一の面接形式で行う調査)を組み合わせたユーザー行動観察調査と呼んでいる手法から得た知見をもとに、ウェブサイトの改善を行いました。そうしたら、ウェブでの仮審査申し込みが以前の10倍に増えたのです。それを弊社のウェブサイトで事例として紹介したところ、他行からも引き合いが来るようになりました」。

2011年ごろからは、地方銀行でも窓口以外の非対面チャネル(としてのウェブ)の活用が盛んになり、ビービット社は常陽銀行のウェブリニューアルを支援。住宅ローンやカードローンでの成果を上げた。

「ウェブで上げた成果は、銀行内の主要な支店の取扱高と同じぐらいになりました。そこで銀行の方々は、ウェブは24時間寝ない営業マンだ、と気づいたのです。ウェブは、リニューアルなどの投資とそれによる成果が数値化できますから、マーケティングROIとして経営者にも伝わります。活性化されていないウェブサイトはコストセンターでしたが、活性化されるとプロフィットセンターに変わります」と宮坂さん。「もともと広報管轄が主体だったウェブサイトは、正しい情報を伝えるということに主眼が置かれていたのですが、今では営業が参画し、利益を上げる拠点へと変わっています。つまり広報チャネルから営業チャネルに変わったとも言えます」。

つぶさな「行動観察」で顧客中心の導線設計をする

ビービット社がウェブにおけるユーザビリティのノウハウから進化発展させた、「顧客中心設計手法(User Centered Design)」についての説明はこうだ。「銀行(などのサービスや製品を提供する主体)は通常インサイド-アウト、つまり自分の側から顧客を見ています。これを顧客の行動をつぶさに観察することによって、顧客と自分を同一視する、つまり顧客の戸惑いや不満やうれしさを追体験することができます。言いかえれば、行動観察調査は外側から自らを見たアウトサイド‐インの視点をもつことのできる装置で、それまで気づかなかった自分の姿が見えてくるのです。インサイド‐アウトとアウトサイド‐インの視点を行き来しながら、顧客が望んでいるサービスを、違和感なく利用していただけるように導く方法が顧客中心設計手法です。顧客中心というのは、単に顧客の要望を聞いて叶える、ということではありません」。

行動観察の有効性は、最終的な成果につながっていることもあるが、これに参加した人が思いもよらなかった気づきが、実感をともなって得られることで明らかとなっている。例えばある銀行では、自動車ローンの金利が他行より低いことが強みだった。そして、地方の人で自動車ローンを必要とするのは、あまり年収が高くない地元の若者の場合が多いのだが、彼らの大半はローンを組める条件の整った人々だ。だから、自行に有利な金利を謳えば彼らはローンを組もうとするはずだと考えていた。しかし、行動観察にかけるとなかなか金利に反応しない。インタビューなどとも合わせて分析すると、地方の銀行に入った彼らの同級生たちは成績優秀で、銀行はとても敷居の高いイメージができているらしく、そのため貸してもらえないだろう、という思い込みにつながっているということがわかった。そこで、サイトを訪れた人に簡単な質問をして「ローンを組めると思われます」という結果を表示させたところ、貸付件数は一挙に伸びた。

顧客志向の考え方を用いた手法を標榜しているのは、ビービット社だけではない。「よく、どこそこのものと似ているね、と言われます。ですが、行動観察に関して言えば14,000人もの対象者に行った実績があります。つまり必要な設備とスタッフを揃え、これだけ行動観察をしつこくやり続けているのはビービットだけだ、と言えます」。

顧客中心設計は、金融業界以外にも応用できる

金融業界での実績を業界紙に書いたり講演したりしているうちに、金融関係に強い出版社の眼にとまった。この業界でもデジタルマーケティングを無視できないとの認識から書籍にしたいという依頼があってできたのが『顧客を観よ』だとのこと。

だが宮坂さんは、この著書を必ずしも金融業界にのみ応用のきくものだとは考えていない。
「サイト(内の商品単位ごとに)ゴールを設定し、商品のユーザーがどういう人かという定義し、そのユーザーをゴールに導くためのストーリーを描き、ストーリーがターゲットにあっているかどうかを顧客行動観察して確認する、という骨格は金融に限らず、どの業界でも共通です。このサイクルを愚直に回していけば一定の成果は上がるはずだと思います」。

インタビューの最後にお勧めの本を聞いた。インスパイアされた2冊は、『ウェブユーザビリティの法則』『About Face 3 インタラクションデザインの極意』だそうである。他に、チャルディーニの『影響力の武器』、も参考になるとのことである。

 

インタビュー日時:2016年2月24日
場所:ビービット会議室
インタビュー、構成:大下文輔

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。