21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由
発行日:2015/8/1
著者:佐宗邦威
発行:クロスメディア・パブリッシング

文:大下文輔

インターネットで人の行動が把捉しやすくなり、行動の痕跡がデータという形で取り込めるようになると、以前にも増してマーケティングにおけるデータドリブン、すなわちデータに基づいた分析と、それに基づく打ち手が重要視されるようになった。仕事現場でのお題目、PDCAのC(チェック)は基本的にデータを取得して分析することを意味する。

データの利用は、ものごとを当てずっぽうではなく、誰にも納得できるように客観的に捉えるべきだ、という思想に裏付けられている。その考え方は正しいし、その流れはこれからも変わらないだろう。

破壊的イノベーションは、データドリブンの考え方からは生まれにくい

一方で、マーケティングでの利用を含めて、定量データには一定の限界がある。データの背後にはそれが出てくる条件がある。その最大のものは、すべてのデータは過去のものであるということだ。予測データは未来のものではないか、と思われるかもしれないが、それは過去に取得したデータをもとにした仮定の上に成り立った数値である。

データを仲立ちとした、将来に対する仮定が成り立つためには、世界が今と将来で連続的だという前提が必要だ。しかし、ビジネスは破壊的イノベーションを欲している。非連続の、予測不能な力を持った変化が生まれることを期待している。破壊的イノベーションを生むエンジンとしてのロジックと数値は、道具立てとして不足している。そうしたことによりよく貢献できるのがデザインであり、この本はデザインがビジネス上の課題解決に有効だ、ということを主張する。

イノベーションの一翼を担うデザイン

イノベーションは、デザインとビジネス、エンジニアリングの3つの要素が協同することで産み出される、という考え方がある。著者によれば、その要素は、デザイン、エンジニアリング、ビジネスであり、有力なデザインファームであるIDEOのいう、イノベーションに不可欠な、構想、実現、商売という三要素と符合する。構想とは人間にとって望ましい姿を構想すること、すなわちデザインの役割であり、実現とは再現性を持って実現することを可能にすること、すなわちエンジニアリングの役割であり、商売とは社会にとって影響力を拡げていく商売の仕組みを作ること、すなわちビジネスの役割である。

イノベーションを担う3つの輪
イノベーションを担う3つの輪
出典:『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』佐宗邦威(著)クロスメディア・パブリッシング発行
(※画像クリックで拡大)

イノベーションを産み出す具体的なツールとして「デザイン思考」と呼ばれる方法論がある。本書には次のように記されている。

「デザイン思考」は、デザイナーが0から1を生んでいくために無意識に実践している考え方を、ビジネスマンが新たな価値を生み出すための方法論として整理したものです。デザインとビジネスの距離感が近い、アメリカを中心に発達してきました。(P.191)

アメリカにはこうしたビジネス上の要請に応えられるような、大学院でデザイン思考を教えるデザインスクールがある。著者は大学の法学部を卒業後、P&G(世界有数のマーケティング組織とスタッフを擁する企業)でデザイン思考に出会い、その後ソニーに転じて全社的な商品開発を担当した。そこで「顧客理解と、研究所、商品企画、デザインを融合した商品開発の方法論が不可欠」だということを感じ、本格的にデザイン思考を学ぶべく、アメリカのイリノイ大学のデザインスクール(ID)に入学した。

デザインスクールでどんな授業が行われているかを紹介

この本は、実践を旨とするアメリカのデザインスクールの様子がつぶさに伝わってくることが特徴である。デザインとは何か、デザイン思考とは何か、そのためにどんな技法があり、どのようにトレーニングが行われているかについて順序だった説明とともに、著者が体験した授業の様子が確かな筆致で書かれている。デザイン実践の環境やツールについても語られ、とりわけツールについては読者が入手可能なようにブランド名まで細かくわかるようになっている。

IDで学べる授業の例(筆者の場合)
IDで学べる授業の例(筆者の場合)
出典:『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』
佐宗邦威(著)クロスメディア・パブリッシング発行
(※画像クリックで拡大)

アメリカのデザインスクールのレポートとして読んでもなかなか楽しい。また、本書自体が著者のデザイン思考の産物でもある。わかりやすい図解やイラストがふんだんに盛り込まれてもいる。

一般教育、座学では得られない技術に視覚化やプロトタイピングがある。「作り手魂の学校」と題されたchapter2においては、「手を動かしながら考える」というデザイナー特有のメソッドが綴られている。プロトタイピング(模型・試作品づくり)と言ってもそこにはさまざまな型があり、それぞれがどのような使われ方をするのか、を含めて記述してある。大雑把に頭の中にあるものを形にしてしまうラピッドプロトタイピングなどがスキルとして身につけばどんなにいいか、と思う。図やものが雄弁に語ってくれることは、多くのビジネスパーソンが経験していることだろうと思う。それが自分でもできるようになったら。

こうした思考法を身につける中で、徹底してたたき込まれるのはユーザー中心の思想だ。そして、ユーザーの問題解決にデザインを役立てるための大事な問いかけが「How might we……?」という形で始まる「我々はどうやって……を実現するか?」というものだそうだ。

デザイン思考を身につけると、デザインとエンジニアリング、ビジネスの交差点で生まれる新たな職業に対応できる可能性が高まる。例えばデザインストラテジストと呼ばれる、デザインリサーチとユーザー目線の商品やサービスを作れるデザイナーだったり、ビジネスデザイナーと呼ばれる、戦略立案やビジネスモデルの構築を得意とする人が人間中心のデザインを身につけて実現力を高められる職種だったりする。

デザイン思考はますます重要の度合いを高めるだろう。奇しくもハーバードビジネスレビューの2016年4月号の特集は「デザイン思考の進化」である。またトレンディなITイベントと言われる今年のSXSWでも、この世界をリードする、ジョン・マエダがプレゼンテーションを行った。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。