文:大下文輔
『CMの科学』の成り立ちを聞こうと、再び横山さんのオフィスに赴いた。そこで話された内容は、『CMの科学』のディテールよりも、デジタルマーケティング全般にかかわる大きなものとなった。
総アテンション値という量と質にまたがる総合指標
横山さんの話から、『CMの科学』の主張を展開していくと、質と量やクリエイティブとメディアのスケジューリングの相互作用を、あるいは統合的に考えるべきだ、というところが見えてくる。
「もちろん脳波などのような科学的な手段で広告のクリエイティブの質を捉えることに意義はあるけれども、クリエイティブの単独の評価だけでなく、例えばどのタイミングで打つのかと掛け合わせて考えることが重要だと僕は思っています。タイミングと言っても、どのような番組の間に挿入されたかという番組のという質とも絡むし、何回広告を見たかによってもインパクトは変わってくるはずで、広告効果はそうした質と量の変数を掛け合わせたものだとも言えます。
それに関して言えば、今構想している新たな指標は、アテンション(注視)の総量というものです。誰が何秒、テレビ(CM)の『画面を見た』か(Attention)が測れることで、同じクリエイティブでもどのタイミングで打つかによってターゲットに対するアテンションの総量がどれだけ違ってくるのかを見ることができます。指標づくりの技術的土台はできているので、どのようにカウントして指標化するかという方法を詰めることで実現できます。もちろんアテンションを軸にした総合指標が有用であるための前提として、それが消費行動やそれにつながる態度変容の変数と相関するということが必要ですが」。
アテンションの対象としての「CM」を「番組」に替えれば、それはそのまま番組制作の役にも立つはずである。またそれは、CM取引という実ビジネスにも直結する。
「GRPという、送り手サイドの指標である視聴率(Rating Point)の総量から、アテンションの総量という受け手を含んだ総合指標を採り入れることは、広告取引の柔軟性を特徴とするプログラマティックバイイングの効率をより高めることになるはずです。テレビ広告はCMが始まった時期での認知を急激に高めることができることから、その到達状況がわかる指標がタイムリーに供給されれば、それに対応したCMを少量でも効果的に買い付け、送り出すことができる。
さらにはスケジューリング、メディアプランニングの考え方も、これまでは『当てたい人にどのように当てるか』ということのみ考えることがほとんどだったのだけれど、効率を考えることは『当てたくない人にいかに当てないようにするか』についても配慮することが一方で重要になってくるわけで、そうした配慮を実務的にこなすこともできるようになります」。
デジタルデータは、広告主の経営に係わる幅広く強い影響を与える
質と量の相互の垣根を取り払うことのほかにも、製品・サービスブランド間の横断的な視野を持つことも有効になってくる。「ブランドごとの管理だけで進めていくと、同社内の複数ブランド間で、同じ検索用語などを購入されるなどして社内競合を起こしてしまうこともあります。そこを打ち破ることが必要になります。ブランドマネージャー制の限界を知った上で対策をしないと」。
「デジタルマーケティングというのは、データを中心に据えたマーケティングとほぼ同じと言っていいほどです。この本の読者対象は広告主を想定して書いていますが、テレビCMのデータが具体的にどのようなものであるかが、きちんと知られていないのが現状です。同時に、マーケティングは会社ごとに意味するところが変わるものではありますが、(デジタルによる)データがマーケティングの根幹部分に迫れるようになったことは、各社にとってのマーケティングを再定義するいいチャンスでもあると僕は思っています。それによってどのような人材でどのように組織を作り、動かしていくかという仕組みをつくることを部分最適でなく、全体最適を高めるという視点で見直すことが必要で、それにはトップの理解が大事になってきます」。
そして、マーケティングがデータによって進められていくことは、結局事業それ自体への影響が増すことに他ならない。「広告主の企業に対してPOE-Paid、Owned、Earnedメディアの効率を最大化するような、マーケティングのダッシュボード化を進めると、やがてそれが事業・経営のダッシュボード化を図りたいというニーズの拡大につながってゆきます」。
事業や経営に対する影響が強くなればなるほど、マーケティングを他人任せにするべきではない、というのが広告主を対象として届けたいもう1つの主張でもある。「デジタルを活かしたマーケティングのノウハウを自社にどれだけ蓄積していくかが大事で、インハウスのチームを持っておくべきだという考えを僕は持っています。他社にアウトソースをするな、ということではなく、アウトソースをするにしてもその成果を残さないと無駄になる。そのためには、アウトソーシング先と協業し、知識を共有しつつ、製品・サービスのブランド横断的な視点で社内に提言ができる、いわばスーパースペシャリストが求められることになります」。
そうした流れを考えると、「テクノロジーのわかる人」だけでデジタルマーケティングを推進しようとするのはかえって非効率だ、というのが横山さんの考えである。「テレビCMを扱い慣れた、マーケティングの本流を担当してきた人に、多様なデジタルデータを有効活用するようなやり方で人材開発をしていのがよいと思います。マーケティングの幹となる部分を充実させていくことが大事で、テクノロジーによる枝葉の話を中心にすべきではないでしょう」。
もう1つ大事なことは、コンサル(戦略)、分析、運用という組み合わせが大事で、とりわけ実際に物事を動かす運用の部分が重要になってくる。「コンサル専門企業では、アナログなイベントも含めた運用には弱いので、コンサル系と代理店系の企業は今後は棲み分けたり、協業したりすることになると思います」。
要するに、マーケティング力の差は、経営力の差につながってゆくということだ。『CMの科学』という本は、CMの量と質にかかわる話をしつつも、その背後には事業経営という大きな舞台があると書かれたものだ、ということがこのインタビューを通じて示唆されたことである。
インタビュー日時:2016年5月10日
場所:デジタルインテリジェンス社
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |