『物語戦略』
発行日:2016/04/12
著者:岩井琢磨、牧口松二
監修者:内田和成
発行:日経BP社
文:大下文輔
印象深い、企業の自己紹介
その企業固有の印象的な「面白い物語」を見つけてプロモートし、長期的なビジネスの付加価値につなげていこうというのが本書の主張である。ここでいう物語とは、その企業「らしさ」を表すシンボリック・ストーリー(象徴的な話)を指す。
本書で例示されているシンボリック・ストーリーの一つは「勤務時間中に社員をサーフィンに行かせる会社」というものである。これはアウトドアウェアメーカーのパタゴニアのもので、創業者のイヴォン・シュナイダー自身を含め、社員が実践している。
この物語はさまざまなことを連想させる。まずは、自由闊達な社風である。同時に、社員に自由を与えることは、社員の自主性や規律をそれなりに求めるということでもある。また、パタゴニアはサーフィンというスポーツに社を挙げてコミットしているということも言える。製品の生まれてくる背景には、そうした環境があるという好ましい印象を与える。言い換えれば、ユーザー目線で製品が作られているということだ。この物語は顧客価値と密接な関係にある。
この物語は、同業他社に明確な競合優位性を生む。なぜなら、同じことを同業他社が始めたとしても、それは単なる二番煎じと受け止められるからだ。この物語を通じてパタゴニアに対する好感度が高まれば、同じアウトドアウェアが違って見えるほどの力を持つ。そのことにより、ビジネスの観点からも長期的な収益に良い影響をもたらすと考えられる。
以上のような、物語の機能の説明を構造化して端的に示したのが次の図である。
シンボリック・ストーリーの効用はとりわけ、競合優位性を確立しやすいという点にある。製品やサービスは、類似のものが次々と作られて差別化が困難になっている。かつてUSP(独自のセールスポイントを示すコトバ、Unique Selling Proposition)というものがマーケティング戦略として重視されていたが、このUSPを持った製品やサービスを生み出すことがなかなかできなくなってきている。これを打ち破る一つの方策がシンボリック・ストーリーである。
加えて、シンボリック・ストーリーは「面白い」ものでなければならない。図の外側の3つの円に入る要素は正しいものであるかどうかがポイントだが、シンボリック・ストーリーは面白いかどうか、すなわち人の興味を惹き、誰かに話したくなるかどうかが生命線なのである。だからこそ個性につながるわけだし、話が面白いことによってその伝播力は強化される。
シンボリック・ストーリーは特定の製品が主題となることもある。例えば本書で紹介されているルイ・ヴィトンは「タイタニック号事故の際、沈まないトランクが命を救った」というシンボリック・ストーリーを持っている。これはルイ・ヴィトンというブランドの品質の高さという形で受け止められることで、企業全体への良い影響を及ぼしている。
シンボリック・ストーリーの発掘から作り方まで
シンボリック・ストーリーはインパクトの強さを持つことで、経営資源として捉えることができる。そこで、本書ではこうしたシンボリック・ストーリーにはどのような要件を満たすべきか、という基準を探すことと、どうしたら発掘でき、さらにそれをどのように表現してゆくか、について探っている。
シンボリック・ストーリーがどこに眠っているかはわからない。だからその発掘自体は場合によっては困難かもしれない。そして、もっと重要なのはそれらがあったとしても社員にもトップにも自覚されていないことがある。すなわち、シンボリック・ストーリーの発掘は、いわゆるインサイトの発見と同義である。主な発掘の源としては自社の歴史をひもとく、商品企画や研究開発あるいは販売などの会社の機能を探索する、さらには顧客や取引先など社外の関係者からヒアリングする、などを推奨している。
物語の適合条件については、その会社のビジネスモデルに合致し、競争優位をもたらすことが絶対的だが、テスト手段としてバーニーのVRIOによってふるいにかけるやり方を採り上げている。VRIOは、経済価値(Value)、希少性(Rarity)、模倣困難性(Inimitability)および組織的活用(Organization)の4つのコトバの頭字語である。これは物語を経営資源として捉えるという点で、経営資源の分析方法として開発されたVRIOを適用しようという試みである。
Valueは、そのシンボリック・ストーリーが購買意欲を呼び覚ますかどうかを見ること、Rarityはそれが個性的、ユニークかどうかを見ること、Inimitabilityは、模倣するためのコストや時間を検討してその困難さを見ること、さらにOrganizationは、それを活かす組織作りができているかどうかを見ることである。
成り行き任せではなく、意図的にシンボリック・ストーリーを形にして活用できるよう、実践方法として提示した、というのが本書の真骨頂である。そうした物語の有用性は理解できるし、あるとないとではもちろん違ってくる。
ただ、いくつかの壁はあるだろう。1つは物語の効果を予め知ることはできるか、という問題である。本書では顧客価値、競争優位性、儲けの仕組み、3つの要素を合わせることで(つまり物語を中心に据えることにより)、どのくらいの収益に繋がるかを市場調査や消費者調査を通じて明らかにするという「ナンバーテスト」を推奨している。しかし、物語の伝播はその経路やかけるお金によって影響は変わってくるわけだし、どのくらいの時間軸で考えるかによっても異なるものと思われる。さまざまな仮定を置けばできるかもしれないが、容易でないことは想像に難くない。
考えられるもう1つの壁は、物語発掘の第一歩を誰が、どのように音頭をとって始めるかである。トップダウンでドライブがかかるだろうか? あるいは現場から物語発掘の発議ができるだろうか? あるとすれば広報部門なのか? いずれにせよ、会社の機能を探索するとなると部署横断的な活動が必要になることは疑いがない。
考えられるのは外部からの提案だろう。例えば広告会社やコンサルタントだろうが、その場合も予算措置をどうするのか、といった課題が残る。
そうした疑問や壁が残るにせよ、シンボリック・ストーリーが成立し、機能すればその効果は実証済みである。少なくとも本書によって、物語戦略への関心が寄せられ、実践の動きが少しずつでも出てくるようには思う。そのプロセスも、楽しく面白いものとなるだろう。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |