『アテンション―「注目」で人を動かす7つの新戦略』
発行日:2016/3/7
著者:ベン・パー
翻訳:依田卓巳・依田光江・茂木靖枝
日本語版解説:小林弘人
発行:飛鳥新社
文:大下文輔
誰もが知りたい注目の集め方
以前評した『インテンション・エコノミー』がアテンション(注意・注目)の経済からのシフト、という設定であったため、アテンションについて書かれた本を読もうと思って本書を選んだ。ただし、本書は現在の主流である「アテンション・エコノミー」の枠組みに沿っているものの、「アテンション・エコノミー」そのものを論じた本ではなく、どうすれば人々(消費者を含む)の注目を集めて動かせるか、を主題とする本である。原題は『Captivology』である。これは「とりこになった」という意味のcaptiveに学問を表す接尾語の-ologyを組み合わせた著者の造語である。
「注目」が稀少資源になった、と著者は言う。人の数、すなわち人間の情報処理能力に対して情報量は増える一方であり、どのように注意を惹きつけるかは、多くのマーケターを悩ます課題だ。届けたい情報が届かず、理解してほしいことが理解してもらえない状態を打開しようと、誰もが考えている。そして、程度の差こそあれ、それは昔から取り組まれてきた問題でもある。
この本は、そうした数ある人の振り向かせ方、注意の引き方を集めて分類することで、ある程度の方法論、いいかえればハウツー化しようとの試みによって成立している。
3つの注目レベルと、7通りの注意の集め方
注目のレベルには3つある。最終的には長期の注目の持続を得ることを目標とするなら、レベルを段階と言ってもいい。それは無意識ですばやい反応を得る「即時の注目」、数分から数時間、人の集中を獲得するレベルのものを「短期の注目」、人々の興味を途切れなく深くつなげる「長期の注目」である。
注目のカテゴリー分類として、著者は7通りのトリガーという形で説明している。
「自動トリガー」は感覚刺激によって注意を引くものである。これらの刺激によって、受け手が即時の反応を生むことから自動という名を当てはめている。著者の定義は「対比か無意識の連想によって、特定の感覚的手がかりに注意を向ける傾向」である。はっと人を振り向かせる即時的な反応を生むものである。
「フレーミングトリガー」は、「何に注目するかを決めるために、われわれはアイデアやメッセージに触れたときに自分の判断基準を用い、そのアイデアやメッセージが入った枠組み(フレーム)にしたがう」というもの。人を動かすために「おなじみの感覚」というものをフレームとして持たせて、判断の基準に使うように仕向けることができる。
「破壊トリガー」における破壊(Disruption)とは、目新しいだけではなく、相手の予想を裏切る、という要素を含んでいる。破壊は3つのSを頭に持つコトバの要素に分解される。その3つとは、驚き(Surprise)、単純さ(Simplicity)、そして重要性(Significance)である。驚きだけでは長続きしないが、単純さ、重要性との組み合わせによって注目を獲得し、維持することも可能にする。
「報酬トリガー」は、そのコトバ通り報酬によって人を動かそうと言うもの。お得とか、ポイントやクーポンで惹きつけるタイプの「外的報酬」と、個人的達成でもたらされる幸福感や満足感による「内的報酬」にわかれる。内的報酬をもとめる動機づけ要因を「内的モチベーション」と言うが、ダニエル・ピンクは「自立」、「熟練」、「目的」をその主要なものとしている。「破壊トリガー」のサプライズとも関係するが、外的報酬はランダムに与えられることが効果的だ。
「評判トリガー」は、人を動かすのに影響力のある人を情報源として注目を得ようとするもの。人を動かす情報源になるのは、「専門家」、「権威者」、「大衆」の3種類に大別できる。「大衆」については、例えば本やゲームや映画については一般の人のレビューが選択の基準になるという話はよく聞く。歯ブラシのコマーシャルで歯科医を使うのは「専門家」による信頼性を増すためだと思われる。また、権威は職位職階によるものや、「英雄的行為、気質の強さ、高潔さ、リーダーシップ」によって力と正当性を得ることで「カリスマ的権威」となることもある。
「ミステリートリガー」は、解決されない「謎」を使って人を動かそうとするもの。謎は、人の注目を集めやすい。昨今の報道テレビ番組は「ミステリートリガー」のオンパレードだ。「~にはある何かがあったのです」といった思わせぶりな謎を投げかけて惹きつける手法が横行している。「謎」が人の注目を集めるのは、未解決のものに対してそれを完結したい・させたいという衝動があるからで、それを著者のパーは「完結への衝動」と呼んでいる。
「承認トリガー」について、著者は「注目」という点から次のように定義する。「承認とはわれわれが生まれながらに持つ「認知」、「評価」、「共感」の要求を包括したものだ」。これらの3つを「返礼の注目」、すなわち、一方が注目するともう一方が注目を返すことを梃子にして注目を持続させる。この「返礼」は、チャルディーニが『影響力の武器』で唱えた「返報性」と同じだ。好意的な何かをされたら、お返ししなければ、ということである。
面白い本だが、実践的な「武器」としてどう役立てるかは読者に委ねられている
この本は読み進めるのが楽しい本だ。豆知識がふんだんに織り込まれていて、歯切れの良い語り口でいながら、個別のテクニックに関しては学術的な裏付けもきちんととっている。エピソードも面白い。「へー」と言いたくなることも少なくない。小林弘人氏のよくまとまった解説に書かれていることだが、この本はアメリカのストラテジー+ビジネス誌が選ぶ2015年のベスト書籍(マーケティング部門)に選ばれていることもよくわかる。
ただ、これらの7つの武器という分類が、どのような過程でできていったのか、あるいは7つの分類の正当性や合理性に関しては今ひとつ判然としない。Captivologyというちょっと学術性を匂わせるタイトルは少し大げさだと思われる。3つの注目レベルに関して言えば、認知心理学を勉強した人にはおなじみのアトキンソン-シフリンの記憶モデルが下敷きになっている。しかし、トリガーの7分類については、7つの箱を用意して、そこにこういうもの、というのを放り込んでいったような印象がある。ある注目のあり方を説明するのにこの分類の「評判」でも「ミステリー」でも説明できるようなこともある。
色々な気の引き方はこれまでもさまざまな本で紹介されてきている。その意味ではこれは立派な「注目の引き方」のカタログにはなっている。ただ、カタログを眺めていても、課題解決に直接つながるハウツーにはならない。アイデアを引き出すには、やはりカスタムメードで片付けていかなければならないのだ、と思う。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |