文:大下文輔
『手書きの戦略論』の著者で、アカウントプランナー/コピーライターの磯部光毅さんに、事務所移転の合間を縫ってお話を伺った。
戦略の3要素と戦闘教義
『手書きの戦略論』は、コミュニケーション手法のハウツーを記したものではない。そして、磯部さん自身はこの本で著した戦略論を単なるマーケティングの「手法」「手段」と考えているわけではない、という。では戦略論とは、何なのか?戦略とは何かを軍事用語にまでさかのぼってその意味を調べていく中で、戦略には、3つの要素があるということを見出したという。曰く、「第1は、特定の目的を達成するための総合的な計画であること、第2は背景に思想や哲学を持っていること、そして第3は資源配分に大きく影響を与えること。コミュニケーションの戦略には第2の『思想』、『哲学』の部分が実は7つあると研究の結果判断し、それらドクトリン(戦闘教義)を7つの流派として紹介したのがこの本なのです」。
代理しない広告の時代が必要とする、戦略論の鳥瞰図
この本はクライアントサイド(広告主)の方々によく読まれているという。
「広告主の人たちは、広告会社や制作会社が持ってくるさまざまな提案を見て判断し、選ばなくてはいけません。それらの提案はそれぞれのロジックで作られていて、新しいコトバもちりばめられています。そうした中で、提案を吟味して、広告費などの資源配分をしていく必要に迫られます。もちろん一つひとつのアクションに対する説明責任も発生します。そのためには、コミュニケーション全体を統合的に見ていくことが求められます。そこで、人をどうやって動かしていくかという観点からの考え方の整理をしようとする時に、この本が役に立つということのようです」。
広告主からの注目は、彼らが直面している状況と付合する。
「かつては広告代理店にリサーチやマーケティングを委ねることで成立していたコミュニケーションの業務ですが、デジタルの浸透と共に、広告主にイニシアチブが移ってきました。いわゆる代理しない広告の時代、というものです。ビッグデータという言葉に象徴される膨大な顧客データを取得して分析したり、オウンドメディアを運営したりするなど、広告主の、コミュニケーションにおける役割が増えています。そのための全体を俯瞰できるよう知識ベースを上げないといけない。以前からも各広告主が、独自の方法論のようなものを持っているケースも少なからずありますが、それらを客観的に見直す上でも有効だということでしょう」。
コミュニケーションの計画-判断-実施のサイクルが短くなるとともに、クライアントによるコミュニケーション業務内製化の度合いが高まってきたことにより、担当者の課題や悩みは深まっていると言えるだろう。日本においても、広告主と外部の広告制作チームが、戦略視点での共通言語を持ってレベルアップがなされることで、「業者」としての位置づけから「パートナー」としての位置づけに徐々にシフトしていくことが求められている。
10年古びない教科書を目指した
この本のできあがる経緯を尋ねてみた。
「以前からコミュニケーション戦略論をいずれまとめたいと考えていたのですが、ヘンリー・ミンツバーグの『戦略サファリ』や、三谷宏治の『経営戦略全史』を興味深く読んだことと、2013年に発想法の本(『ブレイクスルー ひらめきはロジックから生まれる』)を共著で出して一段落したことがきっかけとなり、教科書がないコミュニケーション戦略の領域で、自分が教科書を書いてみようという使命感のようなものが生まれました」。
この本を書こうとすると、数多くの文献を読みこなした上で、比較するための枠組みに沿って、多くの情報をわかりやすく縮約し、平易なコトバや図で表現し、バランスを考慮しながらまとめていかなければならない。
「編集者と相談し、本にする前提で宣伝会議の雑誌とウェブサイトに連載することにしました。連載を1年ほど続けたあと、加筆修正を重ね、都合2年かけて完成させました。『戦略』というとっつきにくく難解に思われがちなものを、できるだけわかりやすくするために手書きの図案を入れていて、一つひとつ、かなり細かく考えて描いています。また巻末の参考文献を見ていただくとわかるのですが、コミュニケーション戦略全体を網羅し、大切な部分だけを凝縮して書くためにクレイジーなほど文献を読みました。複数の戦略をフラットにまとめること、できるだけわかりやすく書くことがチャレンジだったので何度も何度も書いては修正を繰り返し、当然ですが、正確さに留意し、各分野の専門の方が見ても誤りがないように気をつけています。10年間読まれる本にしたいという目標で作った本なので、取り上げたケースも10年後にも生き残っているものという基準で精査しています」。
経験を積んだ人に評価される本
この本は、ベテランのマーケターやプランナーから好意的に評価されているという。
「自分が現場で身につけてきた知見と、読み漁った文献の内容からエッセンスを抽出してわかりやすく体系化して書くことが大変だったのですが、わかりやすい言葉遣いで書いたため、読者によっては、さらっと読めてしまって簡単な内容だと誤解する方もいるようです。でも本質的には結構難しい内容のはずなんです。その点、ベテランの方は、各戦略の背景もわかっておられるし、ご自身が現場で悩んできた経験から、この本のちょっとしたディテールに深い意味を読み取ってお褒めの言葉を頂戴したりして、ありがたいですね。そこに気づいてもらえたか、と。ベテランの方が若手に勧める、というクチコミで広まっているようで嬉しいことです」。
前著『ブレイクスルー』の時も、発想法についてありとあらゆることを調べて、「発想ロジックには6つある」とまとめたという。共著の木村健太郎さんは、磯部さんについて、次のように記している。
(磯部君は)膨大な読書量やビジネス体験に裏打ちされた見識から、思考を本質的なレベルに深めていくのが得意。
磯部さんは、「僕は考え方を考えるのが好きなんです。だからこの本の続編としてコミュニケーションの各戦略の実践的な手引きを書いてほしいという要望もいただいたりもして、もしかしたらそれに応えるかもしれないけれど、個人的な興味はもっと『どう考えれば、もっとよいプランニングができるか」『今後も、プランニングはどう向かっていくべきか』といった本質的なことを考えることを追求したいと思っています」と語る。
広告クリエイターは何をしている人か説明しやすいが、「プランナー」(世界のエージェンシーでは「プランナー」と言えば通常、戦略プランナーを指す)という職業は往々にして「何をする人か」を説明するのが難しい。アカウントプランナー、戦略プランナー(ストラテジックプランナー)などが横のつながりをもって組織化されているわけでもない。磯部さんは、「戦略プランナーナイト」という勉強会を主催し、定期的にプランナーの交流の場を設けている。この『手書きの戦略論』という本の存在は、ブランドコミュニケーション関係者必読本になると同時に、プランナーという「職種」のプレゼンスを高めることにも役立つものと思う。
インタビュー日時:2016年7月8日
場所:原宿
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |