『〈インターネット〉の次に来るもの ― 未来を決める12の法則』
発行日:2016/07/25
著者:ケヴィン・ケリー
翻訳:服部桂
発行:NHK出版
文:大下文輔
『テクニウム』で、テクノロジーを自律性や主体性をもって振る舞う一種の生命体としてその本質を捉えようとしたケヴィン・ケリーの新著は、そうしたテクノロジーの性質を踏まえ、今後どのように未来の世界が形作られるかについて論じたものである。6月に英語版で発売されたが、約1カ月という異例の早さで邦訳が上梓されたのは、翻訳者と著者が知己を得ており、早い段階で原稿をシェアしていたからにほかならない。
原題は『The Inevitable』。テクノロジー、人間、および社会の性質とインターネットを中心に起きているさまざまな事象から、「避けることができない」、すなわち将来確実に向かっていく傾向(バイアス)または力(フォース)について論じたものである。
12の方向性
邦題のサブタイトルに示されるように、不可避と思われる方向性は以下のように12種類にまとめられていて、動名詞で表現されている。これらは互いに影響しあっている。
- ビカミング(Becoming)- なっていく
変化は常に起こり、未来のテクノロジー生活は終わることのないアップグレードの連続となる。テクノロジーは世界をユートピアでもディストピアでもないプロトピア(中立の世界)に向かわせる。そして、プロトピアは目的地ではなく、ある状態に「なっていく」ということを示す。 - コグニファイング(Cognifying)- 認知化していく
AIは第2の産業革命だ。第1次産業革命ではモノに人工的な動力を加えたことで、劇的な変化を生んだ。同様に動きのないモノを認知化(AI要素を組み込む)することはそれ以上の力で、われわれの生活に破壊的改革をもたらすだろう。 - フローイング(Flowing) - 流れていく
インターネットは、情報のコピーを促進するという性質を持つ。そして、次から次へと情報が流れていく状態を作り出している。流れとストリーミングによる変化によって、生活のサイクルがどんどん短くなり、同時性、リアルタイム性がより重要になる。 - スクリーニング(Screening)- 画面で見ていく
至る所にスクリーンがあり、それは形や大きさや重さやテクスチャなどの点で多様性を持つ。そのことで内部にある世界をさまざまに映し出す世界ができる。紙の本を読むことがスクリーンで読むことに変わっただけでも、そこで起きている変化ははかり知れない。 - アクセシング(Accessing)- 接続していく
クラウドの発達によって、自分で何かを所有することの意味が薄れ、アクセスを重視する文化へと変貌を遂げる。アクセスする文化はサービス化(サービサイジング:Servicizing)を推進する。すなわち、あらゆる産業をサービス産業化に向ける。 - シェアリング(Sharing)- 共有していく
デジタルカルチャーには、コミューン的な性質が浸透しており、オンラインの大衆はシェアに積極的だ。正しい条件が揃い、ちゃんとした恩恵があればどんなものでもシェアされる。将来成功する企業は、新しいシェアの形を見つけた企業だろう。 - フィルタリング(Filtering)-選別していく
情報の超潤沢社会化が進む、すなわち大量の情報に容易にアクセスできるようになってきたが、そのことにより人間の希少性はアテンションにある。われわれは今まさに、アテンション・テクノロジーのカンブリア爆発に遭遇していて、情報の選別方法がダイナミックに変化しつつある。 - リミクシング(Remixing)- リミックスしていく
リミックス、すなわち既存の素材を再構成したり再利用したりすることが、盛んに行われるようになってきた。このことは所有からアクセスへ、コピーの価値からネットワークの価値へと変化への流れとも付合する。今後の文化的作品や強力なメディアは、リミックスによって生まれるだろう。 - インタラクティング(インタラクティング)-相互作用していく
VRは急速な発展を遂げているが、その進歩を支えているのはプレゼンスとインタラクション(相互作用)だ。今のVRのウリは、このテクノロジーがそこにないものをそこにあると認識してしまうプレゼンスにあるが、VRを使い続けようとする力はインタラクティブから生まれる。インタラクティブであることは、テクノロジーのほかの領域にも拡がってゆくはずだ。 - トラッキング(Tracking)-追跡していく
IoTの設計やクラウドの本質は、データの追跡だ。追跡できるものは追跡され、測れるモノは測られる。再配列、再構築、再使用、再考、リミックスというさまざまな方法を駆使してデータの持つ力が引き出されてゆくが、そのベースとなるのは追跡と測定によって記録されたものだ。 - クエスチョニング(Questioning)-質問していく
科学のパラドクスは、1つ解答を得られると少なくとも2つの疑問が生じることだ。知識が増えれば増えるほど、疑問はそれに呼応して増えてゆく。検索テクノロジーは、解答を与えてくれるものであると同時に、新たな質問を浮くことを刺激する。価値を生み出す原動力は「答えの確かさ」から「質問の不確かさ」へと移行する。 - ビギニング(Beginning)-始まっていく
インターネットが始まってから30年の間に、著しい進歩を遂げたように見える。しかしまだこれは、始まりの始まりにすぎない。30年後にあるものは、今まだ形を成していないものが多いだろう。始まっていくことは1世紀におよぶプロセスである。
想像力と発想を刺激してくれる本
この本をマーケターが読む意義は、向かうべき未来の消費者生活についての見通しについてヒントが得られるだけでなく、盛り込まれたさまざまな思考実験が発想を刺激してくれることにある。あるいはマーケティングの立場から見ても、次のようなハッとさせられるコトバの宝庫だからである。
- われわれは信用できる相手とつきあおうとするので、その恩恵を得るためなら追加の金額を払う。それを「ブランディング」と呼ぶ。(p.92)
- プロダクトは所有を促すものだが、サービスは所有する気をくじく-というのも所有という特権を伴う排他性、コントロール、責任といった足かせがサービスにはないからだ(p.150)
特に参考になったのは、『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』で記した、「すべてのインダストリー(産業)がカタチを変えて、サービス産業になる」というテーゼが実感を伴って確認できたことだった。すなわち、アドビのツールのようなソフトウェアに始まり、エアビーアンドビーのほか、ツール、衣服、オモチャ、食品へと実例がある。それを拡張すれば自然に、家具や健康や住まいや休暇や学校というものがサービス化できることは容易に想像がつくといった形だ。
未来について書かれた本ではあるのだが、私にとっては「世界をどう読むか」について、今を含む歴史的な認識を使って教えてくれる貴重な本だ。スマートフォンにしても、AIにしても、30年前から見ると「ありそうにもない未来」をわれわれは生きている。
インターネットにつながっている人々の叡智によって、発明すべき未来がここに示されている。
注記:CognifingとInteractingについては、こちらの記事を参照ください。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |