文:大下文輔
ケヴィン・ケリー氏の新著『The Inevitable』の邦訳『<インターネット>の次にくるもの ― 未来を決める12の法則』がNHK出版から発売されるのを記念して、朝日新聞社メディアラボ渋谷分室にて記念のトークイベントが開催された。
ケリー氏は現代有数の予言者(VisionaryまたはProphet)と呼ばれており、テクノロジーのありようを踏まえて未来を見通す人として、広く知られている。Wiredの初代編集長になる前からテクノロジーに関する論考を重ね、その本質的な様相を前著『テクニウム』にまとめた。新著ではテクノロジーの性質と結びついた今後について、12の方向性を示している。
トークイベントでは、そのうち2つの章をケリー氏自身が解説。その後、現代の魔法使いとも言われる落合陽一氏による作品紹介を含んだ自己紹介と、翻訳者の服部桂氏を司会としたディスカッションが行われた。本稿では、ケリー氏のプレゼンテーションの内容をお届けしよう。
仮想現実(VR)によってインターネットは「情報」から「経験」へとシフトする
第1に、本書の第9章を解説したもので、バーチャルリアリティとそれに伴うインタラクションの高まりである。
バーチャルリアリティは1989年からあり、5年くらいで広まるだろうと踏んでいたが、そうはならなかった。理由は100万ドルもかかるコストだった。近年になり、一般向けの製品化が進んだのは、スマートフォンにVRの核となる技術、すなわち、高解像度のスクリーン、加速度センサー、頭部トラッキングのためのジャイロスコープなどが組み込まれた安価なものが普及したからである。
VRは部屋にいながら得られる感覚だが、実際に床が抜けるというような仮想の状況に遭遇すると、頭では部屋にいるとわかっていても、実際は足がすくんでしまう。これは脳の前頭葉ではなく、後頭葉で情報処理することによって起こる。ゴーグルをつけて、その部屋とは別の世界を現出するのが没入型、半透明のグラスを装着し、部屋などその場の環境に仮想のものを付加するのが複合型と、VRは2通りに大別される。VRの特徴は、そこにないものがそこに存在する感じ(プレゼンス)が特徴である。マイクロソフトのテレプレゼンス試作品を体験してみたが、そこにいない仮想の動く人がいて、その人の皮膚や髪の毛や服地の感覚まで触って確認できるなど納得感のあるものだ。
VRによって起こる大きな変化は、インターネットがものを知るのではなく、感じたり経験したりすることができる世界になることだ。言い換えれば、VRは経験のための新しいプラットフォームになり、インターネットは「情報・知識のインターネット」から「経験のインターネット」へと変わる。経験がデータ化され、ダウンロードしたり、取引したり、シェアしたりできるようになる。そうしてデジタルの世界では、経験が新しい通貨になる。
AIは第2の産業革命
もう1つのトレンドは、ものがスマートになる、あるいは知性を持つことで、本ではコグニファイング(認知化)と言っているものである。
ここ3年でAIは急速に進歩した。それをもたらしたのは、ニューラルネットの進化とグラフィック処理プロセッサの高速演算利用、そしてAIトレーニングのための大量のデータ(ビッグデータ)の3つの要素がまとまって起きたことである。
AIはさまざまな形で実現している。例えば、医師より的確なレントゲンの画像診断、弁護士よりも効率的な法的文書の精査、離着陸の7分以外を受け持つ飛行機の運航などである。
AIは、「Artificial Intelligence」という意識を感じさせる言い方よりは、「Artificial Smartness(人工高性能)」という方が適切かもしれない。AIはいろいろな種類があり、そのどれもが何かの点で人間より優れているが、人間には似ていないのである。AIは異星人の知能(Alien Intelligence)とも言えるだろう。我々は、人間のIntelligenceについてよくわかっているわけではない。
AIは第2の産業革命となるだろう。第1の産業革命は、人工動力(Artificial Power)と呼ぶべきものによってもたらされた。農耕社会の労働において、動力は人や動物の筋肉に依存していたが、化石燃料や蒸気や電気などの力を利用することで、大きな変化が生まれた。そして電力網などによって、電気を低コストで、至る所で使えるようなり、コモディティ化されると、その利用がイノベーションを生み、富の源泉にもなった。例えば、手動ポンプに人工動力である電力を組み合わせた電力化(Electrify)によって、電動ポンプが生まれた。そうした人工動力の組み合わせ利用が夥しく生まれたのが第1次産業革命である。
このElectrifyの代わりに認識化(Cognify)を利用するのが第2次産業革命である。電動ポンプを認識化する、つまりAIを加えることでスマートポンプができあがるし、自動車にAIを加えることで自動運転のスマートカーが実現する。250馬力の代わりに250ユニットの知能を与えるようなものだ。また、動力としての電気が電線を伝わって流れていたように、IQが、公益サービスのように誰もがプラグインして利用できる形でクラウドを通じて流れてくるイメージを持てばよい。今でも利用できるものはGoogle AIで、何か質問をして答えを出してもらうサービスは100ヒットで6セントである。
そう考えると、これからのスタートアップ企業がすることは、“X+AI” すなわち既存の何かにAIを加えるという、ごく単純な公式で表現できる。Xは何でもよく、例えばタクシーだとすれば、それにAIを加えてできたものがUberである。
ロボットはAIに身体性を持たせたものだが、従前のものは人間を傷つけないように囲われていたりしたが、進んだ産業用ロボットはセンサーなどでそうした事故を起こさないようになってきている。また、人間の横で動作をモニターし、試行錯誤で仕事を学習できるようになっている。
IBMのディープブルーというコンピュータがチェスの世界チャンピオンを破った話は有名だが、負けたゲイリー・カスパロフは人間とAIが協働することを思いつき、チームを作った。現在、チェスの最強のプレーヤーは彼が作ったチームである。このようにAIと協働することにより、よりよいものが生み出せるなら、将来人間は機械(AI)に対抗するのではなく、協業することで成果を上げ、報酬を受け取ることになるだろう。
未来のことを考えれば、乗り遅れることはない
未来のことは、信じることは難しい。昔から私はコンピュータがどんどん小型化し、靴や調理器具やドアノブにまで組み込まれるだろう、と主張した。「ドアノブにコンピュータなんて馬鹿げてる」と言われたが、実際今ホテルに泊まると、ドアノブにコンピュータに組み込まれていることがわかる。つまり、不可能であることを可能ではないかと信じてみることも未来を見る1つの方法だろうと思われる。
未来の人が、2016年を振り返って見たとすると、羨ましく思うのではないか。今は未来に存在するたくさんのものがまだ発明されておらず、未来を知っていればそれが可能だからだ。未来に当たり前のようにあるものがないということが意味することは、我々はまだ「遅きに失していない」ということなのである。
【後編】では、ケリー氏に続く、落合陽一氏のプレゼンテーションを中心にレポートする。
セミナー日時:2016年7月20日
場所:朝日新聞社メディアラボ渋谷分室
スピーカー:ケヴィン・ケリー(Kevin Kelly)氏、落合陽一氏
モデレーター:服部桂氏
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |