拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来 ―
発行日:2016/8/1
著者:境治
発行:宣伝会議

文:大下文輔

コンテンツのアンバンドリングがもたらす影響

テレビは長らく、テレビ受像器と番組が一体となったものとして我々の生活に溶けこんでいた。テレビを見る、とはテレビの番組をテレビ受像器のスクリーンを通して見ることを意味した。それがいつしか、テレビ番組をテレビ受像器のスクリーン以外で見ることがごく普通に行われるようになってきた。この現象は、テレビ番組とテレビ受像器の分離(アンバンドリング)である。すなわちテレビ番組が、テレビ受像器を離れて、動画コンテンツの一つになったことを意味する。本書で言う「テレビの拡張」とはこうしたことを指し、その影響について論じたものである。

テレビの放送は、もともとは同時性や一回性に根ざしており、その到達範囲の広さが特徴だった。録画装置(ビデオ)がテレビに付加されるようになると、タイムシフト視聴という新たな視聴行動が生まれた。持ち運び可能なテレビが生まれると、テレビ視聴の場所の自由度が生まれることは理屈の上では成り立ってはいたものの、ワンセグでのテレビ視聴ができるようになるまでは、空間(視聴場所)の自由度は日常的とは言えなかった。しかし、現在ではテレビ受像器というハードウェアからコンテンツが解放され、視聴時間と空間の縛りがなくなることの影響の大きさは、テレビというメディアに関係したビジネスの大きさと、それを支えていた、あるいは極端に言えばテレビに依存していた生活者の行動エネルギーの大きさから考えて、無視できないものとなるはずだ。

その影響のありようの一つとして、第2章では、SVODすなわちNetflixやHuluのような、コンテンツ一つ一つではなくいつでもどこでも映画やドラマが視聴できるタイプのビデオ・オンデマンドサービスについて、その歴史を振り返り、ビジネスへの影響を含めて今後について考察している。これは本にたとえれば、貸本屋のように一点一点のコンテンツに値段がついていたものから、読み放題の図書館に定期入場料(サブスクリプション料金)を払うようなモデルになる。実際、本の読み放題サービスも音楽の聞き放題サービスも始まっているから、これは自然な流れであるが、SVODは既存のビジネスをどう変えていくのかは、少なくともわが国では普及したとは言いがたい現在(本書の引用データでは、スマートフォンユーザーのSVOD利用率は4.7%)考えておくべき問題ではある。

視聴行動の変化とものさしのあり方、はかり方

第3章では視聴行動の変化と新しい視聴計測について紹介している。テレビ受像器に紐付いた伝統的な視聴行動は、F3(女性50代以上)が中心であり、視聴率をベースにした広告収益モデルからすると、視聴率を上げるためにはF3を狙って番組作りをし、告知も彼女らを狙うことが必須になる。現象としては、テレビの若者離れとも言える。若者はテレビ受像器を通して番組(テレビコンテンツ)を見ていない。広告収益モデルを今後どのように変えていくのか、という課題は、ではそのコンテンツが誰にどの程度届いているか、という問題と不可分である。『CMを科学する』に書かれているような広告計測のモデルや、分散したメディアでの広告視聴の到達範囲の計測という新たな課題が生まれる。

動画広告の新しいありよう

第4章は、先に述べたテレビCMの代替としてではない、新たな動画広告のパラダイムについて論じている。これまでテレビCMがあらゆる広告の中心に位置してきたのは、一つには到達範囲(reach)の広さであり、そのことによる接触者あたりの到達コスト(CPM)が他のレガシーメディアに較べて圧倒的に安い、という事情によるものだった。テレビ放送の合間に流れる広告は時間枠やCMの長さなどに制約を受けた。さらに、コミュニケーションの双方向性が現実のものとなり、ソーシャルメディアとの連動性も確保できるようになると、時間枠、長さ、ターゲット設定の幅の狭さから解放される。そうしたことから、同時に同じ商材の広告でも多岐にわたるバージョンが流通可能になり、TVCMはそうした動画広告のOne of Themとして考えられるようになった。Googleが提唱する3H戦略に基づいた動画広告を実践している家電メーカーの事例などが紹介されている。

ライブ視聴体験の重要性とソーシャルテレビ

第5章では、新しい映像配信サービスとして、Ustreamが以前ほど盛り上がらない状況の中で登場したライブ配信サービスであるツイキャス、Line Liveに加え、ネットとテレビが協力して誕生させたAbema TVについて紹介している。Line Liveはコミュニケーション活性化を目的としたツールで、Abema TVははっきりと新しいメディアを志向するなどその方向性は違うが、両者がコンテンツとして「今起こっていること」を伝えることを重視している点が興味深い。予定調和に終わらない可能性を秘めた、一回性、同時性の体験が価値を生んでいるということなのだろう。
第6章ではソーシャルテレビ、すなわちテレビを見ながらTwitterでつぶやく、という行為について書かれているが、第5章と合わせると、リオデジャネイロで行われているオリンピックは、ライブ映像とプッシュ通知+見逃し映像ダイジェスト+結果や選手にまつわるデータなどを組み込んだアプリが民放共同とNHKから提供されているし、応援メッセージがTwitterを通じて放送の中で伝えられるなど、大規模なネットと放送の融合実験が行われていることが思い出される。いずれにしても、話題作りはソーシャルメディア抜きには考えにくくなってきている、ということだ。

著者の境治氏が、自らの情報発信遍歴をどのようなメディア(主としてオンライン上のもの)を使って行ってきたか、について箸休め的な挿話として第7章の前に置いているが、楽しく読める。

テレビと広告ビジネスの未来について

さて、第7章は「今後のテレビビジネスと映像コンテンツ産業」、第8章は「広告コミュニケーションの新しい姿」と題して映像と広告の未来について総括している。セクションタイトルがその要約になっているので、列記しておこう。

<テレビビジネスと映像コンテンツ産業>
・スマホファースト・テレビセカンド
・映像コンテンツはオムニチャネル戦略へ
・フロー主義からストック主義へ
・ポートフォリオ感覚
・フジテレビへの処方せん
・絆が大事、感情と共感が大事
・映像コンテンツのガラパゴス化の危険

<広告>
・広告はメディアからコンテンツへ
・それぞれのパーチェスファネルを構築する (※)
(※)大下注:コア・クリエイティブのコンセプトをキープしながら、CMやウェブや店頭などでの、パーチェスファネル(メディア接触に応じたマインドの変容)を適用してコンテンツを援用すること。
・広告のニュース化と動画の組み合わせ
・定型も公式もない。だから自分でつくるしかない

テレビも新聞も雑誌もチラシも、すでに従来の物理的な制約を離れて、コンピュータ上あるいはインターネット上でコンテンツ、メディア接触行動や他メディアとの連携、またビジネスのありようで大きく変貌を遂げている。本書はテレビを題材にしてはいるが、メディアの今後を考えるきっかけともなるものである。無限の変化を遂げるメディアに対して、受け手である人間の有限性がますます浮き彫りになってくる。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。