『戦略サファリ 第2版』
発行日:2013/01/03
著者:ヘンリー・ミンツバーグ/ブルース・アルストランド/ジョセフ・ランペル
監訳:齋藤嘉則
発行:東洋経済新報社
文:大下文輔
全体像を俯瞰して、戦略を捉える
「戦略って何?」とビジネスパーソンの1年生から訊かれたら、あなたは何と答えるだろうか。典型的な教科書(※)では「戦略とは、組織のミッションおよび目標に沿って成果を達成するためのトップ・マネジメントによるプランである」などと書かれているが、本書の著者によれば、そんな単純なものではない。戦略は盲目の人にとっての象のような存在で、脇腹を触れば壁のようなものであり、牙に触れば槍のようなものとなり、鼻をつかめば蛇のようにも感じられる。それぞれが正しく、またどれもが誤っている。著者が戦略の定義に用いるのは、5つのPである。それぞれ、指針や方針を示すプラン(Plan)、時を超えて示される行動のパターン(Pattern)、特定の市場における特定の位置づけを指すポジション(Position)、企業の理念や事業の定義につながるパースペクティブ(Perspective)、そして策略としてのプロイ(Ploy)である。いずれにせよ、戦略論の全体像は、いくつもある戦略論を俯瞰しないと見えてこない。
本書は、経営戦略マネジメントの立場から、戦略形成にかかわる理論を10のスクール(学派、あるいは流派)に分類し、それぞれの歴史や前提条件を踏まえて、長所、短所を明らかにしつつ批判を加えた上で、最後に新たな見通しを加えている。10のスクールごとに、先に挙げた5つのPの強調すべき部分が異なる。(因みに経営の戦略論を並べて俯瞰する、という本書の基本的なアイデアをコミュニケーション戦略に応用したのが『手書きの戦略論』であり、著者もインタビューでそう明かしている)。
戦略はまた、野獣のように飼い慣らすのが難しい、というのが著者の見解である。そこで、野獣に見立てた10のスクールについてのガイドツアーを企画しました、というのが本書の題名の由来である。また、日本語版には原著にない、監訳者のツアーガイドが各スクール紹介の冒頭に記されている。それは、優れた要約でもあり、理解の助けになる。
この本の著者はマギル大学のヘンリー・ミンツバーグら3人による共著だが、発端となった論文がミンツバーグの『戦略形成―志向のスクール』であったこともあり、「ミンツバーグの本」として知られている。(ということもあり、本稿では“著者ら”という集合の代わりに、“著者”というコトバを使用している)。
戦略の分類
10あるスクールのうち、3つは規範的な性格を持つ。それらは、戦略はいかに策定されるべきかに焦点を当てたカテゴリーであり、理想的な戦略的行動の規範を示すものである。例えば、1980年代以降台頭したポジショニング・スクールは、市場における戦略的ポジションの選択に焦点を当てたものである。残りのうち6つは記述的な性格を持つ。こちらは、戦略がどのように形作られるかを、ある特有の側面にフォーカスして、実際どのような戦略が形成されていくかを記述的に示したものである。記述的性格を持つカテゴリーには、起業家精神を持った偉大なリーダーによるビジョンの創造を戦略形成プロセスと結びつけたアントレプレナースクールや、組織のカルチャー(文化や風土)と結びつけた、カルチャースクールなどを含む。規範的、記述的に属する9つのスクールを包括・統合する戦略形成プロセスに焦点を当てたものが、コンフィギュレーション・スクールである。コンフィギュレーションとは企業の資源の配置構成を意味する。
それぞれのスクールは、初期のころの代表的な文献の著者、基礎となる学問、戦略をどう捉えるか、組織を取り巻く環境、戦略策定プロセスの中心となる人物、得意とするあるいは有効な組織や状況のステージ、などによって特徴付けられる。
戦略論の拡がりと奥深さ
一般に戦略は「策定されるべきもの」であると信じられているように思われる。戦略を策定する、という場合には、企業のトップであるCEOであったり、専門職であるプランナーだったり戦略策定の中心となる人の存在が不可欠である。他方、記述的な性格を持つ戦略形成では、必ずしも中心となる人の存在を必要としない。例えば、エンバイロンメントスクールでは、組織を取り巻く外的要素、例えば業界規制などによってとるべき戦略が限定されてしまう、という例も挙げられている。
規範的なスクールのうち、プランニング・スクールや、ポジショニング・スクールではMBAホルダーの経営企画室メンバーや出入りのコンサルタント業者が、さまざまな手法を用いて分析を行い、将来を予測しつつ戦略を立てる、といった形で戦略が形成されることがしばしばである。そして、その戦略を実行する部隊は別に存在する。こうした事実は、これらのスクールが、市場は安定的に継続するという前提のもとに、過去のデータ分析を未来に適用するのだ、ということを物語る。また計画と実行(思考と行動)は分離され、その順序も計画(思考)から実行(行動)の順で行われることもわかる。さらにこれらの戦略の背後には、コントロールが可能であることが前提となっている。従って、成果主義などの企業ガバナンス・メカニズムと結びつきやすい。そのような点で、走りながら考えることを是とする、あるいは試行錯誤を繰り返す、といった戦略形成とは別物である。また、規範的スクール、例えばプランニング・スクールの戦略形成は、スティーブ・ジョブズが率いたアップルの戦略(アントレプレナー・スクール)には馴染まない。あるいは、大手家具店の親子間のトップ争いは、どちらがヘゲモニーを握るかという権力闘争であると同時に、その家具店がいかなる戦略をとるかという、パワー・スクールで説明される選択の問題でもある。
このように、どのような戦略形成を採用するかは、その企業がビジネスの市場をどのように捉えているか、ということと強く関連している。
本書は、10のスクールについて解説しているものの、単なる戦略のカタログと見なすべきではない。戦略論を俯瞰するという作業を通じて、企業経営、企業の環境・生態、企業の行動、文化などについて思索のきっかけを与えてくれる。それこそ、檻に閉じ込められた動物を眺めるのではなく、サファリに放たれた獣を観察するという読書の醍醐味である。そうした読み取りを可能にするのは、残念ながら本それ自体ではなく、内容を理解して咀嚼できる読者の経験やセンスに委ねられている。さらに、読者が抱えている現実的な課題に、直截的な解答を与えてくれるハウツー本でもない。500ページ弱の本書は、記述も決して平易ではなく、一般のマーケティング本10冊分くらいの読み応えがある。その意味でこの本は読者を選ぶ。
(※)Wright, P., Pringle, C., and Kroll, M. Strategic Management Text and Cases (Needham Heights, MA: Allyn and Bacon, 1992)
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |