『デジタルで変わる 宣伝広告の基礎』
発行日:2016/9/15
編者:宣伝会議編集部
発行:宣伝会議
文:大下文輔
広告の抱える課題
2016年9月時点で最新の、広告の包括的な概論書がこの『宣伝広告の基礎』である。宣伝広告というコトバは宣伝と広告から構成されるが、本書においてこの2つは同義であるゆえ、以下広告と記す。広告は、デジタルの波が押し寄せてきた今、どう変わるのかという問題意識を、従来の広告実務の解説書に持ち込んだもの、というのが本書の立ち位置である。
この広告の位置づけは上図に示したとおり、マーケティング活動の一環であり、主に媒体を利用して料金を払って行うものを指すが、何らかの形で統制の可能な、ビジネス目的に沿った情報提供活動と言えよう。広告には、時代によって変わらない(安定的な)もの、時代と共に変化する部分があり、デジタル化は、こうした時代による変化の1つであり、実践スタイルに影響を及ぼすものとしてとしてとらえられている。
デジタル化を中心としたテクノロジーが広告活動にどう影響しているか、については第6章で論じられている。ここを読んでみると、1980年代からすでに実施されているもの、例えばデータマイニングやモデリング、ニューロサイエンスの一部などもあれば、VRやAIなどこれからインパクトを与えるであろうものと両方を含んでいる。読者としては、これからどうなる、という方向感よりも、このようなテクノロジーの種類があるというとらえ方をした方がわかりやすい。なぜなら、マーケティング・ミックスとして古典的な4Psを使い、それらのどの要素にどんなテクノロジーが使われるか、というまとめ方をしているからである。
さて、広告は歴史的に大きな問題を抱えている。それは、広告活動が多額の費用を必要とする、マーケティング活動の重要な柱であるにもかかわらず、その活動がビジネスの成果(例えば売上金額や数量)にどの程度寄与したのかがはっきりしないことである。それは事前の予測も、事後の検証もほぼ不可能と言って良い。なぜなら、購買という最終的な行動に影響する変数があまりにも多く、それらは互いに関連し合っているからだ。
メディアプランニングと効果測定の立場の違い
本書の第4章は、デジタル化の影響をもっとも受けた分野であるメディアプランニングについて論じているが、メディアプランニングの目的を「どのように届けるか」から「どうやって人を動かすか」へとシフトすべきであると主張している。「どうやって人を動かすか」は、「購買確率を高めて店舗へ誘引すること」にほかならず、それは先の「広告のビジネス目的への寄与」を明らかにしたいという経営層の問題意識を反映している。KGIにつながるKPIを設定し効果検証しよう、という姿勢で貫かれているのである。
広告予算をKPIから導こうという主張も、例えばSEM(構造方程式モデリング)を通じてある程度はわかるとする、よく言えば意欲的、控えめに言うなら楽観的なものである。メディアにおいては、インターネットの普及をはじめとするデジタルテクノロジーの恩恵によって、測定できる項目が増えたことや、データ解析の手法などが進化して以前に比べ「できること」が増えたことで、大きな期待に応えることをより積極的に模索しているのだと考えられる。
第7章では広告の効果測定について論じるパートであるが、メディアプランパートに比べて控えめである。まず、広告の最終目的である「売り上げ効果」については、ブランドやサービス、商品の状況によって複雑になることを理由に踏み込むのを避けている。また、「メッセージが直接的に次の行動を促したかどうか、じつはよく把握できない」と言う。
メディアプランとのこうした認識の差が生まれる背後に、クリエイティブインパクトの存在がある。メディアプランは情報経路について扱うが、クリエイティブ内容を多少考慮するにしても、クリエイティブインパクトの強弱は仕事の範疇外とみなす。したがって、メディアプランナーにとって、人を動かすのはあくまでも広告の情報伝達経路の組み合わせや時間的配置(すなわちメディアプラン)であって、クリエイティブの力は考慮の対象には含めない。だが、広告効果を測定しようとする場合、それは無視できないのである。広告の「売り上げ効果」問題は、広告以外の要因がどの程度効いたのか、という問題と等価であり、要因の交互作用があるために切り出せない、というところが本当だろう。
そこで、第7章においては、広告の評価をターゲットへの到達(リーチとフリークエンシーのかけ合わせ)とメッセージの伝達という観点に絞り込んで考察しているが、リーチを測ることは必ずしも容易ではないのだ。それはテレビ広告と言えども、テレビ受像器でどの程度リーチが稼げたかを調べただけでは不充分である。同じ広告コンテンツをシフト視聴したりそこで広告をスキップしたり、多様化したデバイスでの視認性の問題や誰に何回到達したのかをとらえる必要があるが、実質上それを精度良く把握するのは困難である。
第6章のテクノロジーとマーケティングを除けば、本書は広告の概論書としては比較的オーソドックスなものだと言って良い。紹介済みの第4章と第6章、第7章の3つの章以外のタイトルを記すと、第1章は「宣伝広告の企画」、第2章と第3章がそれぞれ「宣伝広告の役割と担当者に求められること」と「コミュニケーション・キャンペーンとクリエイティブ・マネジメント」、第5章は「宣伝広告とクリエイティブの判断基準」、第8章は「宣伝広告の法務」となっている。
第1章から第3章までは、細かく具体的かつ詳細に記されているとは言えないものの、経験の浅い広告の実務者に、心得を含めて対象に書かれていると言える。
さらに第8章は、広告の現場でのトラブル防止のために役立つ法務知識がまとめられている。広告のプロにとっては、どのような点に留意しなければならないか、その根拠は何かなどを知っておくことは必須であり、その意味で広告のベテランにもさらっておくには便利である。デジタル時代になったことで、個人情報保護やリスクマネジメントなどがますます重要になっている中、そうしたことに対処できるまとめはありがたい。
加えて、「はじめに」に書かれた、デジタル時代の広告という広告の不易と流行に対する考え方、および、「終わりに」に書かれた本書のまとめは、簡潔にして広告の見方や本質にかかわる部分に触れている。本文を読む前と読み終わってから、「はじめに」と「終わりに」の2つのパートを読むことをおすすめしたい。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |