『売れる広告 外資系プロフェッショナルのグローバルメソッド』
発行日:2016/5/30
著者:前田環・伊藤紅一
発行:朝日新聞出版
文:大下文輔
仕事のやり方の型を作る
『売れる広告』というタイトルを見て、広告の世界で仕事をしている人はニヤリとしたに相違ない。広告業界に入ったばかりの新人がまず手にとって読むべき本が、デイヴィッド・オグルヴィの『「売る」広告』だからだ。(ただし、原題は“Ogilvy on Advertising”である)。私の記事で再々触れてきたように、「売る」から「売れる」への変遷は、「モノを喧伝する」から「人を動かす」への変化だったり、「モノからコトへ」の変化だったり、消費者への視点移動だったりする。どちらにせよ、時代の背景は違うが、「効果的な広告(コミュニケーション)」ということだろう。つまりは、外資系広告会社のグローバルメソッドを使った広告コミュニケーションを論じた本だ、ということがわかる。
だがこの本を読んで、「外資系」や「グローバルメソッド」に関しては、広告会社にいる人を除いてはピンとこないかも知れない。本書では、外資系の広告作りはこうだ、と明瞭に定義されているわけではない。
私は、入社時期が異なるためご一緒したことはないが、著者の前田環、伊藤紅一両氏が同時に在籍していた広告会社からキャリアをスタートし、複数の外資系広告会社と国内の広告会社1社を経験した。私が知る限り、外資系においては広告会社もクライアントサイドも、「仕事の型」を重視するということがあると思う。「メソッド」という名の通りプランニングの方法論があり、それが全社的に浸透していてそれを使う。本書はそうした「型」の典型例をメソッドと呼び、大体こんな感じだ、というあたりを紹介している。
これらの型(フレームワーク)の意味するところは、「アカウント・プランニングの夜明け」に記したように、広告制作の効率性と品質の管理に役立つ。クライアントもそうした型を持つことがあり、プレゼンテーションの際にはクライアントの型を使用することを求められることもある。やり方が決まっているために、段取りをつけやすく、作業の無駄を省きやすい。また、関与者間の共通理解がされやすい、あるいは誤解を生みにくいというメリットがある。
サイクリックなプランニング
本書で紹介されているプランニングの型(メソッド)は、大きく「戦略パート」と「クリエイティブパート」に分かれている。広告の最終形は必ず表現を伴うものであるが、そこには「なぜそのような表現で広告の目的とするところを達成できるのか」という理由が示されていないといけない。戦略がはっきりしていなければ、複数の表現案から1つを選び取ることが困難になる。
戦略部分として提示されているものはシンプルな5つの質問からなっている。質問はすべてブランド(英語では「we」だが意図としてはブランド)を主語としており、a)「どこにいるのか?」、b)「なぜそこにいるのか」、c)「どこに行けるのか」、d)「どうやってそこに行けるのか」、そして、e)「そこにたどり着きつつあるか」というものである。
本書ではa)とb)を一括りにして「環境分析」、c)を目標設定、d)をアイデア開発と実施プラン、e)を「実施プランの評価」の4つのステップとして評価している。この5つの質問からなるフレームワークはJWTのスティーヴィン・キングらによってまとめられたもので、1974年にロンドンでドキュメント化されたものをSlideshareで見ることができる。
当時からブランディングを強く意識していること、リサーチの重要性を説いていたこと、広告だけでなくマーケティングミックス考慮に入れて作られていることなどが特徴である。その5つの質問にどのように答えていくべきか、ということが34ページにまとめられている。
プランニング・サイクルが、5つの質問に答える形をとるのは、実際的で実用的で、根本的であり構造化されているということによる。
この5つの質問によるフレームワークは、サイクルになっていてフィードバックを含んでいることが重要である。本書の第1章のタイトルにもなっているように、「プランニング・サイクル」と呼ばれている。デミングの品質管理に由来するPDSA(またはPDCA)サイクルと同様の構造を、「プランニング」の部分を分解して、「そこに到達しつつあるか」というフィードバック(Study)を持たせている。
ただし、このフレームワークは「思考の固定化」を誘うものとは異なり、自由な思考をうながすものであることは強調しておかなければならない。リサーチは事実を把握するだけでなく発想の刺激のもとでもある。
プランニング・サイクルに組み込まれた購入決定プロセス
このフレームワークの中の戦略決定に重要な役割を果たすのが、Chapter4で紹介されている、消費者の購入決定プロセスを辿ることである、日本では「AIDMA」や「AISAS」として知られているものに相当するが、これの亜型としてカスタマージャーニーが挙げられる。それらは、消費者行動と深く結びついている。きっかけから、今世紀では必須のシェア・共有に消費者行動全体の中でどのような情報がどのような形で意識と行動に影響するか、ブランドとブランドの依って立つ背景および競合状況から、さまざまなマーケティングミックスを俯瞰する立場や、消費者の世界観など、データと想像力を駆使してこの過程を明らかにすることで、広告の果たす役割や、目的が明らかになる。それがとりわけ上記の質問の、b)ブランドはどこにいるのか、c)なぜそこにいるのか、という2つに応える準備になる。
戦略とクリエイティブの連携
Chapter6の冒頭にも記されているクライアントからのブリーフィング(「オリエン」という言い方で知られている)を起点として、ブランドの置かれた課題に応えるために、かなりの時間を費やす前作業とリサーチによって焦点を定め、誰を対象にして(コミュニケーションターゲット)、何を言うか(what to say)を決め、それをクリエイティブ・ブリーフという形に落とし込む。クリエイティブ・ブリーフ(のサマリー)は、最終的に1枚程度の紙に書かれ、「目的」、「ターゲット」、「インサイト」、「ベネフィット」、「根拠」、「その他記しておくべきこと」が、書かれている。
アカウントプランナー(本書では「ストラテジック・プランナー」)のアウトプットとしてもっとも重要なクリエイティブ・ブリーフは、フォーマットが広告会社によって決められている。アカウント・プランニングにおいて、マニュアル化とフォーマット化というのが重要な要素で、それがチームの生産性、効率につながると思われる。
本書の白眉は、このクリエイティブ・ブリーフについて、作成する側のプランナーと、それを受け取って広告という成果物を開発するクリエイティブという2つの視点から解説されていることである。
示されたコミュニケーションの「ヘソ」とも言うべきクリエイティブ・ブリーフからどのようにジャンプし、アイデアを開発していくかは、じっくり本書をお読みいただきたい。ロジックの一貫性に沿いつつも、そこから人を惹きつける(深層心理で人を動かす)アカウント・プランニングの方法を疑似体験できるものと思う。
外資系の会社では、細部こそ異なるが、コミュニケーションのプランニングとクリエイティブがブランド担当のチーム内で分業化されていること、それらの仕事を、フレームワークを使って一貫した作業を行い、クライアントと広告会社の間でコミュニケーションの品質管理を行っていることと言える。それが、グローバルメソッドということの実質だと思う。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |