『影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか』
発行日:2014/7/10
著者:ロバート・B・チャルディーニ
訳者:社会行動研究会
発行:誠信書房
文:大下文輔
人が動いてしまう、6つの力
本書『影響力の武器』は、日本で1991年に初めて翻訳書が出版されて以来、長い間読み継がれてきた。副題にあるように、「なぜ、人は動かされるのか」を主題とした本である。「動かされる」という受け身が使われているのは、ここで扱う人間行動が、スイッチを押したら自動的に動いてしまうような、無意識的な自動的、紋切り型のものを想定しているからである。ヒューリスティックな判断と呼ばれているものである。著者である社会心理学者のチャルディーニはそのパターンを6つに分類している。
その6つを手短に解説すると次のようになる。
1)返報性(reciprocity)
何か施しを受けるとそれに返礼したくなる性質。もらったものの価値の多寡にかかわらず、他人に対して、心理的な借りを返さない限りなんとなく不安な状態になることを利用して、人を動かすことができる。
2)コミットメントと一貫性(consistency and commitment)
自らの意思でコミットしたこと、表明した意見や約束ごとを守ろうとする性質。人を動かすやり方として、小さなことにYesと言わせ、それを徐々に大きくしていくというものがある。
3)社会的証明(social proof)
みんながやっていることに従って自分も行動しようとする性質。いわゆる同調行動。長い行列を見ると並んでみたくなるというのもそうした性向のあらわれ。同調圧力を利用して人を動かすことができる。
4)希少性 (scarcity)
手に入りにくいものを手に入れたくなる性質。今だけ、限定、チャンス、などによって何とか手に入れたいという気持ちをかき立てて、人を動かすことができる。
5)権威(authority)
権威に対して従おうとする性質。肩書き、社会的地位、その道の専門家といった権威のある人からの推薦、説得に対して抗いがたい気持ちにさせることを利用し、人を動かすことができる。
6)好意(liking)
自分が好意を抱いている知人から何か頼まれると断りづらい、という性質。相手が「自分に似ている」、「自分を褒めてくれる」、「同じゴールを目指す仲間である」人であると認識する時、その人に対して好意を寄せる。自分が好意を抱いている友人という地位を築き、それを利用することで、人を動かすことができる。
自動的な反応を利用して人を動かすとは、時に人を騙すことでもある
本書が450ページの分厚いものであるにもかかわらず、ロングセラーとして多くの読者を獲得しているのは、読者を惹きつける面白いものであるからだ。上記の性質はいずれも、誰もが自覚できるものである。豊富な事例によって説明されていることはいずれも、「そうだそうだ」「あるある」と思える。自分にも当てはまることだから、理解が容易で引き込まれてしまう。6つの性質によってまとめた、人間の行動カタログという見方もできる。
ここに出ているように、無意識的で自動的な行動は、時に合理的でなく非合理なものだが、現代人が根源的に持っている性質ゆえ、抗いがたいものである。事例を通じて時に人を自分に有利に動かそうというテクニックを解説されると「なるほど」と頷くこともある。
本書で6つに分類される行動パターンは、行動経済学で知られるようになった速い思考対遅い思考、またはシステム1対システム2という分類のうち、システム1(速い思考)に相当する。システム1は、努力を要することのない自動的で反射的な行動で、感情と深く結びついている。いわば直感的なものである。システム1の行動がどうして起こるかについては、進化心理学などによって説明される。いずれにしても、本書の初版が出てから後のことである。
セールスのテクニックとして、悪意をもって人を動かす、すなわち騙すこともできる。合理的な判断、すなわちシステム2(遅い思考)による行動では行わないような、無意識の判断をついさせてしまうことで何かを買わせることである。
著者のチャルディーニは、自分はとても騙されやすい人間だと告白している。「おそらく、長い間自分がカモの地位に甘んじていたということが、承諾の研究に興味を持つようになった理由だと思います」と記している。騙しのテクニックを知ることは、騙されないようにするための自己防衛の助けにはなる。
価値共創の時代に、「人を動かす」という思想が抱える矛盾
チャルディーニは本書で扱う自動的な行動について理解することは、社会にとって重要である理由を次のように説明する。
これまでに得られた証拠は、加速度的な勢いで情報の氾濫が進行している現代生活においては、思考を伴わないこの種の承諾が、将来頻繁に生じるようになることを示しています。
ヒューリスティックな判断は、有効に活用すれば効率を高める。無防備でいると判断に失敗し、後悔をするはめになる。
マーケターとしてこの本を読む際に、特に注意を払うべきは、この本の背後にある人間観である。まず、人は誘導によって動かし得る存在であるという認識である。また同時に多くの場合、善意にもとづいて良かれと思う判断を下す。その際相手が悪人であることを原則として前提としない。
そうした存在に対して、企業の側が情報を供給して人を動かす、ということはどういうことか。それは極めて刹那的な関係しか期待できないことである。産業のサービス化が進行している現在、モノを売る時点で価値が最大化されたり、そこがバリューチェーンの終端になったりはしない。コンバージョン、Cost Per Actionへの偏重により、ライフタイムバリューへの配慮を欠くことにつながってしまう危険性を孕んでいる。価値の提供(押し売り)でなく、共創しつつ長期的な関係性を相互に築くということを考えるべきであり、本書を単なる販売テクニックの参考書とすべきではない。
本書を読んで面白いと思ったら、行動経済学の本、例えばダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』や、認知心理学の本、例えば下條信輔の『サブリミナル・インパクト』を読むと、無意識的な行動への理解は深まると思う。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |