『究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)』
発行日:2016/12/09
著者:庭山 一郎
発行:日経BP社
文:大下文輔
One to One マーケティングでのLTVをBtoBビジネスに応用したABM
本書は、辣腕BtoBマーケター庭山一郎氏による、わが国最初のABM(アカウントベースドマーケティング)についての本格的な解説書である。ABMは、アメリカを中心として、BtoBマーケティングの世界で今話題の中心となっているマーケティングの概念であり手法である。しかしながら、ABMは、めまぐるしい拡散と進化により、その共通の定義すらまとまっていない状況にある。著者の採用する定義は、次のようなものだ。
Account Based Marketingとは、全社の顧客情報を統合し、マーケティングと営業の連携によって、定義されたターゲットアカウントからの売上最大化を目指す戦略的マーケティングを指す。
いくつもの定義は存在するが、「ターゲットアカウントにフォーカスする」、「戦略的アプローチをとる」ことが共通項だと著者は言う。
アカウントとは言うまでもなく、取引先や得意先と呼ばれる企業のことである。したがって、狙いを定めた取引先からの売上最大化を目指すのが、ABMだと言える。考え方の源はBtoCの領域で、One to Oneマーケティングを提唱したペパーズとロジャーズが、一人の顧客におけるブランドのシェアを上げ、生涯価額(LTV)の最大化をマーケティングの目標にしたことである。この場合の個人を複数の部門からなる大手企業(アカウント)に置き換えて、そこから最大の収益を目論む、というのがBtoBを前提としたABMだというわけである。
ABM成否の鍵はマーケティングと営業の連携
先の定義でもう1つ見落とせないのは、「マーケティングと営業の連携」である。マーケティングを「営業案件創出を担う前工程」、営業を「案件をフォローし、売上数字を作る後工程」と位置づけたことである。一般には、マーケティングと営業は行動様式が違う。営業は、目先の数字にこだわり、マーケティングは長期の関係性構築を重視する。したがって、通常マーケティングが出してくる案件 (MQL: Marketing Qualified Lead)は営業としての旨みが感じられないために、営業が引き取る案件(SAL: Sales Accepted Lead)としてフォローされる確率は低い。しかし、著者がアメリカのカンファレンスで瞠目したのは、以下の図にあるように極めて高いアクセプト率である。
このようなことがなぜ起こるかというと、営業がここを訪問したいというリクエストに応じてマーケティングが案件を創出するからである。マーケティングと営業の連携(Alignment)の実体はそれである。これらのことから著者は、ABMという手法が、「営業視点でマーケティングを再構築したもの」であると主張する。そして、営業の立てた売上(成果)にマーケティングの案件が連動するため、マーケティングも、売上に対する貢献がはっきりするというメリットがある。
ABM以前のBtoBマーケティングにおいては、企業名が同じであれば、担当営業が異なる部署にアプローチしても、それは「新規開拓」と見なされない場合が多かった。つまりABMは、既存顧客の中にある新規のビジネスチャンスを最大化しようとし、また機会損失を最小にしようとする、ビジネスの効率化を旨とするものである。
ABMはマーケティング後進国日本の企業競争力を高めるかもしれない
本書を読んで驚いたことは、日本の場合、大企業すらマーケティングの専門部署を持たない企業が少なくなかったということであった。それは、かつての市場が右肩上がりに成長を続けていた環境では、営業部門への引き合いを処理するだけで、売上目標が達成できた、という事情による。そこにマーケティング部門は必要なく、あったとしても営業からすれば無用の存在でしかなかった。そのことが日本をマーケティング後進国へと追いやり、国際競争力の低下を招いた、というのだ。
大きく見れば、ABMの意義は、そうしたマーケティング不毛で弱体化した日本の企業を、「良い製品を作り、足と汗で売る」といった旧来の戦闘教義(バトルドクトリン)を改め、世界に追いつくチャンスを与えるべく導くことにある、というのが本書の主張の1つである。ABMは日本の企業文化と相性がいいというのがその理由で、例えば次のようなものである。欧米は大きなビジネスを獲得する場合、権限の集中するCレベルの人達とのコンタクトに集中する傾向がある。しかし、今や欧米企業も経営効率を上げるために、現場レベルへの権限移譲を進める動きが出てきて、そうなると現場レベルのコンタクトが少ないことによって機会損失が生まれやすい。翻って日本は、もともと現場レベルで高いホスピタリティを維持しながら営業活動を続けてきたゆえ、部門をまたがった「点から面への移行」も比較的スムーズにできることが期待される。
「営業視点でのマーケティング」が確立できていない段階では、マーケティングと営業は互いにぶつかり合う傾向にある。ABMの導入はその点を乗り越え、意識変革を促す必要があるが、そのためにはトップのコミットメントによる「会社の本気」を見せることが肝要である。その点は、一連のデジタルマーケティングの導入とまったく同じで、マーケティングが経営の本丸に位置するようになり、組織横断的な連携を必要としていることが、ABMも例外ではない、ということであろう。
デマンドセンターをマーケティング活動拠点とするABM
ABMは、営業の目配りが利きにくい、大手企業のあらゆる部門にアプローチの可能性を見出して、クロージングにつながる可能性の高い案件、すなわち商談機会の設定(MQL Generation)を行うことが役割として重要である。そのために取引先企業の組織と人を、自社の売上につながる可能性のあるコンタクト先としてスコアリングし、ターゲット設定を行い、有効なコンテンツで惹きつけることが求められる。そのために不可欠の存在となる組織が、デマンドセンターである。前述のように、ABMは前工程としてのマーケティングと後工程としての営業を連携させるというものだが、これをデジタルのプラットフォームに当てはめると、前者はMA(Marketing Automation)であり、後者はSFA(Sales Force Automation)ということになる。デマンドセンターにおいては、企業と個人(役員・従業員)をひも付けて、個人の集合としてのアカウント(企業)をスコアリングするために、手間をかけてデータマネジメントを行うことが求められる。最終的な商談相手、アプローチする個人を役職レベルで見出すことができて初めてMQLにつながる。
ABMにはアンチが多いという。営業力で新規ビジネスはカバーできるはずだ、という考えや、ABMの考え方には学術的にも手法の点でも特段新しいものがない、という理由からだそうだ。今ABMが注目されているのは、新しいかどうかはともかく、デジタルによって実現可能な、実効性のある方法として実践できるからだろう。新しいからといって飛びつくというよりは、営業視点のマーケティングにより、チームで業績を上げ、競争力を高める手段として導入は進んでいくのだろう。営業は人の力がものをいうが、それをデジタルが支援するという方向性は、企業の規模を問わず世界的な流れとなることは疑いない。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |