『BtoBウェブマーケティングの新しい教科書 営業力を飛躍させる戦略と実践』
発行日:2017/1/20
著者:渥美 英紀
発行:翔泳社
文:大下文輔
営業力強化を目指したBtoBマーケティングの教科書
BtoBマーケティングの教科書はBtoCマーケティングのそれに比べて極端に数が少ない。それにはさまざまな理由があるだろうが、個人に比べて、法人の購買の意思決定システムが標準化しにくいことや、「ビジネスの勘所」がわかりづらい商品やサービス、例えば高度に専門化されていたり、仕様は主としてオーダーする側に委ねられるカスタムメイドのものだったりするケースが多く、共通の土俵で語れない/理解困難なものが多いこともそうした理由の一部だろう。さらに、需要の限られた商品やサービスの情報はいわゆる業界紙、専門誌などの限定的なメディアを中心としてコミュニケーションが発達してきた。
しかし、インターネットというオープンなコミュニケーションの場の活用が、BtoB企業においても有効、すなわち単なるPRの役割を超えて売上への貢献が見込めるということが理解されるようになると、それをどのように活用し、自社のビジネスにつなげていくか、という関心は必然的に高まる。本書『BtoBウェブマーケティングの新しい教科書』はそうした関心の高まりに応えるべく書かれている。
MAツールなど、インターネットを活用するためのビジネスツールが出てくると、その関心はともするとツールの使い方のハウツー的な側面に集中しがちだ。しかし、本書の一貫した方針は、サブタイトルにもあるように、ウェブを「営業力」すなわちビジネスパフォーマンスの向上をいかにしてもたらすかという一点にある。
ABMとも共通するBtoBマーケティングの課題は部門間連携
BtoBマーケティングの関心の高まりを後押ししているのが、ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)の(とりわけアメリカにおける)隆盛である。ABMの特徴は、ある特定の企業に狙いを絞ってビジネスの向上(すなわち営業の効率化)を目指す。そのため、既存の取引先を中心としたターゲット企業がしっかりとしたビジネスの資源たり得ることが必要で、それに耐えられる人的資源を持った企業のためのもの、端的に言い換えれば大企業のためのものである。
世の中の企業の大半は規模の点からABMに馴染まない。ビジネスソースを特定企業に絞れない、という企業であっても、マーケティングをデジタル化して、インターネットをビジネスに活用したいという期待は共通である。そのためには、BtoBウェブマーケティングが何を目指すのか、ということを今一度確認しておくことが重要になる。それを記したのが5章からなる本書のChapter1【準備編】である。
以前に紹介したABMの本には、BtoBマーケティングの問題点は、マーケティング活動の結果として創出した案件(MQL:Marketing Qualified Lead)を営業担当がフォローしていない、すなわち、MQLがSAL(Sales Accepted Lead:営業が受け入れた案件)にならないことがボトルネックだと指摘されていた。この問題意識は、大企業に限ったことでもABM特有の問題でもなく、BtoBウェブマーケティングの根本にある。そのことが、Chapter1全般を通じて詳しく検討され、まとめの欄の最後に「営業価値のある情報を思考すること」と記されている。
自社のあるべきモデルを考え、作戦を練り、成功確率の高い仕組みにする
Chapter2は戦略編、Chapter3は戦術編、Chapter4は推進編で、順にサブタイトルとして、「自社のあるべきモデルを考える」、「戦略を実現する作戦を練る」、「成功確率の高い仕組みを作る」となっている。
戦略編では、BtoBのウェブマーケティングを、
1)「ウェブサイトやインターネット技術」を用いて「営業課題」を解決する
2)「営業プロセス」に「ウェブサイトやインターネット技術」の得意分野を組み込み「新しい営業のしくみ」を作る
と定義している。
それを踏まえて、ウェブを巡る顧客の情報収集行動や営業への期待を分析し、顧客の意思決定プロセスを踏まえたターゲットの設定の仕方や、営業課題を分類して優先的な課題に応じた戦略の設定など本書で最大のページ数を割いている。営業の課題や営業のプロセスなど、ビジネスの意思決定に関わるダイナミクスをよく観察し、それに応じた戦略をウェブに反映することを解説している。
戦術編は、自社が持つプロモーションやコンテンツの資産の現状を把握し、それらをマッピングしたあと、コンタクトポイントの設計、コンテンツの作成、集客方法について細かなテクニックも含めて解説している。多くの読者が期待する実際的なノウハウも戦術編に記されている。例えば一瞬で伝える必要があるウェブに適したコンパクトなコピーには数字を使うのが効果的であるとし、「豊富な実績」よりは「2万社の実績」を、「手厚いサポート」よりは「12のサポートメニュー」にすべきであるといったものだ。
推進編では、まずはウェブのマーケティング企画部門が直面する部門間、例えば経営層や実行組織・外部協力会社や営業部門などさまざまな部署とどのようにすれば良好な関係を築けるかについて3点を指南している。
1)小さくても成功を収め、仮説の有効性を検証すること
2)実行する計画を誰から見てもわかりやすく提示すること
3)計画を数字(金額に換算して)で表現すること
続いて、成功確率を高めるプロジェクトのために、まずプロジェクトの4つの類型を提示し、適切なプロジェクトのあり方を設定した上で目標の共有や分析、報告を通じて他部門との関係構築を良好にし、全社にウェブマーケティングのビジネス貢献を高めていく仕組みの作り方を説いている。準備編でも強調されたように、部門間連携を考えたとき、ウェブマーケティングは単独で存在するものではなく、つねに営業につなげるものとして位置づける必要がある。
フォーマットで整理する
最終章であるChapter5はまとめの章だ。本書では全体を通じて、章や節は整然とした形で構造化され、図やフォーマットを多用して、手順やポイントが頭に入りやすいように工夫することで、教科書としての役割を果たすように留意されている。キーとなるフォーマットはインターネットからダウンロードできる。まとめの章では、そのフォーマットを参照しながらプロジェクトを計画し、推進する流れを整理している。
企業の置かれた環境はまちまちで、どのような教科書も直接的なソリューションを十全な形で提供できず、読者は自分の環境に、書かれている内容をどう適用するか考える必要がある。ウェブマーケティングを見つめ直すことはビジネスプロセスを見直すことだと思う。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |