届くCM、届かないCM 視聴率=GRPに頼るな、注目量=GAPをねらえ
発行日:2017/1/16
著者:横山 隆治、大橋 聡史、川越 智勇
発行:翔泳社

文:大下文輔

測れていなかった「視聴率」に迫る注視率とGAP

テレビを広告予算の主軸に据えたマスマーケティングは、基本的に「大ざっくり」の世界である。どのような人に、どの程度届いたか、についても「おおよそ」で事足りる。ただ、問題はその「おおよそ」がわからなくなったことだ。それは、テレビの視聴環境と視聴態度の変化があまりにも急激で大きいためである。

テレビ視聴にインパクトを与えた要因を振り返ると、視聴環境でいえば、

・リモコンによってザッピングが可能になった
・ビデオレコーダーによるタイムシフトとCMスキップが可能になった
・テレビゲーム機などによってリビングから個室へとバリエーションが拡がった
・ワンセグによって移動・手もと視聴が普及した
・BSやCSによってチャネルが増え、オンデマンド視聴が広まった
・スマホの普及により、ながら視聴がより先鋭化した

などが挙げられる。
テレビの生活に占める位置が世代によって異なる、というライフスタイルの問題も大きい。

視聴率測定に馴染みの薄い人のためにおさらいをしておくと、CMの視聴率はテレビ受像器につながった測定器により、いつ、どのチャンネルで放映されているかを記録しておくことで得られる。世帯ベースで何パーセント(普及率は100%だから)視聴されているか、が視聴率であり、あるCMの放映された時間帯の局別の視聴率を足し上げた延べ視聴率がGRP(Gross Rating Point)と呼ばれるものだ。視聴率とはいうものの、それを誰が見ていたかを反映していないものであり、正確に言えば露出率というべきものである。

本書は、テレビCMが、どのくらい「実際届いているのか」についての測定ができるようになったと宣言する。誰が、いつ画面を見ているのか(注視しているのか)、をリアルタイムに調べ上げることが実用化されるようになり、著者らはそれらの延べ注視率をGross Attention Point(GAP)と名付けた。注視率は、画面に放映されてはいても、猫やトイレタイムの離席や寝ている人などの数値をカウントせず、実際にそこにいる人数分の視聴をカウントすることで、より視聴実態を反映した数値が得られる、ということだ。

データドリブンの第一歩となるGAP

GRPはCMの買付の単位でもあり、投下コストにほぼ比例するから、GAPをGRPで割れば大まかな費用対効果の指標になるはずだ。

そのこと以上に、これまでの視聴率測定による機械へのアクセスのみから、「見る人にアクセスできるようになった」ことで、視聴率測定にさまざまな可能性をもたらすことになる。その前提は人に紐付いた情報が今後より多彩に得られることである。この本にはまだ明らかにされていないが、測定対象の人の属性データ、意識データ、行動データがシングルソース化されることになれば、広告の露出→到達→態度変容→行動をより詳しく紐解くことができ、打ち手の選択にデータの裏付けがもたらされることになる。おそらく著者の目論見はそこにあるだろうと思う。

テレビにおけるメディアプランの大きな壁は、ライフスタイルセグメンテーションに対するアプローチの困難さであった。誰が見てくれるのか、に対して予測できる範囲が乏しいため、マーケティング戦略にライフスタイルセグメンテーションを用いたとしても、それをテレビのメディアプランとしてはデモグラフィック(性・年齢など)の属性にしか落とし込めなかった。現行のGAPだけでは難しいが、GAPを一歩とするデータ分析の進捗とCM買付方法の進化によって、光が見えてくるように思える。

広告効果の基本は、オーディエンスデータの情報処理過程を明らかにすること

本書の主張の1つである「視聴質」に踏み込め、ということにしても、オーディエンス(視聴者)へのアプローチなしにはなしえない。なぜなら、視聴の質は、オーディエンスの脳内での情報処理過程に依存するものだからだ。GAPで測定される「ちゃんと見た」かどうか以上に重要なのは、「覚えた」「好意を持った」「メッセージを理解した」など、「何が残ったのか」なのである。

当然かも知れないが、著者らもそれは自覚していて、GAPはオーディエンスに残る認知(Perception)の中間指標であるとしている。

通常のCM企画選定/視聴質データを活用したCM企画選定
出典:『届くCM、届かないCM 視聴率=GRPに頼るな、注目量=GAPをねらえ』横山 隆治、大橋 聡史、川越 智勇(著)翔泳社発行
(※画像クリックで拡大)

情報処理の対象となるのはCMのコンテンツ、すなわちクリエイティブ表現内容であるから、視聴質への踏み込みは、CMのクリエイティブ表現のありかたを避けては通れない。広告効果におよぼす効果は極めて大きく、その開きは11倍にもおよぶという研究結果もある。

受け取られたと言う事実(測定)と、それがオーディエンスの中で活用される(効果)を結ぶことが、チャレンジを必要とするポイントである。

本書では、クリエイティブチームにフィードバック可能な測定の例として、脳波による広告視聴分析について詳しく紹介している。クリエイティブの自然な視聴状況に近い評価方法は、会場テストなどでこれまでもなかったわけではないが、手間とお金のかかるため、おいそれと利用できるものではなかった。脳波によるアプローチもやはり手間やそこそこのコストがかかるが、無意識をベースとするため、脳内の情報処理により迫れるということでバイオセンシングによるアプローチの1つとして近年利用が進んでいる。「男女脳プロジェクト」として紹介されている、脳波による反応の男女差はほぼコンセンサスになっているが、本書ではその結果を踏まえてクリエイターである著者のひとり(川越氏)が考察を加えている。

脳波などの測定ができなくても、簡易にはGAP測定の際に伴って、AI(秒単位の注視率)がデータとして供給されるため、それを見るだけでもコンテンツのどこに注意がいっているかはわかる。そうしたことも、GAPという手段によって得られたことである。

実データでサイエンスの確度向上が期待されるメディアプラン

本書ではメディアプランについてはあまり紹介されていないが、テレビのメディアプラン、つまり予算に応じたCMの投下計画(期間、想定視聴率)などは、以前からサイエンスの塊である。『確率思考の戦略論』に書かれているような数学の手法を駆使することで、「どのくらい届くか」(GAPに近い考え方としてNet Reachと言う指標)を出したり、視聴行動と消費行動のシングルソースデータをモデルに当てはめ、GRPと認知データの関係式を採り入れたりすることで、広告の露出から購買確率を推定したりすることが実際行われ、それが予算投下の根拠として使われていた。

GAPという測定指標とその手段が1つ加わったことで、そうした推計の「答え合わせ」ができることになる。2017年の潮流に上げたとおり、広告に、そしてマーケティングにサイエンスが巡り巡って再び光を浴びようとしている。

大事なのは手法でなく、根拠をもって合理的に進めていこうとする態度である。測定にからめていうと、何を測っているのか、については十分に吟味することが必要となる。測るべき対象を明確化するためには、キャンペーンならキャンペーンの達成すべき目的をまずはっきりさせることが必要となる。クリエイティブとメディアプラン、ストラテジックプランや、アカウントプランを繋ぐ存在としてのサイエンティストは、今後必要とされる人材の筆頭だろう。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。