デジタル変革マーケティング
発行日:2017/2/15
著者:横山 隆治、内田 康雄
発行:日本経済新聞出版社

文:大下文輔

本書『デジタル変革マーケティング』の主張は大きく2点に集約されるだろう。第1点は、マーケティングを経営の中心に据えようということ、第2点はデジタル化したマーケティングデータを統合し、そのデータを組織横断的に共有・活用して経営効率、業務効率を上げていこうという呼びかけである。

著者の1人、横山隆治氏はこれまでもこの2点についてブログや講演を通じて度々説いてきた。本書では、もう1人の著者である内田康雄氏と共に、マーケティングダッシュボード(それは同時に経営ダッシュボードでもある)を中心とした、「デジタルマーケティングはどのようにして行うのか」を具体的な手法や事例を示して採り上げている。

経営の質を変えるデータドリブンマーケティング

以前からも、データドリブンマーケティングというのはあるにはあったが、各種数値を可視化して、航空機のコックピットのように並べたダッシュボードが一般化した以降では様相がまったく異なっている。
それは例えば、家計簿が、主婦手でつけていたもExcelなど表計算でデジタル管理していたもも含めて)から、マネーフォワード等で各種口座データをつなぎ込んでダッシュボード化されたもへと進化し、家計簿存在を超えた資産管理というまったく違うステージへと移行したことに似ている。あるいは、株取引が、証券会社窓口を通して取引していたもから、リアルタイム、それもスマホなどによる、ダッシュボード化されたインターフェースを介したオンライン取引へと変化し、投資家あり方や行動が一変して来たと同様である。そして、その進化、行動様式は後戻りできない。「体験の質」が圧倒的に異なるからだ。

本書を読んで、今一度、ダッシュボード化以降のマーケティングで何が変わるか、を考えてみると、

 1)組織全体のビジネス行動が、常にデータ(経営状況)を意識したものになる
2)今、ビジネスの状況がどうなっているのかを見て、次の手を打つようになる
3)状況変化に対する対応がスピードアップする
4)「知恵の出しどころ」の内製化と質の向上が進む
5)組織の横連携がスムーズになる
6)経営層の意思伝達が、データを通して浸透しやすくなる(同時に社員が経営者視点を持てるようになる)
7)市場の動き、消費者の反応といった受け手の行動に対する感度が上がる

などだろう。

これらはいずれも企業にとっての効用は計り知れないものがあると分かっている以上、マーケティングデータの連携・統合・ダッシュボード化による「デジタル変革」が、不可逆的に進んでいくのは疑いの余地を挟まない。

全体最適を求めて

本書で提示されていることの1つは、全体を見よう、と言うことである。マーケティングダッシュボードの効用の1つは、ビジネスのボトムラインやKPIなど重要な指標が簡単に取り出せるようになることだ。各部署でバラバラにまとめられている数字を統合してわかりやすく表示できるということは、マーケティングや経営全体の見通しをよくすることにほかならない。

マーケティングダッシュボードの構造(POEの整理)
出典:『デジタル変革マーケティング』横山 隆治、内田 康雄(著)日本経済新聞出版社発行
(※画像クリックで拡大)

マーケティングコミュニケーションにおいても、POE(Paid media, Owned media, Earned media)のそれぞれのメディアで行われている施策の結果が全体の反応、売上やウェブサイトへの流入数やCTRや問い合わせ件数といった結果の数字と結びつけて見ることができることが大きい。それによってPDCAのサイクルをダイナミックに回せるし、各部署間の施策の調整もしやすくなる。マーケティングの費用配分(budget allocation)は、全体の中で調整されるべきものだし、施策の効果もトータルでどうなのかを見ていくべきだが、ダッシュボードの存在なしにそれをダイナミックにチェックするのは困難(というよりほぼ不可能)だ。

「デジタル変革」は、組織の内外との関係性も、働き方も変える

デジタルダッシュボードに組入れるデータの例として、『届くCM、届かないCM 視聴率=GRPに頼るな、注目量=GAPをねらえ』にも紹介されていたように、テレビコマーシャルの露出データ(GRP)と注視率データ(GAP)がリアルタイムでやりとりされるようになる。
本書でも広告会社の担当者とダッシュボードを介して、クリエイティブの差し替えや、投入量の調整などを行うようになる、といったことも書かれているが、データを介在させた対策を部外・社外のメンバーと共同で行うなど、社外スタッフを「業者」でなく「パートナー」として接することを常態化させる。データという貴重な資源を共有しつつ、業務で連携(協働)の度合いが強まることで、社外のリソースをより有効に活用できるようになると考えられる。「指示」だけだして「丸投げ」し、結果が出ない時には詰め腹を切らせるというやり方よりは、遙かに実り多いことは想像に難くない。Scope of Work(業務分掌)の見直しはあるかもしれないが、外部組織とのコミュニケーションの高密度化と高速化によって、成果を導き出す可能性はより高まるはずだ。そのあたりの事情も、ネスレ日本の、ダッシュボード導入の具体例と共に示されている。

個人も、成果の目標に対してどのような状況にあるのか、が常にモニターできる(そしてされる)とともに、それに関連したデータが容易に入手されるとなれば、目標に対してどう対応するかにより集中できるはずだ。経営効率は、社員の仕事の生産性をあげることに多くを委ねるはずだが、仕事の内容(すなわち質)が、より生産的なことに注がれることは、企業にとって有益なだけではなく、気持ちよく仕事ができるという社員の精神面での寄与も大きいのではないかと思う。

その反面、同時に常に成果や成績が白日の下に晒される結果にもなる。近年のスポーツでは、練習成果、戦術、そして結果などのすべてに渡りデータが取得され、選手のパフォーマンスが常時モニターされているが、選手達は意外とそれに適応し、その環境下で技を磨いている。「プロフェッショナルであること」がデータドリブンな環境によって形作られるのかも知れない。

推進力は経営トップの意思と人材

マーケティングの全体最適は、組織横断的な意思決定と実績を伴うものである。前書きには、「企業の『デジタル変革』に最も欠かせないのは、企業内外の意識改革でしょう」と書かれているが、この企業内外におよぶ意識改革は、経営トップの意思によって機能する。それなしにどこかの部署が、「仕事に便利なもの」という考えだけでツールを導入しても、あるいは「どんな経営を目的とするのか」ということなしに、「ツールありき」という他力本願であったとしても、結果は目に見えている。

本書が優れているのは、どうやって社内に「デジタル変革」を浸透させていくのか、について時には経営者視点に立ちつつも、社内プロジェクトの進行についてそのノウハウを開示している点である。ツールの細かな点はさておくとして、まずは経営者が読むべき本だと思う。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。