『顧客視点の企業戦略 -アンバサダープログラム的思考-』
発行日:2017/3/1
著者:藤崎 実、徳力 基彦
発行:宣伝会議
文:大下文輔
アンバサダープログラムの成立要件
本書『顧客視点の企業戦略』は、副題の「アンバサダープログラム的思考」に示されている通り、アンバサダープログラムの考え方とその実践法について説いた本である。アンバサダープログラムを通して、企業経営、マーケティングのあり方として今求められるのが顧客視点であるということを主張している。
本書の記述に沿って定義すると、アンバサダープログラムは、ブランドアドボケイツ(ブランドのファンで、何らかの推奨活動を無報酬ですでに行っている人)を組織化し、その助けを借りて企業が行うマーケティング活動の総称である。
広告という企業からの直接的なメッセージでなく、口コミ、評判、といった消費者のフィルタを通した間接的な推奨活動を行うための仕組みを構築することがその内容だ。したがって、そのようなファンが存在すること、そして彼らと連絡を取り合えることが、アンバサダープログラムの必要条件となる。
マスメディア、マス広告に頼らない口コミによる推奨販売は、例えばタッパーウェアやアムウェイに代表されるホームパーティ形式のものなどが以前からあった。それらと本書で扱うアンバサダープログラムとの決定的な相違は、推奨者が企業からの金品による報酬を受け取らないこと、すなわち推奨をアドボケイツの内発的動機に委ねることと、推奨をするかしないかも含めて、一定の自由を企業が保証する点にある。大きく言えば「売る人」ではなく、あくまで「薦めてくれる人」ということで企業は彼らを遇する、あるいは共創することにある。
彼らの推奨の活動の動機付けのための主な手段は情報提供にある。彼らがブランドのファンである、ということから市場に出る前の先行体験や一般では得られにくい情報を積極的に提供することで、ブランド価値の向上につながる口コミが拡がることが期待されている。言わされて言うのではなく、言いたいこととして薦めている、という主体的なコトバの力強さが、アドボケイツ(アンバサダー)が企業にとって貴重な理由だ。情報過多で、広告が嫌われる時代にあって、アドボケイツはブランドのユーザーであるから、そのコメントは消費者にとって耳を傾けやすい。
アンバサダープログラムの期待価値
本書は、そうしたアンバサダープログラムによって何が期待されるか、どのようにして実践するかについて書かれているが、コミュニケーションの質の向上によってリターンがどのくらいあるのかをある程度定量化できる、としている点が興味深い。具体的には、第4章に「カスタマーエンゲージメントの価値の4つの要素」として紹介されている。その4つとは、
- 顧客生涯価値(Customer Lifetime Value:CLV)
- 顧客紹介価値(Customer Referral Value:CRV)
- 顧客影響価値(Customer Influence Value:CIV)
- 顧客知識価値(Customer Knowledge Value:CKV)
である。
顧客生涯価値(CLV)は、顧客との関係を一生涯と考え、その期間の中で、どれだけたくさんの価値(購買)をもたらすかを指す。
顧客紹介価値(CRV)とは、何人の新しい顧客を連れてきてくれたか、ということである。紹介を受けて商品購入に到った人のCLVを積算することで算出できるが、ある程度詳細な計算方法が、提唱者のクマー教授(ジョージア州立大)によって示されているとのこと。また、アンバサダープログラムの他に紹介インセンティブを行ってこの数値を上げることも可能である。
顧客影響価値(CIV)は、顧客の口コミが周囲に与える影響の価値を表すもので、数値化が難しいがPRの効果として示されるような媒体の広告費換算を本書では提案している。
顧客知識価値(CKV)は顧客から得られたフィードバックの価値のことだが、理想的には顧客のフィードバックやアイデアから生まれたビジネス上の貢献度測定などによって得られる。(より単純なものとしては「傾聴」から得られた顧客データの件数を、リサーチパネル調査のサンプルサイズに置き換えて料金を算出する、という方法が提示されている)
アンバサダープログラムの立ち位置
本書はアンバサダープログラムの数少ない概説書の1つとして、とりわけその考え方を知るには良い本だと思うが、一方で読者が混乱しそうなところがあるとも感じた。その理由は、顧客視点についてのロジックの揺らぎと、アンバサダープログラムの立ち位置の認識にあると思われる。そこで、本稿読者のためにその点を整理しておきたい。
本書を冒頭から読み進めていくと、マスマーケティングの限界とアンバサダープログラムが二項対立の図式で記述されている。つまり、アンバサダープログラムはマスマーケティングには馴染まないものというトーンで書かれているが、それが突如として第2章の終わりに、マスマーケティングとアンバサダープログラムは併用して使われるべきものである、と書かれていて混乱するかもしれない。どうしてその混乱が起こるのかを考えて見ると、上の図の左側の四角に書かれているコミュニケーションの変化の話と、右の四角に書かれている顧客視点の重要性の話が合わせて語られているからだと思う。
アンバサダープログラムの成功には顧客視点のコミュニケーションが重要である、ということを軸に、マスマーケティング全盛期は顧客視点なしでもモノが売れた(売り手市場の時代)時代であったことと、アンバサダープログラムの登場時期は顧客視点抜きでものが売れにくい時代になっているということの対比によって、マスマーケティングは顧客視点が欠如した時代のものであり、アンバサダープログラムは顧客視点が重要な時代のものであるという対立の構図をとっている。
顧客視点のあるなしは、二項対立の図式に馴染むが、マスマーケティングとアンバサダープログラムは本来同じステージで対立するものではない。なぜなら、アンバサダープログラムは、インターネットによってもたらされたマスメディアの相対的なリーチの低下や一方的な情報伝達を嫌う消費者に対するマスマーケティング(ここでは大量のモノを広範な消費者に届けるためのマーケティングだとする)を補完する手段として成立し、機能している(だからこそ併用できる)のだ。
さらには、マスマーケティング時代からアンバサダープログラムの時代、すなわち現在に到るまで、マーケティングコミュニケーションにおいて、顧客視点が重要でなかったなどという証拠はないはずだ。
アンバサダープログラムはマスマーケティングの行き詰まりを打開するものであることは、本書の事例がマスマーケティングを指向する企業によって活用されていることでうかがい知れる。重要なのは、アンバサダープログラムがマーケティング手段の1つという立ち位置の確認である。マーケティングの規模がどうあれ、マーケティングはいろいろな手段の組み合わせでそのゴールを目指すということに相違なく、アンバサダープログラムも他のデジタル/リアルのマーケティング手段と組み合わせでその効力が発揮されるものだということを認識しておくべきだろう。
デジタル変革におけるコミュニケーションの中で、アンバサダープログラムは打ち手を供給する優れた枠組みだ。全体の中に位置づけて初めてそれは長期的にも短期的にもよりよく機能するものであって、サイロに閉じ込めるべきものではないと考える。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |