なぜ「戦略」で差がつくのか。―戦略思考でマーケティングは強くなる―
発行日:2017/3/10
著者:音部 大輔
発行:宣伝会議

文:大下文輔

戦略というコトバの誘惑

この本の帯に書かれているコピーには、「2つの要素さえ押さえれば、あなたは戦略を使いこなせる」とある。果たしてこのコピーには、本を手に取らせる力があるか、と疑問に思った。

おそらく大多数の人は「戦略とは何か」がよくわからないはずだ。わからない人に「戦略を使いこなす」ことの魅力は伝わるまい。そう考えれば、このコピーはおそらく失敗である。

なぜ「戦略」で差がつくのか。

一方でそのコピーには別の企みがあるのかもしれない。「戦略はわれわれを誘惑する」とはこの本の「はじめに」に書かれているフレーズで、戦略というコトバそれ自体が魅力的な響きを持っていることを示している。戦略というコトバはビジネスの現場でいやというほど聞かされるし、多くの人はそのコトバを使う側にも回るという事実が、無意識のうちにそのコトバの魅力が認められている証拠だ。

この帯のコピーは、単独で存在しないと考えてみよう。帯の上の表紙には、『なぜ「戦略」で差がつくのか。』というタイトルが大きく金文字であしらわれており、この本は「戦略について書かれた本である」ことが直観的に読み取られるはずで、帯のコピーを連動させれば、この本を読めば、比較的容易に(=2つの要素を押さえれば)戦略を理解して使いこなせるようになる、と瞬時に伝えて手に取ってもらえる。そんな期待が読み取れる。

帯はタイトルと連携し、限られたスペースに無駄のないコトバ(キャッチコピー)を配することで、本を手に取る行動を誘発し、購買の確率を上げるという目的を達成しようとする。

戦略を構成する2つの要素

戦略とは何か、と聞かれて多くの人は言い淀むに違いない。本書が果たす大きな役割は、戦略とはこのようなものである、ということを定義し、それによる効用を説き、それを使えるようなトレーニングを示唆することだ。

この本の主張は、「戦略とは限られた資源を達成すべき目的のためにどのように利用すべきかの指針のことである」との定義により、「戦略は目的と資源という2つの要素によって成り立つ」ゆえに、この「目的と資源について正確に、深く理解する」ことができれば、「戦略の効用を享受できるようになる」というものである。

本書の構成を見ると、定義とその構成要素である目的と資源についての考察、効用を含む戦略理解のパートが1~4章、戦略の立案、管理、思考についての実践、運用、トレーニングに関するものが5~7章、振り返りとまとめ、そして本書における学術的な位置づけについての簡潔な解説が8章という順になっている。
白眉は、戦略とは何か、を紐解く第1章で、読者を戦略の世界に引き込むと同時に、戦略が持つおおよそのイメージを描けるようになる点だ。

仕事の型をつくる戦略的思考

何を目指して行動するか、という目的について言えば、いい目的とそうでない目的がある。そのいい目的とは、曖昧さがなく、どのような状態になれば達成したと言えるのか、が明瞭に言語化できるものだ。

その目的を設定する(あるいはいい目的であるかどうかを判定する)ための道具として本書では、著者の音部氏が実際に2つの会社で使っていたSMACとSMARTという概念枠組みを紹介している。

SMACとSMART
出典:『なぜ「戦略」で差がつくのか。―戦略思考でマーケティングは強くなる―』音部 大輔(著)宣伝会議発行
(※画像クリックで拡大)

SMACとSMARTは、それぞれ縦に並べた単語の頭文字をつなげたコトバ(頭字語)でできている。
具体的な(Specific)目的を設定することは、それが結果として明確にわかること、すなわち測定でき(Measurable)、可視化できることを促す。したがってそれは、どのようにして測れるか、という方法論を伴う(Methodological)目的でもある、と言える。このように、目的を設定する際にそれがSpecificか、MeasurableまたはMethodologicalかという問いが判定基準として機能する。

憶測ではあるが、このような概念枠組みはおそらくマニュアル化されると同時に社内トレーニングによって関係する社員に行き渡っていると思われる。共通の方法、共通の言語を持つことで、相互理解が促進される。このように、優れた概念枠組みによって、仕事の型が生まれる。仕事の型ができると、課題解決の道筋がつけやすくなる、あるいは段取りが格段に良くなる。「課題は、本当に正しい目的に置き換え可能か」を自問し、それをSMACやSMARTに当てはめて考えれば、チームで共有可能な目的が効率的に生まれる。マニュアルもその一環で、大事なのは丸暗記したり頑なに従うことでなく、型で解決できること、できないことをその場で判断して柔軟に対応するためのものとして捉えることだ。

戦略の汎用性と生き方の改革

戦略を定義し、目的を決め、資源を棚卸しして最適な組み合わせを、最適なタイミングで使う、という戦略思考は、全体最適を思考するデジタル変革の核となる考え方と適合性が高い。同時に戦略の考え方、立案の仕方から運用まで、一定の型をもって進めることができる。

課題解決に向けてある行動をするときに、目的と資源を意識的に考えるように行動し、そうした目的や資源についての理解と戦略が共有されるとき、組織にとっても個人にとっても時間という資源を浪費することなく、質の高いアウトプットを生みやすくなる。これは、働き方革命の本質的なことである。夜9時にオフィスの消灯を行って残業を減らす、などといっても課題解決の生産性が上がらなければ、どこかにしわ寄せが行くだけである。

本書ではマーケティングの現場における戦略について詳しく記述されているが、著者も言うように、戦略はあらゆる局面で応用可能である。スポーツの結果を出すためにどうするかや、家を建てるときにどのような家にするか、受験、婚活、就活、終活など、時々に応じた目的を達成するために資源をどう使うかを考えることで、日々のストレスを減らすことができる。これは生き方改革である。

本書の優れた点は、「いい質問」をどんどん打ち出して考察し、論理を組み立てていっているところである。それもまた、仕事や生き方にいい影響を与える。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。