宣伝担当者バイブル
発行日:2017/4/6
著者:玉井 博久
発行:宣伝会議

文:大下文輔

広告主のプロフェッショナリズムを鼓舞する本

広告の教科書や啓蒙書は、一般に「広告関係者」向けに書かれている。本書『宣伝担当者バイブル』のように広告主向けに読者対象を絞って書かれたものはきわめて珍しい。その主な理由は、「広告主」というものの実態が企業によって異なるからだろう。
企業の宣伝担当の所属する組織はさまざまで、部署の役割も各社まちまちである。扱う商品も違えばその歴史も異なり、担当者の職責や決裁権限や承認プロセスも多岐にわたる。広告の立ち位置、広告に対する考え方も異なる。共通点は、広告の予算を使って広告制作に関与する、ということだ。
これに対し、広告制作を請け負う広告代理店は、機能もスタッフの種別も職務(Scope of Work)もおおよそ一致している。それゆえ、広告の教科書や啓蒙書の著者の多くは学者か広告代理店に籍をおく人である。一企業の広告担当者は、自社以外の「広告主」のことをよく知らない。

そうした状況下で広告主向けの啓蒙書を、江崎グリコという一企業の担当者として書くのは勇気のいることだと思う。自社のノウハウを開示したところで、それを一般化して捉えるのは難しい。また、所属企業にとって直接的なメリットは得にくい。

それでもなお、この本を世に出したいと考えた著者玉井博久氏の思いが、「はじめに」の部分に詰まっている。それは、広告制作サイドから多くの広告主に接した経験を踏まえ、広告主と広告代理店の関係をよりよいものに変え、日本の広告コミュニケーションのレベルアップにつなげたいということだ。
そのために、広告主がもっとリーダーシップを発揮すべきだ、という主張が本書の眼目である。著者の玉井氏は、「広告主が代理店やコンサルティング会社と言った企業から『考えること』を買ってしまっている」とした上で、次のように述べている。

広告主が考えることを放棄し、主導権を広告代理店に委ねてしまっていることで、日本の広告はいつまでたっても劇的な進化を起こせないままでいる。広告を生業とする広告代理店は彼らの利益を最優先にし、彼らにとって特にこれまで不自由を感じていない高収益なメディアの取り扱いや広告の提案内容を変えることはない。

「考えることを買う」というのは、広告で何を解決すべきかという目的が曖昧なままに仕事を発生させること、そこをくみ取って出てきた広告代理店からの提案に対して、選択の基準を持たず、判断できないまま受け入れたり、何となく気に入らない、どこか違うという不明確な状態でボツにして再度丸投げしたり、といった状況をつくることである。そして広告の効果について関心をもたなかったり、提案内容の価格に対する吟味ができなかったり、施策の効果や投資効率の説明責任を避け、仕事のやりっ放しになった結果、ビジネスへの貢献を果たせずに終わってしまう。

一言でいえば、本書は広告主側に対し、プロフェッショナリズムを持ち、広告の主導権をとれと檄を飛ばすことを目的としている。広告はそもそも、事業主が広告をしようという意思を持つことからスタートする。

リーダーシップとパートナーシップ

筆者が伝えたいポイントは、第1章にほぼ集約されている。広告主は、広告作りのリーダーでなければならない。キャンペーン全体のディレクター、すなわち総監督はあくまで広告主だということである。総監督は、目的を設定し、広告作りのプロフェッショナル集団の力(資源)を最大限引き出して、目的達成を果たすという責任を負う。ディレクターはその意味で戦略家であるとも言える。

広告主(の担当者)に求められる3つの資質は、

1)ブランドについて誰よりも知っていること
2)広告事例を知り尽くしていること
3)社内の意思決定プロセスを調べておくこと

だと著者は指摘している。

この3点は、実は広告代理店のスタッフにとっても外せない能力である。スタート時点では、1)と3)は広告主が優位である。1)と2)は過去に同業他社の仕事経験にもよるが、とりわけ1)についてはギャップを埋めるために広告代理店のチームは猛勉強する。そして、広告主も、常に広告に目配りをして、広告コミュニケーションの良し悪しを見る目を養っているはずだ(少なくとも本書ではそうあるべきだと言っている)。
本書には明示されていないが、広告主と広告が両者の接点となる領域について熱心に取り組んで、ブランドや広告についての知識を増すことによって、互いの仕事に畏敬の念が生まれる。それがパートナーシップの源泉だ。ブランドと広告を知り尽くしたプロフェッショナルな関係性を安定したものとするためには、1業種1社というビジネス形態が広告主にとっては都合がよい。それが海外での商慣習の背後にある。

問題は3)である。「社内は通すから任せてくれ」と宣言できる担当者はなかなかいない。そこで、広告代理店も営業スタッフが中心となり、あの手この手でキーパーソンや厄介者の情報を入手し、担当者の援護にまわる。組織としての広告企画採択についての判断基準が不明瞭で、属人的に行われている場合には、ロジックが通用せず、大いに無駄が発生することがある。仕事の無駄は、広告主にとっても広告代理店にとっても、投資効率、ビジネス貢献の低下につながる。

ブランドの課題と広告目的の明確化がトッププライオリティ

本書の冒頭に、広告主の役割として、「なぜ広告を出すのか、何を伝えたいのか、誰に伝えたいのか」を設計し、それをオリエンテーションの場で「指示、命令」として発布すると書かれている。また、指示である以上、明確でなければならない、とも記されている。すなわち、広告主が行う仕事は、ブランドのおかれた状況を整理し、課題を見つけ、それ解決するために、広告(とそれ以外の手段の)の役割、目的を明確にして伝えることである。これは以前に紹介した戦略目的の採択基準(SMACなど)が役に立つ。

目的の明確化に連なるものとして、評価基準の明確化と提案されてくるメディア選定やクリエイティブの基準の明確化が上げられる。

出典:『宣伝担当者バイブル』玉井 博久(著)宣伝会議発行
出典:『宣伝担当者バイブル』
玉井 博久(著)宣伝会議発行
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目的の背後にある課題や状況整理について知ることが、広告のプランニングサイクルの最初に来る。それを含んだプランニングサイクルの例は、『売れる広告』にも紹介されている。課題を抽出するための2つの質問は、「どこにいるのか(Where are we?)」「なぜそこにいるのか(Why are we there?)」である。注意しておくべきは、AIDMAやAISASといった消費者意識・態度変容モデルはプランニングサイクルの中に組み込まれる1つのツールでしかないことだ。

考え抜かれ、よく準備されたブリーフィング(オリエンテーション)ほど、仕事の生産性を上げるものはない。そして、組織としてブランドの抱えた課題と、広告で何を解決すべきかについての見解を共有していれば、先に示した提案採択が属人的に行われたり、効率や志気を低下させることを回避することができる。

本書でも指摘されているように、広告担当者は専門職だとみなされるべきである。日本の企業も、組織としての生産性向上と国際競争力をあげるためには、専門職の育成、配置、処遇にもっと力を注ぐ時期に来ているのではないか。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。