メディアの循環「伝えるメカニズム」 (法政大学イノベーション・マネジメント研究センター叢書14)
発行日:2017/2/28
編著者:岩崎 達也、小川 孔輔
発行:生産性出版

文:大下文輔

情報拡散メカニズムの解明に挑んだ研究

本書は、「ソーシャルメディア環境下での情報伝播・拡散のメカニズム分析とシミュレーションの提示」と題する研究にもとづいて出版された。その研究は2014年~15年度の「公益財団法人 吉田秀雄記念事業財団」の助成対象となったもので、法政大学の小川孔輔教授をリーダーとする、10人の学者、研究者、実務家による学際的なものだ。研究メンバーのうち4名が本書の執筆者だ。

研究書をここで紹介する意図は、マーケティングコミュニケーションに携わる人が、何となく感じていることを、腑に落ちる形で検証可能な仮説としてまとめ上げ、新たなメディア観として提示されたことに意義を感じるからである。平たくいえば、今の情報の伝わり方って、こんなメディアがこんな風に作用することで成り立っているんだな、そうやってヒットが生まれたり衰退していったりするんだな、ということの見通しがよくなる、そんな見方(枠組み)を提供してくれる本なのだ。

現代のメディアの実務的な分類として知られているのはトリプルメディア、すなわちP/O/E(Paid、Owned、Earned)の3種である。トリプルメディアが所有を軸とした形態による分類であるのに対し、研究で用いているのはより機能寄りのマスメディア、キュレーション・メディア、SNSの3種である。

SNSとマスメディアを結ぶ中間メディアが互いに作用する情報伝達のメカニズム

この本に書かれていることを乱暴に要約すれば次のようなものになる。

インターネット普及以前の情報伝達に主要な役割を果たしていたのはマスメディアであったが、その後、個人が情報を発信できるSNSが登場した。SNSとマスメディアは基本的に分断されており、それらを統合して情報伝達メカニズムを説明できる枠組みはないが、人々がSNSで交換する情報とマスメディアが相互に作用し合うという仮定をもとにして、メディアの統合理論ができるという立場から、この研究プロジェクトが立ち上がった。

結果として、SNSとマスメディアの中間に位置するさまざまなメディア群がその2者をつなぎ、SNSからマスメディアへの情報を伝えて瞬間的にヒットさせるメカニズムがあることがわかった。中間のメディア群とは、YouTubeやYahoo!ランキング、NAVARまとめ、2チャンネルのようなもので、情報の編集や反芻などの機能により、情報拡散に寄与し、一般には「キュレーション・メディア」と呼ばれている。

このキュレーション・メディアとマスメディア、SNSの相互作用により、情報伝達が行われる社会的な現象を「環メディア現象」と呼び、情報が一瞬にして世の中に伝わる性質を「環メディア」と称する。この環メディアの作用という形で、情報拡散の内部メカニズムが(仮説として)解明されたことが、研究成果として大きい。

各メディアの効果、役割、カタチ
出典:『メディアの循環「伝えるメカニズム」』
岩崎 達也、小川 孔輔(編著)生産性出版発行
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研究の流れと本書の構成

第1章では現在のメディアにおいて、情報源がマスメディア一辺倒でなくなったことから、情報伝播の様相が大きく変化しており、そこにおけるコンテンツ・ヒットの格差が生まれている、という事実認識と、フロー型とストック型の情報をメディアが持つようになり、そのことによる影響力を持つ人や情報伝播のあり方の変化を問題意識として提示している。

第2章は問題意識に呼応したメディアの先行研究を簡潔に総ざらいした上で、この研究の新規性を明らかにしている。(先行研究のまとめを読むだけでも、この本を読む価値があると思う)。

第3章は、放送作家、Yahoo!ニュースの編集者、テレビ局の報道ニュース統括などのメディアの現場にいる人々を取材し、情報の収集・取材・発信・分析などに関わる事柄をヒアリングした結果を記している。

第4章は本書の核になる部分である。先行研究と取材を受けて検討を重ねて生まれた、新たなメディア・コミュニケーションの概念を提示している。

第5章では、第4章までに得られた仮説を提示し、事例によって検証を試みている。事例は、「奇跡の一枚」で2013年にブレイクした福岡出身の「アイドルA」(諸般の事情で名前の明示が許されなかったそうだ)、「ふなっしー」に続き、一般消費財としてサントリーの「レモンジーナ」、「ヨーグリーナ」、そして相模屋食料の「ザクとうふ」を採り上げている。以上が「情報伝搬・拡散のしくみ」と題してまとめられた第1部である。

第2部の第6章は、「情報伝播のシミュレーション」で、第1部でとりあげられた情報伝播の仮説を、コンピュータシミュレーションチームによってモデル化し、シミュレーションに挑戦している。現実世界は複雑であり、不確実性が高いため、情報拡散の要素を簡素な3つのものに分け、レベルを追って再現を試みている。

第7章は、研究から明らかになった課題を総括している。

最後に付録として、相模屋食料の社長による「ザクとうふ」の開発とヒットにまつわる話を特別講義として収録している。

3つの仮説と「環メディア」

SNSなどのメディアは、限られた趣味のコミュニティでの情報交換を可能としている。このような小集団のコミュニティを、本書では「コクーン(繭)」と呼んでいる。ほとんどの情報はこのコクーン内で盛り上がり、消費されている。
しかし、例えばアイドルAの「かわいすぎる写真」がきっかけで、コクーン外への拡散から大きなヒットに連なるといった現象があり、これを「コクーン・ブレイクモデル」と本書では名付けている。

コクーン・ブレイク(植物でいえば発芽)のために必要な大量のリツイート等によるエネルギーが想定され、それを情報の量と質と時間の積による情報の熱量と考える。ブレイクには必要な情報の熱量があるとするのが仮説の第1、すなわち「情報の総熱量仮説」である。
仮説の第2は、「環メディアによる情報拡散」であり、ソーシャル、マス、キュレーションの各メディアによる反芻が起きたときに、瞬間風速的に情報が拡がるというものである。
仮説の第3は、「コンテンツ・ヒットの2段階仮説」である。これは、コンテンツがネット上の「祭り」的盛り上がりによるマニアやファン層を中心としたヒットを第1弾とすると、それがマスメディアに採り上げられてより幅広い一般層へと拡散する第2弾と、支持層の追加、交代を伴う2段階の山が考えられるというものである。

「環メディア」の存在とその役割
出典:『メディアの循環「伝えるメカニズム」』
岩崎 達也、小川 孔輔(編著)生産性出版発行
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SNSの中でコクーンが破れると同時に話題の元となるコンテンツは通常インターネットの中で残る(アーカイブ化される)、それを軸とした反応もまた熱量をもってキュレーション・メディアで、選択、編集、リスト化され、その祭りがマスメディアに採り上げられて、反芻され、一般に拡散していく。これが環メディアと呼ばれる作用のあり方である。環メディアは、植物の地ならし、発芽から落葉までのアナロジーを検証の枠組みとして利用する。

事例検証の枠組みと露出メディア
出典:『メディアの循環「伝えるメカニズム」』
岩崎 達也、小川 孔輔(編著)生産性出版発行
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環メディアは、メディアに参加する人のやり取りにより、能動性、主体性、自律性を帯びる。本書タイトルが「伝わるメカニズム」でなく、「伝えるメカニズム」になっているのは、そうした性質に対する配慮なのだろう。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。