文:大下文輔
マスメディアによるプロモーションを経験した人だからこそのアンバサダー思考
『顧客視点の企業戦略 -アンバサダープログラム的思考-』の著者である藤崎実氏は広告業界出身、徳力基彦氏は通信業界の出身である。2人の出会いは、2007年に遡る。『第5回Webクリエーションアウォード』の授賞式の席上だそうだ。その時、藤崎氏は、ゲームソフトのプロモーションのため、日本初のバイラルCMを手がけ、入賞を果たした。「クライアントに対してバイラルCMを作ろうと、デモCMまで作って提案しました」と藤崎氏。「それまではコマーシャルを作っても、消費者に本当に伝わっているのかよくわからなかったけれど、バイラルCMは見た人の反応や拡がりがインターネット上でわかる。ユーザーの書き込みがリアルタイムで増えていく様子に手応えと、ネットの可能性を実感しました」。
藤崎氏は、学生時代から映画を中心として表現を仕事にしたいと考え、広告業界に入ったのもそうした「表現ができる業界」で生きていこうと思ったからだそうだ。「若い時から優秀な先輩方に囲まれる幸運に恵まれ、王道と言える広告作りをずっとしてきました。そのやり方を否定するものではありません。一方で変化には柔軟に適応してチャレンジしたいとも思っています。作って終わり、でもなく、効果効率に囚われてばかりでもなく、人間の心の動きに着目していきたいのです」。東日本大震災によってショックを受け、その後どうしようかと真剣に悩んでいた。その数年前から、マスメディアが効かなくなったと言われ、デジタル広告の「測れる」という機能により、A/Bテスト、PDCAサイクルといったオペレーションによる広告管理が着目されていた。そのような中、消費者からの直接的な反応の魅力が、今の仕事への橋渡しとなった。
徳力氏は、ブログがメディアとして注目されはじめた頃から、いわゆるアルファブロガーのウォッチャーとして知られていたが、いわゆるペイパーポスト手法(ブロガーに数百円程度支払って記事を書かせるサービス)の普及に対する問題意識を持った編集者やブロガーが中心になって2007年に設立したアジャイルメディア・ネットワークの立ち上げに関わることになった。設立初期の頃は、新しいメディアの力を活用したマーケティング手法ということで、ブロガーイベントなどを行っていた。「初めの頃は、マスメディアを使ったプロモーションには、はっきりいって白旗をあげざるをえない時代が続きました。私自身は、自ら主体的にマスメディアの力を利用したキャンペーンに携わった経験はないので、そうした立場でマスメディアの話を論じても説得力がありません。その点藤崎さんの経験は、この本を書くのに重要なベースを提供してくれたと思います」。
タイムラインが、口コミに威力を与えた
かつてはブロガーイベントを提案すると、企業の担当者はすぐに「それでバズらせよう」と期待を膨らませることがしばしばだった。徳力氏は、短期的な成果を望む企業に、過度な期待は禁物、と説得するのが自分の役割だったと言う。しかし、口コミの力が直接的な売上にも貢献する、そうした潮目を感じたのは2014年ごろからだったそうだ。
「2014年には、ハーゲンダッツ ジャパンの華もちや、サントリー食品インターナショナルのレモンジーナ、ヨーグリーナが、クチコミで話題になり発売後数日で品切れになるという出来事が相次ぎました。これらは当然商品力ももちろんですが、既存製品のファンの人達の力も感じました。さらに昨年は、『シン・ゴジラ』や『君の名は』といった映画のヒットや「ポケモンGO」や「PPAP」など、クチコミの拡がりによって注目された商品やサービスがその年を代表するヒット商品になるという出来事が増えるようになったと感じています」。
ファンの力の拡大は、インターネット内での情報伝達様式の変化によるところが大きい、と徳力氏は見ている。「TwitterやFacebookなどのタイムラインの影響がとりわけ大きいと思っています。ブログの時代にバズの力が今ほど発揮できなかったのは、ブログをわざわざ見に来る、という行為を必要とし、ファンが発信した情報に偶然出くわす、ということは少なかったからです。RSSリーダーという手段もあるにはあったけれど、誰もが使うようなものではありませんでしたから。ブロガーイベントの主な狙いは、検索上位になること、いわゆるSEOでした」。
「それが、タイムラインによって誰かの発信した情報が偶然目に触れる機会が数多く提供され、それがリツイートなどによって増幅されるという仕組みが生まれたことで、状況が変化しました。リツイートなども含めると、その情報の発信者が友達や職場の同僚といった仲間になったことも重要です。マスメディア情報が「世の中ごと」であったのに対し、インターネット、とりわけSNSによる情報が「仲間ごと」になったことにより、口コミがますます力を得るようになりました。生活動線の中に口コミ情報が入り込むようになったということです」と徳力氏。
顧客が見えることでマーケティングはやりやすくなったのではないか
この本のタイトルの一部にもなっている「顧客視点」は、編集者からの提案によるそうだ。徳力氏は「当初、顧客視点という大きな捉え方は、身の丈に合っていないようにも感じましたが、藤崎さんと話があうポイントも、考えてみれば顧客視点なのだ、と気づき、あらためて顧客視点をベースに考え方を整理することができました」。
アンバサダープログラムの意義は、企業と顧客を結びつけることにある、と藤崎氏は言う。「インターネットのもたらしたものは、それまで、企業側が主として想像に頼らざるを得なかった”顧客”の可視化です」。顧客が見える、ということによって、マーケティングはやりやすくなっている面もあるはずだ、というのがお二人の意見である。
著者として、ブランドのファンを本来の「アドボケイツ」ではなく、「アンバサダー」という日本人には通りのいいコトバを使って表現していることへの異論も承知しているし、議論の整理としてマス対口コミの二元論的な論法になったことも著者らとしては織り込み済みとのことだ。アンバサダープログラムを実際実施する際に重要になるクリエイティブ内容についても、あえて省略したそうだ。
伝えたいのは、人の力、ファンの力を引き出せば、ビジネスへのよい貢献につながるということ。だから、消費者をコントロールしたいというあまり、今やコミュニケーションの有力なメディアとして機能するインターネットを「便所の落書き」と切り捨ててしまう狭い見方をもつ人がいまだにいることを、藤崎氏も徳力氏も危惧している。見えるようになった顧客を見て、その声を聞く姿勢を持つことが「顧客視点」の基本ということだろう。
日時:2017年4月6日
場所:神谷町 AMN社会議室
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |