『最も伝わる言葉を選び抜く コピーライターの思考法』
発行日:2017/3/1
著者:中村 禎
発行:宣伝会議
文:大下文輔
コピーが書けるとは、選べること
広告のコピーを書くのは、コピーライターの仕事だ。それでは、書いた仕事を評価するのは誰かといえば、最終的には広告を見る人、オーディエンスと呼ばれる一般の人である。評価がよければ人の心が動く、理解が深まったり共感を呼んだり、好感度が上がったり物欲が刺激されてモノやサービスが動く、ビジネスの結果につながる。だがその前に、コピーライターの仕事が日の目を見るためには、広告主のゴーサインが必要だ。
広告主がOKを出すためには、広告主(担当者と決裁者)のお眼鏡にかなうことが必要である。これは広告会社のスタッフは骨身に染みてわかっている。企画は通ってナンボの世界。問題は、担当者が本当に選ぶ力があるかどうか。広告の目利きかどうか。

中村 禎(著)宣伝会議発行
提案された広告のアイデアや表現が、オーディエンスの五感に触れて、彼らにどんな影響を与えるか、それは広告を何のためにするか、という目的にかなったものであるか。どのように判断すればよいのか。それができることは、すし職人が市場で魚を選ぶ眼力と同じくらい商売に影響する能力である。眼力を持つ、ということは「基準=ものさし」を持つことだ。適切なものさしを持っているかどうか、がプロかどうかの分かれ目といえるだろう。
複数の表現案を1つに絞り込む目、選ぶ力は、一朝一夕ではなかなか身につかない。ただ、方法の1つとして、広告の表現がどのような過程を経てでき上がるのか、を知っておくことは悪くない。本書『最も伝わる言葉を選び抜く コピーライターの思考法』の著者である中村禎という1人のコピーライターが自らの仕事の手の内を明かしつつ、よい広告表現に到るまでの、仕事の仕方と考え方、悩みどころ、勘所を伝えている。
読んでいて面白いのは、著者が駆け出しコピーライターのころの師匠(仲畑貴志や岡田耕)とのやりとりである。ベテランが新人に稽古をつける様子はとても興味深い。たくさん書いたものを、その場で◎、△、×をつけて返す。新人君は返された採点の「なぜか」を考えて、基準を作っていく。なぜ、を師匠は逐一説明しない。
話はそれるが、「アニー・リーヴォビッツ レンズの向こうの人生」という映画がある。この中でヴォーグ誌の編集長が、アニーという当代一流のカメラマンが撮ってきた大量の写真のポジから、雑誌で使うものをひょいひょいと選んでいくシーンがある。それが的確なものであることもカメラマンのアニーは認めている。力のあるコピーライターが新人のコピーから使えるモノを選り分ける作業は同じぐらいのスピードでなされているはずだ。理屈が身体感覚として取り込まれるほどに鍛えられていると言うことでもある。
考え抜く、質問する、観察する、想像する、そして工夫
以前紹介した『宣伝担当者バイブル』は、広告主の担当者に読者対象を絞っているし、語り口調や本の構成は違っていて、本書とは一見まったく違う本のように見えるが、私の読後感は「同じ本を2度読んだ」といったものに近い。広告という同じものに対する見方、考え方を広告主とクリエイターという別の立場から説いているとも言えるだろう。
先に挙げた「選ぶ目」、「基準」を持つことの重要性を強調していることもそうだし、プロフェッショナルに必要な資質として「考え抜くこと」や「想像力を働かすこと」を挙げている点なども共通している。
広告に限らず、いい仕事は「考え抜く」プロセスを経ていると思う。著者がコピーを書き始めたころの、先輩のコトバは、多くのビジネスパーソンがどこかで似たようなことを聞かされてはいまいか。
『考えるんだよ。考えて、考えて、脳みそから血が出るくらい、考えるんだよ。それしかないんだよ』
「どんな仕事もクリエイティブ」である、という考えが本書の立ち位置である。伝えたいことを伝えるべき相手に最も効果的に伝えるためにどのような段取りと工夫をするか、がコピーライターの腕の見せ所であり、そのことを伝授することによって、あらゆる仕事の場で応用が利くはずだ、というのがコピーライター中村禎の目論見である。
著者の言を借りれば「世の中のあらゆる仕事はクリエイティブであり、言葉はすべて広告コピーの要素を持っている、と言っても言いすぎではないのです。裏を返すと広告コピーを学んでおくと、どんなことにも役に立つ、と言えると思います」。
本書で最も印象的なフレーズは、「クリエイティブとは、日本語で言うと工夫です」だ。伝えるための工夫に充ちたコトバが、広告コピーということなのだ。その工夫をどうするのか、について、この本では具体的に書いている。少しそれを引いた目線でまとめるなら、
1)質問して(調べて)必要な情報を手に入れること
2)伝えたい相手について、観察してみること。インデプス調査やフォーカスグループインタビューのような消費者の本音を聞ける機会は最大限に活かすこと。また、お店に出かける、町に出る、電車の中でよく見る、よく聞くこと
3)想像力を活かして、気持ちや行動を探ること。夢想・妄想したり、そのなかでボケたりツっこんだりしてシミュレーションすること
4)与えられたお題に沿って、思いつく限り、コピーをたくさん書くこと。手を休めずに書き続けること
となるだろう。
足立光氏の講演でも、よいマーケターであるために、「移動中(電車の中)をインプットの場と心得よ(Input、Practice EVERYDAY)」というが仕事の教訓の1つとして挙げられていたが、観察という行為もインプットの一種であると思う。
4)のアウトプットに到るまでの段階で、最も重要かつ労を惜しまずすべきことは、メッセージを届ける相手のことを見たり聞いたり想像したりすることだ。だからそれをできない人はコピーライターには向いていない。象徴的な言い方として著者は「混んだ電車でリュックを背中に背負っている人」と表現している。人間に対する好奇心、興味関心があり、おもいやれることがコピーライターに不可欠な資質だ、ということでもある。
もともとは、若手コピーライターやコピーライターになりたい人向けの本として企画されたが、読者層はビジネスパーソン一般に拡大していると著者も考えている。本書は中学生以上のあらゆる人に読者対象を設定できるだろう。ビジネス書ではあるが、徹底した読みやすさ、わかりやすさの工夫と、コピーライター特有のエンターテインメント性も盛り込まれているからだ。また、コピーライターという職業解説として、著者がどのようにして職に就き、成長を遂げたかについて、かなり赤裸々に書いてある。
それにしても、過去の名刺やら添削コピーやら、几帳面に残されていることに感心する。中村氏が入社した当時、J.W.トンプソンの営業職はAR(Account Representative)と呼ばれていたことを思い出した(こちらの記事の脚注を参照されたい)。
なお、本書で手短に触れられているボディーコピーに焦点を当てた解説書がある。鈴木康行(康之)氏の『名作コピー読本』だ。題材は古いが、内容は古びず、とりわけ若手の広告関係者には参考になると思う。おすすめしておく。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |