『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』
発行日:2017/4/20
著者:本田 哲也
発行:ディスカヴァー・トゥエンティワン
文:大下文輔
人を動かすPR
「戦略PR」というコトバは本書の著者である本田哲也氏が2009年に出版した『戦略PR 空気をつくる。世論で売る。』(2011年新版)という新書によって一挙に広まった。その本は5万部を売るベストセラーとなり、マーケティングコミュニケーションの関係者、業界に大きな影響を与えた。インターネットが普及して、旧来のマスメディアの情報到達の効率が以前に比べて悪化したことへの対応を皆が模索する中で、PRの手法を使って人を動かし、モノが売れることを実証したことが驚きをもって迎えられたのだと思う。それ以降、広告コミュニケーションの「企画」にPRエージェンシーの人たちが参加することが、ごく普通に行われるようになった。
本書『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』も同じく戦略PRの解説書である。人を動かす、というのはコミュニケーション戦略の基礎となる条件である。戦略PR以前には、PRは情報を届ける、ということを主体としたパブリシティ、すなわちメディアにニュースとして採り上げてもらい、書いてもらうことを主体とした活動を中心としていた。
そのパブリシティを超えて、PRに人の行動を変えるという役割を中心に据えたのが戦略PRである。パブリシティの役割は主として情報を届けることにあったが、戦略PRはものの見方の変化(Perception Change:理解、興味関心、好意度、購買意欲などの喚起向上など。認識の変化)によって促される行動変容(Behavior Change:選ぶ、買う、使う、広めるなどの具体化された行動を喚起する)に焦点を当てた。
戦略PRは平たく言うと、「人の行動を変えるための土俵として、社会関心(みんなが気になること)を喚起して、『買う(選ぶ、使うなどを含めた行動を起こす)理由』につなげること」だろう。広告と異なるのは、お金を出して広告の枠(メディアのスペースや時間)を買うかどうかと、戦略PRではより強く「社会関心」に重点が置かれていることだ(情報の主体がブランドになる場合は、「ブランデッドコンテンツ」と分類される)。
買う理由につながる「属性順位転換」
買う理由、すなわちどこに着目して買うか、は時代や環境によって変化する。社会関心を喚起して買う理由を作り出すこととは、商品やサービスの選択に際し、どこに着目するかの視点を提供することでもある。あるいは、「いいXXXとは?」の新しい判断基準を提供する、または再定義することとも言い換えられる。本書で採り上げられている例では、自動車教習所の選択で、過去には「厳しく教えてくれるのがいい教習所」だったのが、「ホメて伸ばすのがいい教習所」だというように変化するといったことだ。教習の方針という属性を「厳しく」から「ホメる」に優先順位を変えること、これが「属性順位転換」である。ちなみにこの「属性順位転換」は、以前紹介した『なぜ「戦略」で差がつくのか』の著者、音部大輔氏の用語だそうだ。
戦略PRが有効に機能する背景
戦略PRを行うべき理由として、著者は次の3点を挙げている。これらの要因はインターネットの普及とともに、顕著になった現象であり、現在もその流れは加速している。
1)情報洪水によって、選ばれる確率が低下している。消費者にとっては、選ぶことが面倒になった –情報洪水と選択率の低下
2)消費者がマーケティングの主語となる時代にあって、消費者をコントロールできない–アンコントロール領域の拡大
3)社会関心が多層化し、それにもとづく消費者の細分化(フラグメンテーション、コクーン化とも言えるだろう)が起こっている–社会関心の多層化
また、これは、ブランデッドコンテンツが機能する背景でもある。
認識の変化を経た行動の喚起と維持継続は、広告活動と戦略PR、ブランデッドコンテンツやアドボケイツを使ったクチコミ(WOM)などによる組み合わせ、いわゆるIMC(Integrated Marketing Communications)として形作られる。以前はその中心的存在が広告だったが、その他の方法の重要性が増してきており、戦略PRも柱の1つと言えるだろう。
お題設定のための「関心のテーマ」のためのフレームワーク
社会関心のネタ、社会関心喚起のための材料となるのが「関心のテーマ」である。この関心のテーマをいかにクリエイティブに昇華して伝えていくか、が戦略PRの基本的な方法論である。「関心のテーマ」は伝えるべきメッセージの核になることであり、それを生み出すためには「商品便益」、「世の中の関心事」、「生活者の関心事とメリット」の3つをつなぐものとして設定される。それが関心のテーマのフレームワークである。例えば、ある食洗機は、共働きの若い夫婦をターゲットにしている。それは面倒な皿洗いが簡単にすませられるというメリット(生活者の関心事)を解決する低価格かつ省スペースな商品特性(商品便益)を持っており、世の中の関心事として、いい夫婦関係を保ちたいということがある。それらをつなぎ合わせて、この商品の関心テーマは「幸せな夫婦関係を作る商品」だと設定される。
考えるヒントとしての、6つの要素
本書の4章から9章までは、社会関心をいかにクリエイティブに作り出すか、もしくはどのようにして人を動かす(行動変容を促す)かを6つに分類して、章ごとに事例とともに解説を加えている。6つの要素は著者によって、国内外の数多くの戦略PRの成功事例から帰納的に導き出されたもので、1)~3)は前著で既出であり、4)~6)は本書で新たに加わったものである。
1)「おおやけ」の要素–「社会性」の担保
社会性や公共性を持っていること。世の中のニーズや社会課題と、自社や商品を結びつける視点。社会課題の解決を目指す「ソーシャルグッド」が「社会性」の要素の代表例
2)「ばったり」の要素–「偶然性」の演出
情報洪水の中で、偶然出会う情報の価値(セレンディピティ)
3)「おすみつき」の要素–「信頼性」の確保
インフルエンサーやエンドーサー(推奨する人)などの第三者発信によって得られる信頼感をてこにする
4)「そもそも」の要素–「普遍性」の視座
「よくぞ言ってくれた!」という人々の普遍的な潜在意識に訴えかけるもの。普遍的なテーマが主役になる
5)「しみじみ」の要素–「当事者性」の醸成
情緒的な要素で、それが結果的にもたらす当事者性。「ストーリーテリング」の方法は感情に訴えかけるものが多い
6)「かけてとく」の要素–「機知性」の発揮
ウィット、頓知の要素。クリエイティビティそのものとも言える
細かな内容は本書に譲りたいが、事例はいずれも、人を動かすという目的に向かって考え抜かれた秀逸なものばかりである。いずれも「売らんかな」の押しつけがましさや、一方的な説教臭さがないことが特徴だ。広告クリエイティブの発想と似通ったものも多く、クリエイティブなアイデアがPRにも求められる時代だ、ということを改めて感じさせられる。また、日本発のPRの可能性として記されている「片付けの魔法」の海外でのヒット分析も面白い(情報の伝わり方は『メディアの循環「伝えるメカニズム」』の内容と付合している)。
PRは「ある情報を社会に増幅する企て」であると本田氏は書いている。ただしそれが「健全な企て」であることが重要であるとも警告している。人を動かす、ということは公正さを求められ、重い責任を伴うという事実を共有しておきたい。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |